激動の時代や危機を乗り越え、今なお攻め続ける長寿ブランド。強者のサバイバル術と今の戦略に迫る新連載の初回は、85年超の歴史を持つ国民的健康飲料「ヤクルト」。最近のヒット商品「Yakult1000」にも共通する、同ブランドが決して変えない神髄とは。
※日経トレンディ2021年9月号の記事を再構成
生まれは昭和初期の1935年。乳製品乳酸菌飲料のパイオニア「ヤクルト」は、以来、85年以上にわたりトップを走り続けてきた。開発者は、医学博士の代田稔。感染症で多くの子供たちが命を落とすことに胸を痛めた博士は、「予防医学」という観点から微生物の研究を重ねた。やがて乳酸菌が腸内の悪い菌を抑えることを確認。乳酸菌を強化培養し、生きたまま腸に届けることに成功したのが「乳酸菌 シロタ株」だ。この菌を一人でも多くの人々に摂取してもらうために製品化したのが、ヤクルトである。
2021年夏現在、ヤクルト類の飲料ラインアップは9種。国内で1日当たり783万2000本(21年3月期)も飲まれており、前年比で約3%上昇した。
そんな国民的飲料を製造・販売するヤクルト本社では、今に至るまで常に、創始者・代田博士の考えである「代田イズム」を金科玉条としてきた。それは次の3カ条からなる。病気にかからないような体をつくる「予防医学」、腸を丈夫にして健康を維持する「健腸長寿」、そして「誰もが手に入れられる価格」である。新商品を開発するときも、事業が伸び悩んだときも、この原点に立ち戻って方針を決定した。
現在の好調に寄与しているヤクルト初の機能性表示食品「Yakult(ヤクルト)1000」にも、この精神が流れている。容量100ミリリットル内に乳酸菌 シロタ株が1000億個と同社史上最高の数が入り、一時的な精神的ストレスがかかる状況での「ストレスの緩和」と「睡眠の質向上」をうたう。「乳酸菌が高菌数、高密度になると、神経系に作用することが分かった」とヤクルト本社 業務部企画調査課の工藤洋介主事補は説明する。
19年に関東1都6県で販売開始し、21年4月に全国へ拡大。それに伴い、4〜5月の出荷は前年比5倍以上に跳ねた。店頭に並ぶのは一部のスーパーや百貨店に限られ、メインの販路はヤクルト独自のヤクルトレディによる宅配だ。コロナ禍でストレスや睡眠障害に悩む人が増えたこともあり、反響は大きかった。ネットでの注文窓口「ヤクルト届けてネット」にアクセスが殺到し、一時は新規受け付けを休止したほどだった。
ヤクルト1000のヒットは、ユーザー層の拡大にもつながりそうだ。ヤクルトの長年の課題は、“子供っぽい”イメージの定着。幼少時に飲んでいても、家族から巣立つタイミングで“卒業”する人も少なくない。2010年代からコンビニでパーソナル向けの商品を投入したが、イメージは簡単には変えられない。しかし1000のユーザーは「30〜50代が多く、男女比では男性がやや高い。これを機にヤクルト商品全体で働き盛りの30〜50代を取り込んでいきたい」と工藤氏。1980年代以降は大人向けに甘さ控えめの商品を投入してきたが、1000もスッキリした味わいだ。また容量100ミリリットルは、「65ミリリットルの標準的なヤクルトでは、もの足りない」という需要にも応えた。
歴史を振り返れば、ヤクルトに含まれる乳酸菌の数は、徐々に増えてきた。容器がガラス製からプラスチックになった68年には、65ミリリットル内に65億個。しかし2000年以降、150億個、200億個と増加。これに伴い標準的なヤクルトも、「Newヤクルト」へと進化した。一方で1999年には、80ミリリットル入りで400億個を含む「ヤクルト400」を発売。さらに20年の研究開発を経て、1000が誕生した。
「代田イズムにあるように、人体の腸に関する基礎研究から取り組んでいるのが、当社の大きな特徴。腸がどういう臓器で、他の臓器とどう関わっているのかから仮説を立てる。そして飲料内の菌数や密度の増加で得られる機能に関して、エビデンスを取っていく」(工藤氏)。いわば、どの商品も地道な研究成果の“結晶”だ。それだけに「ヤクルトを毎日飲んでいるおかげで元気に過ごせている、と言われるのが一番うれしい」(工藤氏)という。
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