新型コロナで各種イベントの開催が足踏み状態の中、eスポーツと関わりを持つ企業が増えている。「東京ゲームショウ2021 オンライン」の法人向けウェビナー「TGSフォーラム」では、eスポーツに取り組む企業や社会人プロゲーマーを迎え、「企業をつなぐ社会人eスポーツの可能性」について議論した。

主催者セミナーでは「企業をつなぐ社会人eスポーツの可能性」をテーマに、有識者によって議論が行われた
主催者セミナーでは「企業をつなぐ社会人eスポーツの可能性」をテーマに、有識者によって議論が行われた

 パネルディスカッションに登壇したのは、eスポーツに取り組む企業などへの支援事業などを行っているNTTe-Sports副社長の影澤潤一氏、社内にeスポーツ部を持つアイ・オー・データ機器 事業本部 販売促進部 副部長の西田谷直弘氏、一般企業の会社員であり、『ストリートファイターV』のJeSU公認プロゲーマー“クラッシャー”としても活躍する田邊淳一氏だ。モデレーターは、自身もeスポーツやゲームに関心があり、関連記事を数多く執筆・編集している日経クロストレンドの平野亜矢副編集長が務め、社員間交流や福利厚生、人材確保、ワーク・ライフ・バランスなど多方面から、eスポーツが企業にもたらす可能性について議論した。

コロナ禍で人と人とをつなぐ力に

 まずは、西田谷氏が、アイ・オー・データ機器の社内eスポーツ部の活動について説明した。

 西田谷氏によると、「東京ゲームショウ2018の企業対抗戦に有志で出場したメンバーが良い成績を収め、その後社内のゲーム好きな人たちが有志で集まってeスポーツ部ができた。それから、企業対抗戦に参戦したり、社内外の交流会などのイベントに協力したりしている」という。

 メンバーは、プロゲーマー並みの実力がある人もいれば、あまり上手とは言えないが趣味で楽しんでプレーしている人もいて、レベルは様々だが、アイ・オー・データ機器のeスポーツ部には、企業対抗戦に出場して実力を試す「ガチ勢」だけでなく、単純にゲームを楽しむ「カジュアル勢」もおり、それぞれの楽しみ方でゲームをしているのだという。

 これは活発に活動しているeスポーツ部のケースだが、それ以外でも、企業内に有志によるeスポーツ部を発足させたり、ゲームを使った企業対抗戦や社内イベントを実施する企業がこの1年で増えているという。

社会人eスポーツの主な活動。コロナ禍ということもあり、イベントは社内だけでなく社外との交流を目的に実施されるケースもある
社会人eスポーツの主な活動。コロナ禍ということもあり、イベントは社内だけでなく社外との交流を目的に実施されるケースもある

 なぜ、近年、このような取り組みをする企業が増えてきたのか。影澤氏はその背景として、新型コロナウイルス感染症の影響を挙げた。

 「コロナ禍で、オフラインでの会社のレクリエーションは軒並みできなくなった。飲み会やゴルフ、社員旅行も気軽にできない。在宅勤務を導入した企業では、社員がほとんど出社しなくなり、社員間のコミュニケーションが取りにくくなっている。そんな中、(リモートでもできて、若い世代も参加しやすい)eスポーツに注目が集まり、社内レクリエーションとしての需要が高まっているのだろう」と分析した。

eスポーツがもたらす様々な効果

 実際、社員同士のコミュニケーションをとる手段としてもゲームやeスポーツは効果的だ。田邊氏は「友人が企業内で『ストリートファイターV』の試合をすることになったとき、『部長と当たったら絶対エドモンド本田でハメてやる』と言っていました(笑)」というエピソードを披露した。

 ゲームは平等で、老若男女、上下関係の垣根がないのが特徴だ。普段は社長として部下を統率する立場でも、ゲームの中では部下に怒られる……なんてこともある。しかしそれが逆にいい点。フラットな立場でコミュニケーションがとれる上に、ゲームを通じて仕事をしているときとは違った側面が見えてくることもあるため、距離感が縮まりやすい面があるという。

