
クルマの自動運転、空を自律航行するドローンに続き、「第3の自動運転フィールド」として海が注目されている。日本は6800もの島を有する海洋国家。「海の自動運転」サービスは持続可能な交通手段として、あるいは新たな観光素材として期待を集める。この市場に挑むのが、スタートアップのエイトノット(堺市)だ。
大阪府の堺旧港の桟橋に小型の電動船が静かに近づいてくる。一見、普通のプレジャーボートだが、乗船している人がハンドルなどに一切手を触れていないのに自動で回頭し、桟橋の非接触充電ポイントへスムーズに着桟した――。
この小型電動船は、小型船舶向けの自律航行システムを開発するスタートアップ、エイトノット(堺市)の実験船だ。GPS(全地球測位システム)により船の位置情報をつかみ、クルマの自動運転技術にも使われるLiDAR(ライダー、光学式レーダー)などのセンサーを使用して障害物や他の船の動きを監視。AI(人工知能)を用いたコンピューターでリアルタイムにルートを判定し、船の舵やスクリューを動かす。こうして、あらかじめ設定した目的地まで自律的に航行する仕組みだ。
日本では年間の船舶事故のうち、約80%を小型船が起こしている。さらに、そのうち65%の事故原因が「見張り不十分」だという。常時適切に見張りを行う自律航行システムが確立されれば、人為的なミスを防ぎ、事故を大幅に減らせる。また、小型船舶では定置網の仕掛けの場所や急に水深が浅くなる場所などを、操船者の経験や知識に頼って避けている場合が多い。自律航行なら、危険エリアをあらかじめ地図データに登録して侵入を防げるというメリットもある。
そのため、クルマの自動運転と同様、船の自律航行も安全性の向上に高い期待が寄せられる。だが、エイトノット代表の木村裕人氏は、「陸と海の自動運転は似て非なるものだ」という。海では風や波、潮の流れで周辺環境が秒単位で変化し、船が1カ所にとどまることすら難しい。道路よりはるかに難度が高く、即応的な制御が必要となる。これを解決しようとしているのが、エイトノットの自律航行システムだ。
設立:2021年3月
製品/サービス:小型船舶の自律航行システム
市場:「海の自動運転」による新交通、観光サービス

「海の自動運転」で島国ニッポンの課題解決へ
自律航行システムの開発で難しいのは、例えばLiDARが検知した障害物の判断基準をどこに設定するかだ。試験航行を始めた当初は、海面に浮かぶ小さな水草まで避けるべき障害物だと検知したり、ゴミが多く浮かぶ場所で立ち往生したりすることもあった。そうした例を収集し、フィルタリングすることで徐々に判断の精度を上げてきた。
大きな課題となるのは、人が操舵(そうだ)する船と自律航行船をいかに共存させるかだ。すべての船が自律航行していれば事故リスクはかなり低く抑えられるが、人間の場合はAIのように常に同じ基準で操船判断をするわけではない。これはクルマの自動運転においても、“過渡期”の問題としてよく挙がるものだ。これに対してエイトノットは、「2022年には、自船のルート上に入ってくる他の船の進行方向を把握し、事前に自動で回避行動を取れるところまで自律航行システムを進化させていきたい」(木村氏)と話す。
また、現在の法律では船を無人で航行させることはできない。そのため、技術的には完全自律航行が可能でも、運行時は小型船舶免許を持つ者が必ず乗り込む必要がある。この法律を一足飛びに改正することは難しいため、まずは無人の完全自律航行が可能な特区をつくれないか、エイトノットは各所に働きかけを行っているという。すでに同社は、遠隔監視による無人の自律航行システムの開発に着手しており、早ければ22年中に安全性を確認するための実証実験を行う構えだ。
では、こうして着々と開発が進むエイトノットの自律航行システムは、どんな新市場を切り開くのか。
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