新刊書籍『売り上げを倍増させる“顧客勘定”マーケティング “赤字顧客”を黒字に変える実践手法』から、第1回の売り上げ管理に続き、第2回は利益の管理を取り上げる。購入金額の多い上得意客は、利益幅も大きいと思っていないだろうか? 両者は必ずしもイコールではない。著者が携わった専門店ECでは、実に顧客の25%が赤字顧客だったことがあった。その把握と改善手法を学ぶ。

たくさん買ってくれているのに赤字!?(写真/Shutterstock)
たくさん買ってくれているのに赤字!?(写真/Shutterstock)

前回(第1回)はこちら

 顧客勘定の観点でどのように利益を管理していけばいいでしょうか。「売上高=商品勘定=顧客勘定」ですから、顧客一人ひとりの売上高の集積が全体の売上高になります。この観点を利益に持ち込んだらどうなるか? 某専門店ECに携わっていた当時、探究しました。

 まず、利益構造について簡単におさらいです。販売価格から商品原価を引いた額が粗利(売上総利益)。そこからもろもろの変動費を引いた額が限界利益です。変動費の1つにポイント利用があります。購入金額100円につき1ポイント(1ポイント=1円)を発行しているケースが多いですが、2回目以降の購入でポイントを保有している顧客がポイントを使うかどうか。使われた分だけ、経費として計上されることになります。

【図1】定価から限界利益に至る構造
【図1】定価から限界利益に至る構造
粗利から、売り上げ増に伴って発生するコストを引いたものが限界利益

 EC(電子商取引)であれば顧客への配送費が別途かかります。クレジットカード決済やキャリア決済、コンビニ決済などが利用されれば、それぞれに決済手数料がかかってきます。このように売り上げが増えるに伴ってかかってくる経費を変動費と呼びます。ECの場合、店頭受け取りを除いて「配送しない」「現金決済のみ」「商品を包装しない」というわけにはいきませんので、これらの経費はほぼ確実にかかります。

 では、顧客単位で限界利益を考えるとどうなるでしょう? こちらも商品のように割り出すことが可能です。Bさんは過去1年間に5000円の商品を4点購入し、商品4点の原価の合計が1万2000円だった場合、Bさんからもたらされた粗利益は8000円です。さらにBさんの購入にかかった配送費、カード手数料費、梱包資材費などの実費を差し引くと、Bさんからもたらされた限界利益を算出できます。

売り上げの多い顧客と利益の高い顧客はイコールではない

 そこで、すべての顧客一人ひとりの限界利益を算出してみました。限界利益の観点で顧客を分析した結果、見えてきたことは、「売り上げの多い顧客と利益の高い顧客はイコールではない」ということです。売上高の観点で顧客を見ていた際に、上位顧客と考えていた顧客が、限界利益で見た場合には必ずしも利益をもたらしてくれているわけではない例が少なからずあることが判明したのです。

 顧客の限界利益率がすべて同じなら話は簡単です。例えば全顧客の限界利益率が10%だった場合、1客単価1万円の顧客の限界利益は1000円、2万円の顧客は2000円になるので、限界利益まで見ずとも、売上高で管理すれば十分ということになります。しかしながら実際、限界利益は顧客ごとに大きく異なっていました。

 まず顧客によって売価はさまざまです。定価通り1万円で購入した顧客、9000円に値下げしたときに購入した顧客、さらに1000円のクーポンを使って8000円で購入した顧客……、原価がすべて7000円なら、この3人の粗利益が大きく変わってくることに気づくでしょう。一方、購入金額に応じて発行するポイントは、使われた際に、経費として計上します。粗利益から引く変動費扱いです。

 宣伝費の観点では、検索エンジンのワード検索やメールマガジン記載のURLから来訪するパターンと、リスティング広告、リターゲティング広告、アフィリエイト経由で訪れるパターンがあります。前者は基本的に経費がかからず、後者は広告宣伝費が変動費としてかかってきます。

限界利益を構成する要素は多様

 配送費についても見てみましょう。ECはその特性上、すべての注文に配送の要素が入ってきます。配送日時指定なのか、代引き指定なのか、1注文当たりの単価はいくらか、荷物の大きさはどのくらいか、届けるエリアはどこなのか、送料無料の1回単価なのか、送料が発生する配送なのか……。こうした要素によって、1件当たりの配送費は大きく変わってきます。顧客がどのような注文をしているのか、それに伴ってどのような配送手段になったのかによって経費構造が変わります。

 続いて決済手数料についてです。EC事業者によっては、クレジットカード決済、コンビニ決済、口座振替、キャリア決済、その他(PayPayやアップルペイなど)と、さまざまな決済手段があります。顧客がどの支払い手段を選択するのか、また1回単価がいくらだったのかによって、それぞれ決済代行会社に支払う手数料が変わります。