「eスポーツで社内レクリエーションを実施した企業では、視聴していた幹部役員、主催した会社の社員からの評判が良く、『普段の社内レクリエーションよりも参加者が多かった』『eスポーツはハードルが高いイメージがあったがそうではなかった』という声が寄せられた」と影澤氏
「eスポーツで社内レクリエーションを実施した企業では、視聴していた幹部役員、主催した会社の社員からの評判が良く、『普段の社内レクリエーションよりも参加者が多かった』『eスポーツはハードルが高いイメージがあったがそうではなかった』という声が寄せられた」と影澤氏

 西田谷氏は社内コミュニケーションの円滑化以外の効果もあったと話す。1つは製品に関する情報発信。これは、eスポーツに関連する商品も手掛ける同社ならではの取り組みだ。

「当社はYouTubeで公式チャネル『IODATA 公式』を運営しており、その中でeスポーツ部のメンバーが様々なゲームタイトルを楽しみながら、自社の機器を紹介する動画をアップしている。有志で集まったメンバーの中には開発部署の社員もおり、自社が生産しているゲーミングデバイスや配信系の機材の使用感を部活動の中で試し、そこで得た知見を開発に生かすこともある」(西田谷氏)

 もう1つは「異業種交流」を挙げた。本社がある石川県金沢市の不動産会社と同社のeスポーツ部のメンバーに接点があったことから、共に大学生を巻き込んだeスポーツイベントを実施することになったという。

 不動産会社としては、賃貸アパートを契約するかもしれない近隣の大学生と交流する機会になる。アイ・オー・データ機器にとっても大学生との交流は採用活動にもつながる。「そこで協力をすることになったのだが、実施してみると反応が良く、そのイベントがきっかけで当社の会社説明会に来てくれた人もいる」(西田谷氏)。

 この例以外にも、eスポーツ部のメンバーはゲームを通じて様々な企業の人と交流を深めており、「Discord(主にゲームユーザーに普及しているコミュニケーションツール)を見せてもらうと、業種を超えた意外な会社の人と日常的につながっていて驚く。先に触れたようなイベントにつながらないまでも、情報交換のきっかけになるのでは」と西田谷氏は実感を語った。

 異業種交流というと身構えてしまいがちだが、ゲームという共通の趣味を介すことで、業種の壁にとらわれず、より気軽に接点を持てるのかもしれない。

部を作る際はゲーム好きな人を柱に

 では、企業がeスポーツ部を立ち上げれたい、社内イベントに取り入れたいと思ったときは、どうすればいいのだろうか。

 影澤氏によるとそうした相談は増えており、「ボトムアップで社員の中から立ち上がったケースもあれば、報道などでeスポーツの影響力を知った企業の上層部が面白そうだから部活を作れと命じ、トップダウンで立ち上がるケースもある」。ただいずれも「部を立ち上げたのはよいものの、何してよいか分からないというケースも多い」という。

 「いきなり『部活を作れ』と言っても、それ自体が目的になってしまったら続かない。だから僕はよく『御社にゲーム好きな人はどれくらいいますか』と聞く。ゲームを好きな人がいれば、その人を軸に社内レクリエーションを行って、それが面白かったらその人を中心に部活を作るといいとアドバイスする。部活を機能させる人を会社側がいかに認めるか、それを会社としてどうやって支えていくかがポイントになってくると思う」と影澤氏は力説した。

 また、ボトムアップ型の場合、実力者であれば「eスポーツ部を立ち上げたい」とアピールしやすいかもしれないが、趣味程度でプレーしている人だとなかなか言い出しにくい面もある。実際、上層部に打診しても「じゃあ君は強いのか」「企業対抗戦に出たら勝てるのか」と言われ、尻込みをしてしまうケースも少なくないそうだ。

 そこで、NTTe-Sportsで進行中の、全社会人を対象にしたリーグ「B2eLeague」についても言及した。「企業対抗戦の一歩手前に、社会人であれば誰でも気軽に参加できる大会がもっとあっても良いのではないかと考えた。私たちも含む社会人がゲームをより楽しめる環境を作るきっかけになればうれしい。また、こうした活動を通じて(社会人eスポーツを)応援してくれる会社が出てくれば、田邊さんのような社会人プロゲーマーももっと誕生するかもしれない。発掘の場にもできれば」と影澤氏。

