「顧客勘定」メソッドを実践している企業としてもう1社、オイシックス・ラ・大地の取り組みが挙げられる。会員数×購入頻度×1回単価を最大化するため、サブKPI(重要業績評価指標)を設定し、管理を徹底している。書籍『売り上げを倍増させる“顧客勘定”マーケティング “赤字顧客”を黒字に変える実践手法』の企業事例編からお届けする。

ミールキット「Kit Oisix」は2021年10月に累計9500万食を出荷
ミールキット「Kit Oisix」は2021年10月に累計9500万食を出荷

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国内3ブランドを展開

 オイシックス・ラ・大地は、有機野菜や無添加加工食品など約4000軒の契約生産者から調達した食品・食材を定期購入スタイルで提供する、食のサブスクリプション企業。2000年に生鮮EC「Oisix(オイシックス)」を開設したオイシックスが、17年に有機野菜宅配のパイオニア「大地を守る会」、18年に「らでぃっしゅぼーや」と経営統合し、両社の社名を一部残した形の現社名に商号変更している。

【図1】オイシックス・ラ・大地が展開する国内宅配3ブランド
【図1】オイシックス・ラ・大地が展開する国内宅配3ブランド
オイシックス・ラ・大地が展開する国内宅配3ブランド(2022年3月期1Q決算説明資料p59より)
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 オイシックスは育児・共働き中の30~40代世帯向け、らでぃっしゅぼーやは料理を通じて充実した暮らしを志す40~50代世帯向け、大地を守る会は手軽に健康食材を得たいシニア世帯向けというすみ分けで、3ブランドを展開(図1)。会員数はオイシックスが33万3850人、らでぃっしゅぼーやが6万5320人、大地を守る会が4万5196人に上る(21年6月)。21年3月期はコロナ禍の巣ごもり需要で会員数が伸び、売上高は前年同期比 40.9%増の1000億6100万円と、年商1000億円の大台に乗せた。うちオイシックス事業の売り上げが約499億円で、全体の半数を占める稼ぎ頭になっている。

利益LTV最大化を目指し、KPIを管理

 サブスク型ビジネスで収益を上げていく同社にとって最も重要な数字は、会員がもたらす生涯利益(利益LTV)だ。これは会員からの売り上げである「売り上げLTV」と、「限界利益率」の掛け算で求められる。売り上げLTVは、「会員数」×「購入頻度」×「1回単価」で表すことができる。これらメインKPIの改善を図るべく、例えば会員数ならばそれを左右する要素であるCVR(成約率)や解約率などサブKPIに分解し、それぞれ個別に目標管理を実施している(図2)。

【図2】利益LTV(=売り上げLTV×限界利益率)を構成するKPI
【図2】利益LTV(=売り上げLTV×限界利益率)を構成するKPI
出所:2019年3月期中間決算説明資料p30より
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 例えば入会初期は送料無料のキャンペーン後に解約というパターンがあるため、早い段階でさまざまなカテゴリーの商品ラインアップや特集ページなどを案内することでライフスタイルに合う商品やセットを発見する機会をつくり、送料無料になる額まで購入してもらうよう導く。そうした取り組みが解約率を下げ、長期の契約につながりやすくなる。

 商品選びが簡単で負荷が小さいことも特徴だ。例えばオイシックスでは「Kit Oisix(キットオイシックス)献立コース」「おいしいものセレクトコース」「ちゃんとOisixコース」などのコースがあり、いずれかを選ぶとお薦め商品が自動的に買い物かご(定期ボックス)に追加される。ここから、家族の好みや自宅にある食材を考慮のうえ、「いらない商品・食材は外し、欲しいものを加える」という取捨選択をして翌週分を注文する。毎回外す商品および入る商品を学習してボックスに反映する他、例えば子育て世帯がよく注文する商品Aを子育て世帯のeさんが注文していないといったことも把握できる。そのような場合は、Aをリコメンドすることで注文可能性を高め、選定商品のマンネリ化を軽減し、解約の抑制につなげている。

「献立を考える手間」から解放したミールキット

 データドリブンなKPI管理に余念のない同社だが、売り上げLTVを伸ばすうえで肝になるのは、「今後も継続したい」「新規に入会してみたい」と思ってもらえるような有力商品の開発である。その意味で近年、同社のヒット作になっているのがミールキット「Kit Oisix」だ。

 ミールキットとは、調理前の食材がひとまとめになったセットのこと。指定メニューに必要な5種以上の野菜がカット済みなどの状態でそろっているため、20分以内で主菜・副菜の2品を作ることができる。用意しているメニューは週替わりで20以上。夕食の支度に手間をかけたくない世帯にとって、その手軽さと、「レンジでチン」で終わりではない“調理した実感”も得られるバランスの良さが人気の秘訣だ。

