顧客の「維持・育成・獲得」を推進する顧客勘定PDCAサイクルは軌道に乗っていたが、やがて壁にぶち当たった。クーポンに依存した施策のワンパターン化は、離反抑止の頭打ちを招く要因になる。代わりに浮上したのが「状況ターゲティング」の考え方だ。書籍『売り上げを倍増させる“顧客勘定”マーケティング  “赤字顧客”を黒字に変える実践手法』からお届けする。

出張が多いビジネスパーソンが宿泊先を手配していても、もちろん毎回出張とは限らない。予約したルームタイプや人数、閲覧ページなどの「状況」から目的を推察し、適切な情報やクーポンを配信することで、満足度や利用率が高まる(写真/Shuttertstock)
出張が多いビジネスパーソンが宿泊先を手配していても、もちろん毎回出張とは限らない。予約したルームタイプや人数、閲覧ページなどの「状況」から目的を推察し、適切な情報やクーポンを配信することで、満足度や利用率が高まる(写真/Shuttertstock)

前回(第2回)はこちら

 性・年代や購入履歴、そこから推測される嗜好といった属性に基づくターゲティングの「次」に相当するのが、「状況ターゲティング」です。

 例えば、東京在住のAさんとBさんが神戸に出掛けるとします。Aさんが旅行予約サイト上で、神戸以外に京都、兵庫・姫路、和歌山・那智勝浦などで宿を検索しているとしたら、神戸が主目的ではなく広範囲で観光を考えていることが推察されます。一方、Bさんが神戸市内のビジネスホテルを検索しているなら、出張先の宿を探している可能性が高いでしょう。

 こうした検討行動が把握できれば、観光目的と思われるAさんには、神戸に向かう直前に、神戸市立王子動物園、六甲ケーブル、マリンピア神戸などの情報を提供するとニーズに合いそうです。出張目的のBさんには、神戸市内の居酒屋情報やクーポンを提供すると喜ばれそうです。

 神戸に向かうという行動は同じでも、AさんとBさんの動機は異なります。ビジネスなのか、観光なのか。観光なら家族旅行か友人との旅か。出張は1泊か週末も含むか……。状況によって行動は変わってきます。そうした状況を踏まえて施策を打つことが、状況ターゲティングです。以下、いくつかの事例を紹介します。

【事例1】アパレル企業におけるメール配信時間変更

 あるアパレルEC(電子商取引)の主顧客層は専業主婦で、メールマガジンを昼に配信していました。一定の反応はあったものの、より効果を高めたいことから、メール受信者の行動観察をしました。観察前は、「主婦層はお昼の時間帯がメールを見るのに最適」と考えていましたが、意外な事実が判明しました。

 メールは送信直後のお昼に開封されていたのですが、そこからのサイト流入は昼よりむしろ夜の方が多いことが分かりました。日中は慌ただしく、じっくりサイトを見てもらえるのは夜と考えを改め、配信時間を午後7時に変更したところ、セッション数、およびメルマガ経由の売り上げが共に3倍にアップしました。このように思い込みとのギャップを発見することが大きな改善につながります。

【事例2】イベント施設運営企業におけるメール配信先の変更

 イベント施設運営企業の事例です。この企業が運営する施設は、公演内容によってチケットの売れ行きに差があり、とあるバレエ公演のチケット販売で苦戦していました。同公演の案内メールは、バレエ・舞踊公演の購入実績客を中心に送っていました。何かよい打ち手はないかと、バレエ公演購入客のWeb上での閲覧行動を観察したところ、映画作品Aの詳細ページを頻繁に閲覧していました。調べたところ、映画Aとバレエ公演にはいくつかの共通点があることが見えてきました。この発見から、映画Aのページ閲覧者にバレエ公演の案内メールを配信したところ、開封率は以前の1.8倍、購入率は約9倍という結果をたたき出しました。検討行動の観察によってチャンスポイントを発見し、活用することができた事例です。

【事例3】大手Webサービス企業における会員登録ページ遷移の変更

 この企業の会員登録ページは、登録トップページ→個人情報入力1のページ→個人情報入力2のページ→確認ページという遷移で設計されていました。登録トップページアクセス者数に占める登録完了者の割合が低いことから、解析ツールで分析したところ、個人情報入力2のページで離脱が多いことが分かりました。入力項目が多すぎて面倒になるのか、「年収」のようなあまり答えたくない質問があるせいか、と当初は考えました。

 そこで行動観察をしたところ、別の課題が見えてきました。個人情報入力2からの離脱者の多くが、その先にある「資料請求先の事業者の口コミページ」を何度も見にいっていたのです。そこで、各事業者の名称のすぐ横から口コミを確認できるようにレイアウト変更した結果、離脱は大きく減少し、資料請求完了数が倍増しました。アクセス解析で検知した離脱は結果であって、原因までは分かりません。入力項目数をいくらか減らしても改善はできなかったでしょう。行動、状況の観察がいかに大事か、ご理解いただけると思います。

状況ターゲティングで行動観察する際に大切な3つの着眼点

【図1】状況ターゲティングで行動観察する際の着眼点
【図1】状況ターゲティングで行動観察する際の着眼点
出所:ビービット2019年営業資料「USERGRAMでの観察、施策立案のポイント」

