
米フェイスブックが社名を「メタ」に変更するなど、メタバースは巨大トレンドとなりつつある。半面、「セカンドライフの二の舞いになる」という声も根強い。メタバースのビジネス活用を追う特集の第1回は、普及しない理由として挙げられることが多い3つの疑問に答えながら、企業がどのように付き合うべきかを探る。
2021年10月、SNS大手の米フェイスブックが社名を「Meta(メタ)」に変更したと発表。SNS企業からメタバース企業へ本格的に変身を遂げる姿勢を全世界へとアピールした。
メタバース構築を目指す動きは日本でも加速している。グリーは21年8月、子会社のREALITY(東京・港)を中心にメタバース事業への本格参戦を発表。今後2、3年で100億円規模の事業投資を行う計画だ。バーチャルゲームやVR(仮想現実)関連サービスを開発するスタートアップ企業への資金流入も加速している。
改めてメタバースとは、インターネット上に仮想的につくられた、いわば現実を超えたもう一つの世界のこと。ユーザーは自分の代わりとなるアバターを操作し、他者と交流する。自分の分身、アバター「As(アズ)」となり、50億人以上が集まるインターネット上の仮想世界<U(ユー)>でリアル世界とは全く異なる人生を生きる。21年夏公開の細田守監督の最新作『竜とそばかすの姫』で描かれている世界といえば、分かりやすいだろう。
メタバースが普及しないといわれる「3つの理由」とは
仮想空間に入ると聞くと、VRヘッドセットを装着するイメージを持つ人がほとんどだろう。ヘッドセットが一般化していない中、メタバース時代の到来はまだ先、参入は時期尚早と躊躇(ちゅうちょ)している企業は多い。だが、そう決めつけるのは早計だ。
そこで今回は、メタバースが一般化しない理由として挙げられることが多い3つの疑問を専門家と共に解きほぐしていく。
1つ目は、「セカンドライフのブームは収束したから、今回も広がらないのではないか」というもの。メタバースが普及しない理由としてよく引き合いに出されるのはこれだ。
セカンドライフとは、米Linden Labが公開した仮想世界サービスで、アバターや施設などをユーザーがつくって交流できるサービス。07年に日本に上陸し、企業がバーチャル店舗を出すなど一時ブームに。だが、熱狂はすぐに去った。
利用にはハイスペックなPCが必要な上、通信環境の整備も今ほど進んでいなかったこと、操作が煩雑なこと、日常的に集まる目的が十分には用意されなかったことなど、定着しなかった理由を挙げれば切りがない。だが、「セカンドライフをメタバースが広がらない事例として比較すること自体、意味がない」と、グリー傘下のREALITYで代表を務めるDJ RIO氏は指摘する。「今回は、全く文脈が違うところから仮想世界に入って活動する人が増殖している」(DJ RIO氏)からだ。
その文脈とは、オンラインゲームの進化と台頭を指す。例えば、米Epic Gamesの「Fortnite(フォートナイト)」。17年に公開された多人数同時参加型のバトルロイヤルゲームだが、今や友人と中で集って話をしたり、音楽ライブに参加したりと、コミュニケーションツールとなっている。
さらに、米国を中心に急拡大しているのがオンラインゲームプラットフォームの「Roblox(ロブロックス)」。ユーザーは同サービス内でゲームをつくれるのに加え、デジタルアイテムを制作して販売し、ゲーム内通貨を獲得することも可能だ。ゲーム内通貨を現金化する方法もあり、経済が回り始めている。
ロブロックスは、月間アクティブユーザーが何と1億人を大きく超えるといわれる。「既に数千、数億人がデジタルの世界で当たり前のように交流している状況で、何でもできる、生活の全てがデジタルになるメタバース像をイメージしてその到来を待っていると、完全に出遅れる」とDJ RIO氏は話す。ゲームに加えて、コミュニケーション視点、SNSの進化としても既に世界が生まれている。DJ RIO氏が率いるREALITYのアバターでライブ配信できるアプリ「REALITY」では、日々多くのユーザーがアバターとなって交流をしている。