 Kit Oisixの開発のヒントになったのは、会員から寄せられる声だ。同社は定期的に会員向けアンケートを実施する他、グループインタビューやモニター世帯の家庭訪問なども実施。「平日は忙しいので、できるだけ料理の手間を省きたい」「といっても栄養はしっかり取りたい」「手間はかけたくないが“手抜き”料理には後ろめたさがある」など、さまざまな声を聞いてきた。

 そうした声から、料理をめぐる課題として、調理時間そのものより「今日は何にするか?」と献立を考えることに頭を悩ませ、時間を割いている実態が浮かび上がり、その解決策としてKit Oisixの商品化に至った。単なる時短や“手抜き”ではなく、献立の悩みから解放して、料理の機会を提供するものである。同社は、Kit Oisixの提供価値を「プレミアム時短」というワードで定義している。

 会員の潜在ニーズを捉える商品開発でヒットを生み、さらにアンケートや親子で参加する「コドモニター」などから評価を受けて改良を重ねることで、Kit Oisixは質・量ともに進化を遂げている。21年6月のKit Oisix会員数は19万8821人(※サクッと!Oisixコース会員を含む)と、オイシックス会員全体の約6割を占め、同社の看板商品、成長ドライバーとなっている。

オイシックスファンがインスタで発信

 Kit Oisixのコンセプトに共感して入会した会員は、顧客ロイヤルティーの高い会員として“活躍”してくれる。インスタグラムに「作ってみた」「食べてみた」写真を日々投稿しているのがその活動例だ。

 Kit Oisixで作った料理が“映える”ことから、ハッシュタグ「#Oisix」を付けて投稿するUGC(ユーザー・ジェネレーテッド・コンテンツ=ユーザー生成コンテンツ)が多く、それを同社のインスタ公式アカウントがシェアすることで投稿意欲が高まり、好意的な投稿が増える好循環が形成されている。

 若い世代はインスタ検索で店選びや商品選びをするといわれるが、実際にオイシックスの「おためしセット」注文者に購入のきっかけを尋ねると、インスタ施策が上位に入るという。ハッシュタグ「#Oisix」の投稿は約20万件に上る。重要な情報接点であるインスタが、あたかもKit Oisixの常設UGC展示場のごとく好意的な投稿であふれているのは、同社にとって大きな強みだ。

クレヨンしんちゃん家族を通じて企業メッセージ広告

 この他、新規会員獲得に貢献した施策として挙げられるのが、19年4~8月に展開した「クレヨンしんちゃん」コラボだ。

2019年8月の最終週、家族を支え続ける「お母さん」へ感謝のメッセージを掲示
2019年8月の最終週、家族を支え続ける「お母さん」へ感謝のメッセージを掲示
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 19年4月公開の映画『クレヨンしんちゃん新婚旅行ハリケーン~失われたひろし~』に合わせて、Kit Oisixで野菜嫌いの子供向けメニューを期間限定販売したのを皮切りに、翌5月は、日々奮闘するしんちゃんの母・みさえさんに、家族を支える母親の代表として感謝を示すポスターを、しんちゃんの舞台である埼玉県・春日部駅(東武鉄道)に掲示した。6月も「いいパパって、なんだろう。」と題してしんちゃんの父・野原ひろしさんに向けたメッセージ広告を、夏休みが終わる8月最終週にはしんちゃんが「かあちゃん、楽しい夏休みをありがとう。」と感謝するメッセージ広告を掲示。一連の広告が「感動した」「心に染みた」とTwitterで大拡散した。この間、テレビ番組での露出も多く、19年4~9月のオイシックスに関するTwitterクチコミ数は前年比2.9倍に上り、19年6月末のオイシックス会員数は3カ月前比で9.5%増と飛躍的に伸びた。

 単に人気キャラクターのコラボメニューやグッズプレゼントといったキャンペーンではなく、しんちゃん家族を通じてオイシックスがどのように社会に貢献していきたいかを説く、社会派の企業メッセージ広告が広く共感、支持された格好だ。

 こうした共感をきっかけに入会する会員は、プレゼント目当てで入会した顧客よりもLTVは高くなるだろう。しんちゃんコラボは新規獲得に貢献した他、既存会員からも「オイシックスが応援してくれている」「会員であることを誇りに思う」といった好反響を得ることができた。

 KPIの目標管理や精緻なデータ分析に十分取り組んでいる同社にとって、そこからさらに会員数を上積みし、離反を抑止するためには、こうした定性的でエモーショナルなアプローチでロイヤルティーを高める取り組みも重要になる。

 同社のマーケティングやコミュニケーション全般をリードする専門役員COCO(チーフ・オムニチャネル・オフィサー)の奥谷孝司氏は、「我々は単に食品・食材を届ける宅配業ではなく、家族の食卓がいかに豊かなものになるか、ライフスタイルの向上をお手伝いしている。そのために優れたカスタマーエクスペリエンス(CX)を追求することが重要」と語る。


マーケター必読の書
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