「アート思考」で目指すのは、創造性と論理性の両方がバランス良く入ったビジネスアイデア。たどり着くのは容易ではないが、ワークショップなどを通じて「感性(創造性)」と「論理性(実現可能性)」の2軸を行き来しながら近づいていく。その実践法を解説した書籍『仕事に生かすアート思考 感性×論理性の磨き方』の内容を、一部抜粋・再編集して紹介する。

2軸のバランスの難しさ
2軸のバランスの難しさ

前回(第3回)はこちら

新入社員から経営陣まで

 アート思考が特定の業種あるいは特定の組織レイヤーに向いている、ということはありません。実際、我々のクライアントとしてアート思考を取り入れようという企業は、大手メーカー、流通、商社、金融、デザイナーと様々です。組織レイヤーでいうと、役職のある経営陣から新入社員の方まで幅が広いです。

 アート思考を取り入れた研修や新規事業・事業構想づくりの特徴は、論理性(実現可能性)から考えず、自分軸でやってみたいことを考えること。企業で働いていると、会社の方針やクライアントの意向に合わせて物事を考えることが求められます。ただ、それが癖になってしまうと、自分が心の底から本当にやりたいことや、良いと思うことが分からなくなり、いつの間にか自分の軸を見失ってしまいます。普段の仕事ぶりが真面目であればあるほど、忠実に「今の事業を前提にして考えよう」となってしまう面もあるので、まずは頑張って既成概念から離れる必要があります。

 既成概念から離れ、自分軸を意識しながら自由に発想すると、面白い、創造性のあるアイデアがいろいろと出てくる確率が上がるでしょう。ただ、現在のビジネスシーンでは当然、面白さだけ追求するのではなく、論理性もなければ成り立ちません。やっと既成概念から離れ、解放されて自由に発想したのに、次はまた論理性を考えなければいけない。答えの見えない中で模索するもどかしさ、難しさがあります。でもその大変さに向き合い挑戦すると、論理性だけで考えて壁を突破できずにいた既存事業や新規ビジネスのアイデアがパッと開けたり、全く違った発想を使って事業案が出てくる可能性が高まります。

 私はその挑戦に併走し、創造性と論理性の両方がバランス良く入ったアイデアになるよう、体験・体感を大事にしながらビジネスアイデアを磨いていきます。

「インプロ創造性」とは

 あるレベル以上の創造性と論理性が入ったアイデアを、私は「インプロ創造性」と名付けました。「面白い」「意外性がある」そして「もしかしたらいけるかも」と思えるような、ひらめきのようなものでもあり、感性と論理性を兼ね備えたアイデアのことです。自分軸をきっかけに、意識だけでなく無意識も使って生み出します。感性と論理性の間で行き来し、生みの苦しみもあります。だからこそ今までにないアイデアであり、イノベーションにつながる可能性もあるのです。この体験が、アート思考の醍醐味と言えるかもしれません。

 「インプロ」とは2つの言葉を組み合わせた造語です。1つ目は、「インプロバブル(あり得ない)」。これは、フランスのアート思考をけん引する、ビジネススクールESCPのシルヴァン・ビューロー教授が開発したアート思考ワークショップのタイトルとして使われていたものです。2つ目は、「インプロビゼーション(即興)」。「ひらめいた!」というのがこれに当たります。「アイデアが降りてくる」感覚を大切にしています(シルヴァン教授が開発した「インプロバブル」については本書の82ページで紹介しています)。

アート思考の2軸で見てみよう

感性と論理性の2軸(ベースとなるアイデアの基本形)
感性と論理性の2軸(ベースとなるアイデアの基本形)

 アート思考を体系化した「感性(創造性)」と「論理性(実現可能性)」の2軸を解説します。まず、横軸が感性(創造性)軸で、この軸の右に行くほど面白さや意外性が高まっていくイメージです。縦軸が論理性(実現可能性)軸で、この軸の上に行くほど、人に論理的に説得できるアイデアで、実現する可能性が高まっていきます。

 図の左下に位置するのが初期段階の「ベースのアイデア」で、目指すのは右斜め上に位置し、感性も論理性もそろったインプロ創造性です。そして、ここに至るまでのアイデアの変遷を、私は「挑戦の旅」と呼んでいます。挑戦の旅をぐにゃぐにゃとした線で表しているように、感性と論理性の2軸の間を行き来しながら、右上を目指します。これまでワークショップや研修、コンサルティングの現場でたくさんの挑戦の旅を見てきましたが、どれ一つとして同じ軌跡はありませんでした。

「インプロ創造性」へ至る道
「インプロ創造性」へ至る道

 挑戦の旅の途中では、「実現可能性の天井」や「発想の壁」にぶつかります。頭をやわらかくしたり、視点を変えたりしながら、これらの天井や壁を乗り越える方法を考え抜き、インプロ創造性を目指します。

 このとき注意していないと、創造性の谷に落ちたり、せっかく論理性から離れようとしたのに、気づくと、論理性の谷に落ち込んだりして、結局上がって来られなくなります。私の役割は、このタイミングと高度をよく見て手を差し伸べることです(冒頭の画像はそれを直感的に表したものとなります)。

感性と論理性の2軸(左/ベースのアイデアの論理性が強い場合、右/ベースのアイデアの感性が強い場合)
感性と論理性の2軸(左/ベースのアイデアの論理性が強い場合、右/ベースのアイデアの感性が強い場合)
注:左図のベースとなるアイデアは「論理性軸は中くらいで、感性軸が低い」、右図は「感性軸は高いが、論理性軸が低い」位置にありますが、実際には様々なものがあります。本書では図の分かりやすさを考慮し、以降はすべてベースとなるアイデアは感性軸も論理性軸も低い左下をスタート地点としています。
『仕事に生かすアート思考 感性×論理性の磨き方』(日経BP刊)
『仕事に生かすアート思考 感性×論理性の磨き方』(日経BP刊)

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やわらか頭でビジネスを考えるってなんだろう?
そんな人にしびれる一冊
安宅和人氏
慶應義塾大学SFC環境情報学部教授/
ヤフーCSO(Chief Strategy Officer)

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