ゲームやSNSの延長線上としての進化、これが今回のメタバースのコアとなっている。「現在は、メタバースの基となる、インターネットでいう一つ一つのウェブサービスのような形で3次元サービスが点在している。今後ブラウザーのようなもので瞬時に行き来しながら交流したり経済活動したりできるようになれば、本当の意味でのメタバースになる」。AR(拡張現実)やVRなどのXR技術を活用した体験の拡張サービスを展開するMESON(東京・渋谷)代表の梶谷健人氏はこう話す。「メタバースという形でどこか1つのプラットフォームに集約されることはなく、相互交流や互換性が整備されていくのではないか」と、経済産業省の委託を受けて仮想空間の可能性や諸問題に関する調査分析を行ったKPMGコンサルティング(東京・千代田)の岩田理史氏も指摘する。
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VRヘッドセットは必ずしも必須ではない その理由は
2つ目が、「VRヘッドセットは重くて大きくて一般化しないのでは」という声。だが、「今のメタバース化の流れは、VRヘッドセットの普及とは関係していない。VRかどうかというテクノロジー視点で考えると見誤る可能性が高い」と、衛星データからバーチャル空間を自動生成する技術を開発するスペースデータ(東京・新宿)の代表の佐藤航陽氏は話す。
「メタバースへの流れで重要なのは、既に多くのデータが3次元になりつつあること」。佐藤氏はこう続ける。実際、先ほどのフォートナイトもロブロックスも、空間は3次元ながら基本はスマホやタブレット、コンソール機(テレビ画面)などの2次元の画面でアクセスしている。VRヘッドセットは必須条件ではない。
一方で、3次元のデータをつくる技術の進化は著しい。3DCGソフトウエアの高度化に加え、「Unreal EngineやUnityなどの使いやすい開発ソフトウエアによって仮想空間を制作するハードルが下がっている」と、KPMGコンサルティングのHyun Baro氏は指摘する。
アパレル企業以上にデジタルファッションを売る企業も
3つ目は、「デジタル空間で経済活動が生まれるのか」という疑念だ。メタバースが発展し存続するには、その中で人々が活動していくことが必須となる。セカンドライフも多くの企業が参入したが、一般化には至らなかった。継続していく条件の一つが、経済活動が生まれることだ。今回のコロナ禍でようやくEC化が進み、販売のDX(デジタルトランスフォーメーション)も進み始めた段階であることから、デジタル空間でビジネスが回ることに疑問を持つことは理解できる。だが、これも大きな誤解だ。
前述のメタバース化しつつあるゲームの中では、既に無視できない規模の経済が動いている。フォートナイトはゲーム自体は無料だが、スキン(見た目を変えるアイテム)や追加パックの販売などによる売り上げは月間で数百億円規模になるとみられる。「スキンはデジタル上のファッションアイテムであり、次世代のアパレル市場として既に動き出していると考えるのが自然」(MESON代表の梶谷氏)。月に数百億円規模というと、大手アパレルブランドの売り上げに匹敵するレベルだ。
「今後は、仮想空間から“メタバースネーティブファッション”が続々と生まれ、アバターがまとうようになる。加えて、AR技術を使って現実世界の人間に重ねて見せられるようになるなど、さらなる発展が期待できる」(梶谷氏)。一見、メタバースファッションというと遠い存在に思えるが、デジタル上での自己表現として捉えると既に多くの人が活用している。「LINEスタンプは自己表現の一環で購入している人も多い。メタバースがSNSの延長として進化する中で、デジタル上の消費が増えるのは当然」(梶谷氏)なのだ。
企業はどう活用すべきか? 「3つのユースケース」
既に動き始めているメタバースへの流れ。では、企業はどう活用していくべきか。前述のKPMGコンサルティングの調査リポートによれば、3つのユースケースが想定されている。
3つとは、「生産性の向上」「新規事業」「マーケティング」だ。
