「アート思考」は個人の創造性を引き出し、イノベーションにつなげるきっかけになり得る。けれども、それを企業組織にどのように組み込めばいいのか。既にアート思考のワークショップを体験した企業は、その可能性をどう感じたか。書籍『仕事に生かすアート思考 感性×論理性の磨き方』の内容を、一部抜粋・再編集して紹介する。

『仕事に生かすアート思考 感性×論理性の磨き方』(日経BP刊)
『仕事に生かすアート思考 感性×論理性の磨き方』(日経BP刊)
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 シグマクシスの田中宏隆氏と岡田亜希子氏は、著者のマッキンゼー・アンド・カンパニー時代の後輩。著者は2人の良き相談相手でもあり、ウェルビーイングとフードテックをテーマにした議論やワークショップを通じ、様々な議論が深まっていったという。そんな田中氏と岡田氏に、アート思考のワークショップの感想やビジネスにもたらす効果について聞いた。

内在する思いをアート作品で言語化する

──アート思考のワークショップを社内で実施したきっかけを教えてください。

岡田亜希子氏(以下、岡田) 町田さんとは以前から、定期的にいろいろな議論をしていました。町田さんは画家としても活動されているので、仕事でアートをテーマにするようなプロジェクトが発生したとき、企画についてご意見を伺ったり、既成概念を取り払う考え方を伝授していただいたりしています。私たちがフードイノベーションとウェルビーイングについて考え始めたときも、町田さんならきっと何かヒントを与えてくれると思い、ブレストする時間をつくっていただきました。

 食はおいしさや食べる時間、空間、誰と食べるかなど「感情価値」と関係が深い。そんな考えは浮かんでいたものの、ウェルビーイングは壮大なテーマでもあり、どう結びつけるか悩んでいました。そういった話をしている中で、町田さんから「食とウェルネス」というテーマでワークショップを開催するご提案を頂きました。

田中宏隆氏(以下、田中) 私は今から7~8年前、ビジネスとアートの親和性について考えるようになりました。きっかけは、コンサルティングの仕事で、100%狙い通りの結果を出すことができなかったからです。コンサルタントとして経験を積んでいくと、だいたいの答えにたどり着けるようになり、50%くらいの完成度を80%くらいまで高められるようになります。しかし、どうしても100%には到達しないんです。その理由は案件によっても違いますが、最後は「思いや感覚が大切」などといわれており、そのとき「アート」にも何か可能性があるのではないかと思っていました。

 私がアート思考を知ったきっかけは、京都大学で開催された「ARTS ECONOMICS KYOTO 2018」というイベントで町田さんの講演を聞いたことです。未来を見渡せる人がいないからこそ、未来はつくるものであり、アートは分断された学問や研究をつなぐ可能性があるといったディスカッションが、とても印象に残っています。そのとき、アートは接着剤のような役割があるのかもしれないと考えるようになり、その後、町田さんと何度も議論を重ねてきました。ワークショップにも参加したことで、それまでのロジック重視だった考え方から、創造性も取り入れた考え方に変わりつつあります。そして今、フードテックの世界で新しい価値やビジネスを考える際にも、町田さんのアート思考に大きく刺激を受けていることは間違いありません。

田中宏隆氏(写真/丸毛 透)
(写真/丸毛 透)
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田中 宏隆(たなか ひろたか)氏
シグマクシス 常務執行役員
SKS Japan 主催者。シグマクシスにおけるマルチサイド・プラットフォームチームのチームリーダー。国内大手家電メーカー、マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、2017年よりシグマクシスに参画。食・料理という領域における日本として進むべき道を明らかにし、新たな産業への進化を目指す。

岡田 ワークショップに参加して驚いたのは、自分の中に眠っている答えがあり、その存在に気づいたことです。黙々と手を動かし、粘土で形をつくっているときや、完成したものを説明しているときに、自分にとってウェルビーイングとは何か、そのヒントが頭に浮かんできました。粘土は不思議なマテリアルで、どんな形にすることもできる。だけど、私たちのような素人はイメージ通りに表現できません。それでも、創造力を膨らませながら、短時間で頑張って完成させる。そのプロセス自体も、ウェルビーイングだと気づきました。とはいえ、何がウェルビーイングなのかは、日々、変わっていくものだと思います。常に意識したり考えたりすることが必要なのでしょう。

田中 私はワークショップについて、もう少し俯瞰(ふかん)して捉えました。まず、日本企業に勢いがないのは、ビジネスパーソンが自由に考える思考を失ってしまったからです。かつては、与えられた役割を粛々とこなしていれば、年功序列で出世をして、給料も上がっていきました。自分の意見は言わない。たとえ言いたいことがあっても、黙ってやり過ごす。そういう思考が根付いてしまっているビジネスパーソンは少なくないでしょう。

 そんな時代だからこそ、自分を起点に発想するアート思考が新鮮に感じるのだと思います。プロダクトアウトやテクノロジーアウト、リサーチアウトではなく、人を中心に考える。仕事を自分事化するきっかけにもなる、アート思考には可能性を感じます。

