MaaS2021:アフターワクチンの移動革命 第6回(写真)

世界で10億ダウンロードを記録し、国内でも老若男女を問わず、いまだに根強い人気を誇る「ポケモンGO」。人々が“巣ごもり”から目覚めるアフターワクチン時代、「外出を促し、経済を動かす」仕掛けの代表格として期待がかかる。にわかに注目を集めている「メタバース(仮想空間)」では到底なし得ない、ポケモンGOはいかに現実世界を変えるのか。

「ポケモンGO」は、2016年7月のサービス開始から21年で5周年を迎えた ©2021 Niantic, Inc. ©2021 Pokémon. ©1995-2021 Nintendo/Creatures Inc. /GAME FREAK inc.
「ポケモンGO」は、2016年7月のサービス開始から21年で5周年を迎えた ©2021 Niantic, Inc. ©2021 Pokémon. ©1995-2021 Nintendo/Creatures Inc. /GAME FREAK inc.

 2021年、にわかに注目を浴びている「メタバース」。インターネット上に仮想的につくられた、いわば現実を超えたもう一つの世界のことで、ユーザーは自分の代わりとなるアバターを操作し、他者との交流を図る。米フェイスブックCEO(最高経営責任者)のマーク・ザッカーバーグ氏は21年7月、今後5年以内に「『ソーシャルメディア企業』から『メタバース企業』へ移行する」と発言。国内でもグリーが子会社を通じて参入するなど、世界で企業の大型投資が相次ぎ、一種のブームとなっている。

前回(第5回)はこちら

 しかし、このメタバース一辺倒の風潮に真っ向から異議を唱える人物がいる。それが、米ナイアンティックCEOのジョン・ハンケ氏だ。ハンケ氏は同社のブログで、「メタバースはディストピアの悪夢です。より良い現実の構築に焦点を当てましょう」と呼び掛けている。

 そのうえで、社会が仮想世界に逃避しないように努力するとし、それを実現する方法がAR(拡張現実)のテクノロジーで現実に寄り添うことだとしている。つまり、同社は自宅で仮想世界に浸る人たちを「ソファから引き剥がし」、人々が外で歩き、周囲の人々や世界とつながるなど、現実をよりよくするためにこそテクノロジーは使われるべきだと考えているのだ。

 このナイアンティックの思想を形にしているのが、他でもない「ポケモンGO」である。ポケモンGOは、デジタル地図とARの技術を組み合わせ、トレーナー(プレーヤー)が外を歩き回り、スマートフォンの画面を通して路上に現れる様々なポケットモンスター(ポケモン)を捕獲するゲームだ。

ピカチュウの捕獲画面(画像左)。デジタル地図上に「ポケストップ」や「ジム」などが表示される(画像右) ©2021 Niantic, Inc. ©2021 Pokémon. ©1995-2021 Nintendo/Creatures Inc. /GAME FREAK inc.
ピカチュウの捕獲画面(画像左)。デジタル地図上に「ポケストップ」や「ジム」などが表示される(画像右) ©2021 Niantic, Inc. ©2021 Pokémon. ©1995-2021 Nintendo/Creatures Inc. /GAME FREAK inc.

 トレーナーが外に出る数多くのインセンティブを備えており、地図上の至る所に設置された「ポケストップ」へ実際に歩いて近づき、スマホ画面をスワイプすることでアイテムもゲットできる。また、地図上の「レイド」と呼ばれる場所に歩いて行き、他のトレーナーと一緒に強いポケモンとの戦いに参加したり、「ジム」に行って他のトレーナーのポケモンと戦ったりできる。

 だが、新型コロナウイルス感染症の脅威により、ポケモンGOは新しい課題に立ち向かうことになる。感染防止のため、人々が外出したり、集まったりすることを避ける必要が生じた。もともとのコンセプトである、外を歩き回ってポケモンを捕獲したり、戦ったりすることがしにくい状況が生まれたのだ。同社はどんな手を打ったのか。

コロナ禍で“巣ごもり”対応

 20年、コロナ禍により、世界各国の都市でロックダウンが断行され、日本でも緊急事態宣言によって外出自粛が呼びかけられた。そうした中、ナイアンティックは柔軟にポケモンGOの仕様変更を決断した。「どうやったら外に出なくても遊べるか。あるいは、外に出たとしても、密にならずに楽しめるか。ありとあらゆることを考え、様々な施策を行ってきた」と、ナイアンティックのアジア太平洋地域シニアマーケティングマネージャー、山崎富美氏は話す。

コロナ禍で実装された「リモートレイドパス」 ©2021 Niantic, Inc. ©2021 Pokémon. ©1995-2021 Nintendo/Creatures Inc. /GAME FREAK inc.
コロナ禍で実装された「リモートレイドパス」 ©2021 Niantic, Inc. ©2021 Pokémon. ©1995-2021 Nintendo/Creatures Inc. /GAME FREAK inc.