生産性の向上とは、VRヘッドセットをかぶって疑似体験をして作業を効率化したり、リモートワーク下での円滑なビジネスコミュニケーションに活用したりするイメージだ。この分野は用途が明確であり、BtoBの領域で粛々と広がっていく可能性が高い。
注目したいのは、BtoC領域での活用だ。「新規事業」として挙げられるのが、既にゲームなどの領域で拡大しているアバターやデジタルアイテムの販売。加えて、仮想空間を活用したイベント事業など。ゲームのデジタルアイテムに加え、日本ではHIKKY(東京・渋谷)が展開する世界最大のVRイベント「バーチャルマーケット」では、セレクトショップのBEAMSや大丸松坂屋百貨店などが店舗を出店し、デジタルアイテムの販売を既に実施している。小売りやメーカーにとって大きなチャンスが眠るこの分野については、特集2回目で詳報する予定だ。
イベント事業としては、フォートナイト上でのライブコンサートが象徴的だ。それだけでなく、クラスター(東京・品川)が運営するメタバースプラットフォームの「cluster」でも、セミナーや展示会、大規模カンファレンスが日常的に実施されている。「仮想空間の活用はコロナ禍で加速しており、数年は前倒しされている」(クラスター代表の加藤直人氏)。
一方、「マーケティング」とは、デジタル空間での消費者との接点づくりやコミュニケーションに活用することを指す。「メタバース空間の企業活用は、突き詰めれば消費者とのエンゲージメントを高めることに尽きる」(DJ RIO氏)。
たった20年前、企業は消費者とつながるためにホームページをつくり、インターネットの活用を本格化させた。それが今や、企業はSNSを通じたマーケティングが前提となっている。一方的な告知では消費者のエンゲージメントを維持できず、インフルエンサーを起用して消費者を巻き込んだり、LINEなどで相互交流を図ったり、YouTubeやTikTokのような情報量が多い動画メディアを駆使したり、あの手この手で興味関心を捉える努力をしている。
そんな中、「仮想の3次元空間は情報量を劇的に増やせるので、ブランドの価値観や作り手の思いをより濃密に表現できる」(DJ RIO氏)というのだ。消費者にとっては、作り込まれたブランドの世界観を感じられる世界に没入できる。さらに、メタバース世界では、1人ではなく友人知人、もしくは同じ興味関心を持つ人と一緒にその世界に入り込める。REALITYでは、今後ブランドや企業がオリジナルの仮想世界を構築し、マーケティングに生かすサービスを本格展開していく計画だ。
ユーザーと共存する「クリエーターズエコノミー」がカギ
最後に、新規事業やマーケティングなど、どのような活用目的であったとしても意識しておくべきポイントが1つある。メタバース世界は、「クリエーターズエコノミー」がより色濃く出やすい世界であることだ。
クリエーターズエコノミーとは、動画配信や執筆、作品販売など、クリエーターが個人で収益を上げられる経済活動のこと。前述のロブロックスでは、自由に仮想世界やゲーム、アイテムがつくれることが人気の源泉になっている。
リアル世界では巨大資本を持つデベロッパーしかつくれない都市や大型ビル、世界全体すら、仮想世界では誰でも生み出せるようになる。アバターに関しても、アパレルの知識や服飾の技術がなくても自由につくれる。既にアバターの販売で大きな収益を上げるクリエーターも現れているのが現実だ。
前述のclusterでは、専門知識のないユーザーが仮想世界をつくったり、アバターを自由にデザインしたりする機能を開発。今後、デジタルアイテムの個人間の有料販売も想定しており、誰もがアイデア次第で稼げる時代が迫っている。
そうなると、「一般ユーザーも企業も入り乱れて、誰もがサービスや商品の提供側になる時代が来る」(クラスターの加藤氏)。企業はIP(知的財産権)を管理しつつも、一定のルールの下でユーザーによる改変を許可したり、一部開放したりすることで、UGC(ユーザー・ジェネレーテッド・コンテンツ)を生み出せる可能性が高い。そうなると、消費者とのエンゲージメントも高まる。ユーザーと共に“世界”をつくり、チャレンジをしていくことがメタバース時代の勝ち筋といえる。
(写真提供/グリー、HIKKY、Meta)