 さらに、どのような商品付帯用品(包装品)を使用したのか、配送の際の部材は大きかったのか、小さかったのか、豪華なものだったのか、簡素なものだったのか。こちらも利益に関わってきます。

 このように顧客別での限界利益を構成する要素は多様です。顧客の年間の売上高、その商品の原価、クーポンの利用状況、ポイントの利用状況、広告費がかかるメディアを経由したのか、どのような配送手段、決済手段を使ったのか、どんな包装品を使ったのかなどにより、顧客一人ひとりの限界利益は大きく異なってきます。結果、黒字の顧客もいれば、赤字の顧客もいるという現象が発生します。

25%の顧客が「赤字顧客」

 著者が携わっていた専門店ECで、売り上げの拡大から営業利益率の向上にかじを切るに当たり、推進の武器として位置付けたのが顧客別限界利益です(図2)。顧客一人ひとりに対し、「定価いくらの商品を購入したのか」「それをどのくらいの割引価格で購入したのか」「その際、どんなクーポンを使用したのか」「結果、粗利益はいくらだったのか」「何ポイント利用したのか」といったことを、顧客の1注文単位でひも付けしていきました。上記以外の変動費については、差し当たって売上高案分で見ることにしました。

【図2】「顧客別限界利益管理」(Customer Profit Management)のフォーマット
【図2】「顧客別限界利益管理」(Customer Profit Management)のフォーマット
購入金額が多い上得意客が実は赤字という場合も

 こうしてデータを整備したところ、驚きの実態が明らかになりました。当該年度に購入履歴のあった顧客の25%強が「赤字顧客」だったのです。また、私どもが上位顧客として定義していた買い上げ上位30%の顧客も、4人に1人(約25%)が「赤字顧客」でした。参考までに、この赤字顧客が生み出す限界利益の赤字額は、限界利益の黒字額の約25%に相当する額でした。

 顧客別限界利益を見える化することは、それまでになかった方策を考えて、実行するチャンスになるのです。多くの売り上げをもたらす顧客は、黒字であろうが赤字であろうが大切です。利益を創出できるかどうかは、企業側のマネジメントにかかっています。

赤字顧客が多い状態からの利益改善施策

 どのような着眼点で利益の改善を図ったか、いくつか例を紹介しましょう。まず、ポイント利用によって赤字になっている顧客については、ポイントを一度に使うか少しずつ使うか、どちらにしても瞬間風速的な赤字なので、あまりこだわらないでよいでしょう。ただし、ポイントキャンペーンの回数や規模が適切かどうかは、常に検証の必要があります。

 顧客が赤字になる要因を突き止めることができた場合、施策としては2パターン考えられます。1つ目は顧客への個別アプローチを変えること。もう1つは全体の施策を見直すことです。前者で分かりやすいのは、赤字顧客にクーポンを送りすぎないことです。赤字顧客の場合、クーポンで「負け」パターンに陥っているケースが多く見られます。赤字顧客へのクーポン送付を抑制する必要があります。実際これは利益改善にかなり役立ちました。また、顧客の購入間隔を個票レベルで計算してパターン化し、その期間内に購入がなければクーポンを送付するというように見直すことも有効です。私どもは最終購入から30日、60日、90日でクーポンを送信しましたが、最初に購入した商品によって2回目の購入タイミングに差があることを発見できたので、送信間隔の見直しも実施しました。

 配送料が無料になるギリギリの1回単価で購入することで赤字になっている場合は、その顧客に1回の購入単価を上げるようなクーポンを送ることも実施しました。配送料は変動費扱いですが、配送料ギリギリのゾーンですと、企業側が負担する配送費の比率は高まりますので、1回単価を上げるための工夫も有効です。

 経費率の高い決済方法を好んで使う顧客には、「この決済方法を利用すればクーポンor ポイントを進呈」といったオファーを出すことで決済方法の変更を促し、やはり利益改善につながりました。つまり、赤字顧客が赤字になっている要因を特定することで、その抑制や変更を促す手を打つことが重要です。

 もう1つの全体施策の見直しはどうでしょう。赤字顧客の多くが、値下げと値引き双方を活用しているなら、値下げ商品はクーポン対象外にするといいでしょう。多重値下げをやめることから取り掛かってみましょう。

 ポイント利用とクーポン利用の双方で赤字になっている顧客が多い場合は、ポイントキャンペーンの開催タイミングと、クーポン利用期間をずらす必要があります。ポイントの有効期間はクーポンよりもたいてい長いので、付与後いつ使われるかは分かりませんが、大きなクーポンの有効期限内にポイントキャンペーンを開催すると、ダブルで使われるケースが多いことが分かりました。価格施策は極力ずらしていくことが、赤字顧客を減らすうえで重要です。


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