 ある企業のプロジェクトで、町田さんに講演をお願いしたことがあります。12回の講演で、3回目に町田さんが登壇し、こう話しました。「つくりたい未来は、自分たちで描いてよいのです。自分の思いから考えましょう」。その瞬間、20代から40代後半の参加者の目の色が変わりました。そこから各自が自分の体験を語り出し、経営陣の想像を超える新しいビジョンを生み出すことができたんです。自分たちは会社の歯車ではなく、原動力なんだ。そう気づくことができたのだと思います。

──岡田さんはワークショップの粘土アートで、「炊き込みご飯」でウェルビーイングを表現したそうですね。

岡田亜希子氏(写真/丸毛 透)
(写真/丸毛 透)
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岡田 亜希子(おかだ あきこ)氏
シグマクシス Research/Insight Specialist
マッキンゼー・アンド・カンパニーでハイテク分野のリサーチエキスパートとして10年間従事し、現職。現在はインサイト・スペシャリストとして、食×テクノロジー・サイエンス×人間の未来を追求。高度なビジネスリサーチ力を駆使し、世界のイノベーターをつなぐ。

岡田 いろいろ試行錯誤しているとき、町田さんは、「普通ですね」「さほど面白くないですね」と優しい口調だけど、ちょっとイジワルにツッコミを入れるんです(笑)。そう言われると、どうやって面白くしようか、さらに違うことを考え始める。それがいいんです。なぜ、ウェルビーイングな食として「炊き込みご飯」を選んだか。それはいろいろな具材が入っていて、栄養のバランスが良く、日本人なら誰もが知っている。肩肘張らずに食べることができ、白米よりちょっとうれしい。そんな炊き込みご飯こそ、幸せの本質ではないかと考えたからです。

 ポイントは2つ。1つは、まずどうやって炊き込みご飯を表現するか。米粒や器、具材の種類や切り方など、あらゆる角度から炊き込みご飯について考えました。本質をつかむうえでとても大事なことです。もう1つは、どうやって炊き込みご飯のある幸せを表現するか。町田さんが「逆転の発想で、炊き込みご飯のない不幸せについて考えてみたらどうですか」とアドバイスをしてくださり、そこから検討を重ねた結果、炊き込みご飯の入ったお茶わんを横に倒して、ご飯粒がこぼれてしまった状態を完成としました。「程よい不幸せ」感によって、炊き込みご飯の「程よい幸せ」を表現したのです。

 今どきの私たちは何でも数値化して満点が最高だと思いがちですが、ウェルビーイングはもう少し曖昧な領域です。うれしかったり、楽しかったり、ちょっぴり寂しかったりする感情を中心に設計することで、面白いサービスが生まれるのではないか。町田さんには、そんなアドバイスも頂きました。

個人の創造性を信じて仕事を任せる

──アート思考を、ビジネスにどう生かしていますか。

田中 アート思考のワークショップを体験して、チームのメンバーを含めて、個人の力を信じるようになりました。各自の能力をもっと引き出そうと考えるようになり、その結果、活躍したメンバーもいます。人を評価するときも、スキルや実績などロジカルに判断していましたが、それだけでなく、「経営陣が思いつかないようなことを発想できる」といった視点で評価すると、頼れる部分が増え、任せられる仕事の幅も広がります。そうやって一人ひとりの創造性を信じて仕事を任せると、メンバーも自分の意見に自信を持つようになり、以前より多様な意見が出てくるようになりました。そうやって組織のピラミッドを意図的にひっくり返すことが、組織を活性化して成長させるには必要なことだと思います。

 町田さんからは「異質な体験を大切にする」ことも教わり、異分野の人と話す機会が増えました。異分野の人たちとの交流が、創造的なアイデアを生むきっかけにもなっています。今は、コンサルタントがロジカルに導き出した画一的な企画では、世の中は動かないと思うようになりました。

──ワークショップでの体験が、チームビルディングにも影響を及ぼしているんですね。

田中 最初はほかのメンバーが作る作品を見て、「なんじゃこりゃ」って思いました。でも、説明を聞くと納得できるんです。「そういう視点を持っているんだ」「そんな考え方があるんだ」など、新たな発想の気づきがありました。今はマネジメントのヒエラルキーのピラミッドが逆転していて、特にデジタルの領域では、現場で働いている人のほうがビビッドなアイデアを持っていることが珍しくありません。ただ、若手は自分のやりたいことや言いたいことを伝える方法論を身に付けていないため、意見が採用されにくいという面もあります。そんな現場で働く人の力を増幅させるためのツールが、アート思考かなと思っています。

 アート思考は、自分で考え、言いたいことをきちんと言う。視野を広げるきっかけにもなるはずです。そう考えると、アート思考は企業研修や新規事業開発のアプローチだけでなく、学校教育にも活用できるのではないでしょうか。

岡田 アート思考は、自分の中にあるものを掘り起こす感覚なので、年齢を問わないですよね。新しい言語を覚えるのとは違うので、ビジネスの研修はもちろん、田中の言うように教育の現場でも活用できると思います。

田中 アート思考の最大の壁は、企業システムに織り込みにくいことでしょうか。意思決定の仕組みに取り入れることが大事なのですが、簡単ではないと思います。そう考えると、既存の企業に取り入れるのではなく、例えばアート思考起点で新たに企業を立ち上げるのはどうでしょう。自分がやりたいことを突き詰めていくと、結果につながる。短期的な売り上げやキャッシュフローではない。既存の企業の形とは違う価値を見いだせる可能性が、アート思考にはあるのではないでしょうか。

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