(1)「思い込みや想定と違う文脈」
 「ユーザー・顧客はこんな行動を取るだろう」という事業者側の思い込み、勝手な仮説が「想定」です。実際の行動と想定の相違点に着目し、その理由を推察して、ギャップを埋める施策を立てる必要があります。言うはやすしですが、事業者側だけでは見落としやすいものです。理由は3つ。

a.ユーザー視点に完全には立てない
 あるクライアントで実際にあった話。会員向けページに「パスワードをお忘れの方へ」という記載をしていたのですが、なぜか多くの会員がいったん他のページに飛んで数ページ見てから「パスワードをお忘れの方に」をクリックしているケースが発見されました。ファーストインプレッションではっきり視認できる場所に配置を変更することで改善されましたが、事業者側だけではなかなか改善が難しいケースです。

b.改修費や費用対効果を考えてしまう
 改善ポイントを見つけたとしても、コストやコスパが気になり、見なかったことにするパターンです。顧客と事業者側で、優先順位のズレが起こりがちです。

c.改善して間もない箇所は改修ポイントから外れる
 「つくったばかり」「直したばかり」の箇所であるかどうかは、利用者側には関係ありません。ここも事業者側の都合で見落とし、スルーがよく発生します。

(2)購入行動だけでなく「検討行動」を捉える
 「商品AとBの間を行ったり来たり」「Aの色選びに悩んでいる」……。検討行動は購入結果に比べて圧倒的にデータ量が多く、"宝の山"です。検討行動の見える化は、顧客理解に基づく施策を打つに当たって、大きな進歩といえます。

 アパレルECを例にとると、黒・白・グレーの服を買うことが多いAさんとBさんがいた場合、購入履歴ベースの施策なら2人は同一カテゴリーに属します。ところが、Aさんは色に迷いなく購入、Bさんはカラーバリエーションをいろいろチェックしたうえで最終的にいつものモノトーンを選択している場合、2人へのアプローチは異なってきます。カラーバリエーションのチェック行動は、「気に入った色味があれば着てみたい」というBさんの「声なき声」として活用できます。Bさんがアクセスした際に派手めな色の服を提示して反応を見てみる価値はあるでしょう。これが購入履歴だけでは見えてこない面白さです。

(3)「量」を踏まえて判断する
 (1)あるいは(2)を発見しても、それが極めて少数例であれば「例外」になります。施策実行に値する規模があるかどうか、見極めましょう。

国内でも着々と進む「アフターデジタル」

 「オフラインのない時代」と称される「アフターデジタル」の到来は、状況ターゲティングが精度高く可能になったことが背景にあります。国内企業の多くは、デジタルを「リアルに付随したもの」として活用しがちです。ところがアフターデジタルの世界では、デジタルを起点として、レアで貴重なリアル接点を効果的に生かす方法を考えるようになります。これがアフターデジタルの考え方です。

【図2】あらゆるタッチポイントがデジタルに包み込まれる「アフターデジタル」の世界観
【図2】あらゆるタッチポイントがデジタルに包み込まれる「アフターデジタル」の世界観
出所:ビービット2019年営業資料「リアルとデジタルの主従関係は逆転」

 アフターデジタル、およびOMO(オンラインとオフラインの融合)というと、個人情報の提供に対する抵抗感が比較的薄い中国の国民性や国家体制の話に発展して、どこか人ごとになりがちな面があります。ところが実際は、アフターデジタル的な取り組みは国内でも既に随所で進んでいます。

 例えば自動車保険。これまでは、ひとたび契約したら、損害保険会社と接点を持つのは年1回の契約更新時や事故対応の場合で、没交渉であることがむしろ安全運転の証しでもありました。

 それが近年は変わってきています。ドライバーの運転データを分析して保険料を算定するテレマティクス保険がその一つです。契約者の運転データを収集し、運転動向(傾向)と事故の起こりやすさの相関関係を、数億キロメートルの走行ビッグデータで分析。安全運転レベルをスコア化して、事故を起こす確率が極めて低そうな優良ドライバーには、保険料を割り引くサービスをしています。通信機能付きのドライブレコーダーを設置することで、事故頻発地帯ではアラートを出して事故を回避する機能もあるので、契約者の事故件数減少、保険金の支払いも減少、そこから保険料の引き下げ、あるいはさらなる安全対策への投資が可能になります。

 医療では、医師処方の「治療用アプリ」が認可されました。例えばタバコをやめたくてもなかなかやめられないニコチン依存症患者向けの禁煙外来では、3カ月ほどの間に5回通院しますが、通院日から次の通院日までの間は「治療空白」が生じます。スマホと連携する呼気チェッカーで一酸化炭素濃度を毎日測定できるアプリを処方すれば、そのデータを基にワン・トゥ・ワンの指導が可能になり、禁煙成功確率が高まります。

 自動車保険も禁煙治療アプリも、膨大なデータを基に個々人に合った契約やサービスを提供し、事故頻発地域や、吸いたくなる時間帯といったリスキー な状況に差し掛かるとアラートを出すなど、常時サポートをしています。自動車保険契約者の運転が丁寧なのか荒っぽいのか、禁煙外来患者が通院日以外も禁煙を守っているのか隠れて吸っているのか、今までなら把握しようがなかったことが見える化され、それがデータ化されて最適な商品やアドバイスを提供することで、ユーザーエクスペリエンス(UX)を高めていく。そんな好循環が既に稼働しているのです。


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