「B2eLeague」は社会人であれば誰でも参戦できるオープントーナメントだ
「B2eLeague」は社会人であれば誰でも参戦できるオープントーナメントだ
企業の名前を名乗って参加することを推奨しているが、名乗らなくても参加できるなど、競技者ファーストの競技環境を目指す
企業の名前を名乗って参加することを推奨しているが、名乗らなくても参加できるなど、競技者ファーストの競技環境を目指す

 社会人であれば誰でも参戦できるというB2eLeagueの概念には西田谷氏も共感を示した。「当社のようにeスポーツ部を持っているところでも、会社名という看板を背負わなければならないと感じると二の足を踏んでしまう大会もある。その点、B2eLeagueはちょっと腕試しに出てみることができそうだ。eスポーツ部を持っている企業でも、こうした企業対抗戦とは違う枠組みの大会が増えてくると、活動の幅が広がるのではないか」(西田谷氏)

社員が楽しんでゲームができる環境を

 ディスカッションの最後には、モデレーターの平野副編集長が登壇者に対し、これからeスポーツ部を作ろうとしている企業や、社会人向けeスポーツイベントを実施しようとしている企業へのアドバイスを求めた。

 影澤氏は主に経営層に向けて、「あまり結果を求めすぎないでほしい。部活を作ったから優勝しろと言うのではなく、社員が元気になる1つの手段としてゲームやeスポーツを行うのだと考えることで、だいぶ世界が変わるのでは」とアドバイスした。

 一方の西田谷氏は、日常的なコミュニケーションについてコメント。「社員同士の自己紹介で『趣味はゲームです』と言う人がいたら、あるいは採用選考の履歴書に『趣味はゲーム』と書いてきた人がいたら、『どんなゲーム好きなの?』などとちょっと突っ込んで聞いてみるといい。好きなゲームで、趣味趣向や仕事の仕方が分かってくる場合もある。これは、ゲーム以外の趣味、好きな映画やスポーツを聞くのと同じ。パーソナリティーを想像しながらコミュニケーションを取る1つの指標にゲームもなり得ると思う」と話した。

 田邊氏は社会人eスポーツの活性化によって、多くの企業がeスポーツに取り組むようになれば、市場が拡大し、プレーヤーも増えてくるだろうとした上で、「専業のプロは1日7~8時間練習しているが、仕事もしている自分はせいぜい2~3時間程度。毎日4~5時間の差が開くことになる。(他のスポーツのように)大会出場に必要な練習時間を確保しやすいように会社側が支援してくれるなど、会社と社員とのいい相互作用が生まれたらうれしい」と今後の希望を語った。

 これには影澤氏も「働きながら堂々と好きなことができるようになれば、ライフワークバランスの面からもいいはず」と同意する。変わりつつある企業の姿を見て、これから入社する若者たちの企業に対する捉え方も変わっていくだろう。

 社内交流、会社間交流、次世代に入社する若者たちとのコミュニケーションツールや社員のライフワークバランス、福利厚生など、多様な面で企業に新たな価値や効果をもたらしてくれる可能性を持つ社会人eスポーツ。従来注目されてきた興行的なeスポーツとは別のアプローチから、日本のeスポーツの活性化を促せるか注目したい。

和気あいあいとディスカッションする対談メンバー。左から、日経クロストレンドの平野亜矢副編集長、NTTe-Sports代表取締役副社長の影澤潤一氏、アイ・オー・データ機器 事業本部 販売促進部 副部長の西田谷直弘氏、プロゲーマーの田邊淳一氏
和気あいあいとディスカッションする対談メンバー。左から、日経クロストレンドの平野亜矢副編集長、NTTe-Sports代表取締役副社長の影澤潤一氏、アイ・オー・データ機器 事業本部 販売促進部 副部長の西田谷直弘氏、プロゲーマーの田邊淳一氏
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