 20年4月、新たに実装したのが「リモートレイドパス」だ。レイドパスとはレイドに参加するために必要なアイテム。従来は、外出してデジタル地図上のレイドに歩いて近づかなければ使えなかった。それをリモート(遠隔)で使えるようにしたのがリモートレイドパスだ。もともと、少し先の日程で実装を予定していたが、外出制限が広がる中、ナイアンティックは「今こそ最も必要なタイミング」と判断し、前倒しで導入された。

 結果、トレーナーは自宅に居ながらにして、レイドへの参加が可能になった。世界では、ロックダウン時に外出すると罰金が科せられる都市もあった。そうした都市のトレーナーが、巣ごもりしていても遊べるわけだ。

 このリモートレイドパスは新たな楽しみも生み出した。ポケモンGOには他のトレーナーを登録して交流できる「フレンド機能」があり、レイドに参加する際、登録している友人を一緒に戦う仲間として招待できる。一方で、各国のレイドでは、その国でしか捕獲できない固有のポケモンが登場する。つまり、通常であればその国まで行かなければ手に入らないポケモンを、海外の友人からレイドに招待されることで入手できるようになったのだ。

 また、ポケストップでアイテムを手に入れられる距離を、以前の半径40メートルから80メートルに拡大したことも、コロナ禍下の改良点。これによってトレーナーは、今までより遠くの場所からでもアイテムを入手でき、ポケストップの近くに集まって密になることを防げる。「車椅子の利用者など移動に不便を感じている方から、『遠くからアイテムが入手できるようになってうれしい』という声も届いた」(山崎氏)といい、現在は「80メートル」が恒久的な仕様となっている。

 その他にも、ポケモンを画面上に出現しやすくする「お香」機能が効力を持つ時間を長くしたり、自宅にいても他のトレーナーとの対戦をしやすくしたりなど、コロナ禍で実装した新機能は多い。ポケモンGOは外出や遠出がままならない中でも、トレーナーに楽しみをもたらし、つなぎ留める施策に力を注いだのだ。

地域経済にポケモンGOが貢献できるワケ

 そして、日本では21年10月1日に緊急事態宣言などが全面解除され、「人を動かすゲーム」(山崎氏)であるポケモンGOの真価を最大化できる状況が到来しつつある。人を動かし、さらにはその先の経済を動かすことに大きな期待が集まる。

 その一つが、飲食店や雑貨店など、中小の店や個人店などを支援する「Nianticお店応援プログラム」の展開だ。世界で1000の店舗や事業所を1年間無料で「スポンサードロケーション」にする取り組みとして、20年10月にスタートした。

 スポンサードロケーションに選ばれると、デジタル地図上に自店のジム(レイド)やポケストップを置き、店の紹介文などを載せることができる。それにより、アイテムやジム、レイドでの対戦を求めるトレーナーの来店を促せるのだ。もともと吉野家やスシローなど、大規模チェーン向けに有料で提供されていた施策だが、門戸を中小や個人店にも広げている。

 店はトレーナーによる推薦で候補となり、ナイアンティックが選定する。すでに、国内では岩手県陸前高田市の「高沢餅店」、京都市の「スイーツカフェArche(アルシェ)」、那覇市のゲーム施設「サイコロ堂」などが指定されている。ポケモンGOでは、トレーナーの84%がゲームをプレーしながら店を訪れ、そのうち51%が初めて来店する顧客だったというデータもあり、その集客効果は高い。

 実際、自店がジム(レイド)となったスイーツカフェArcheでは、親子で入店してケーキを食べながらレイドを楽しんだり、学生がレイドを行うために来店したりするなど、集客につながっているという。また、店主が来店客と一緒にレイドへ参加することに加え 、対戦して店主に勝ったらケーキをプレゼントするといった企画も実施。ポケモンGOをきっかけに来店客との交流も深まっている。「店にとってはありがたいこと。集客効果は十分すぎるほどある」と、Arche店主の溝淵恭平氏は話す。今後ナイアンティックは、選定店舗を順次拡大し、苦境に立たされた地域経済の支援を行いながら、人の移動を促進させていく構えだ。

「Nianticお店応援プログラム」に選定された店舗のツイート。カフェや楽器店、美容室など、中小店舗の集客に貢献している
「Nianticお店応援プログラム」に選定された店舗のツイート。カフェや楽器店、美容室など、中小店舗の集客に貢献している

 さらに、大打撃を受けている各地域の観光業への貢献も目玉となりそうだ。ポケモンGOでは、東日本大震災の後、壊滅的な被害を受けた東北3県を積極的に支援してきた経緯がある。ポイントは、普段はなかなか捕獲できないポケモンを、岩手県や宮城県、福島県で限定的に出現させる施策だ。ポケモンGOのトレーナーにとって、レアなポケモンがゲットできることは、非常に大きなインセンティブとなる。実際、多くのトレーナーがこぞって東北3県を訪れた。

 実は21年7月、コロナ禍で観光がダメージを受けている沖縄県で、現地特有の服装であるかりゆしウエアを着たポケモンや、沖縄でしか捕獲できないポケモンを出現させる施策を実施する予定だった。しかし、沖縄で緊急事態宣言が延長され、その施策も延期となった。宣言が解除された今、状況を見て実施される可能性があるという。

 また、東北3県では、他の施策も準備している。21 年は震災から10年の節目の年であり、「何か支援になることを行って力になろうと考えていた」(山崎氏)。そこで計画したのが、自治体側に訪れてほしい施設や名所をリストアップしてもらい、その場所に無料でポケストップを設定すること。つまり、お店応援プログラムの“施設版”だ。

 施設がポケストップとなり、そこにトレーナーが集まれば、その周辺にある飲食店などへの集客にもつながる。例えば、岩手県の「東日本大震災津波伝承館 いわてTSUNAMIメモリアル」や宮城県の「みやぎ東日本大震災津波伝承館」が候補として挙がっている。コロナの感染者が増え、実装は一時見合わせとなっていたが、今後、 各地域の状況が落ち着き次第、順次実現されるようだ。

住友生命、小田急……企業コラボも続々

 ポケモンGOは、現実と連動するイベントで人を動かす力も圧倒的だ。コロナ禍前の18年、神奈川県横須賀市のヴェルニー公園、三笠公園、くりはま花の国の3つの公園で、5日間にわたって開かれた大規模なイベントには、実に20万人以上のトレーナーが訪れた。

 その際、工夫したのが、近くのドブ板通り商店街との連携だ。まず、各公園で出現するポケモンの種類を変え、全ての種類を捕獲しないとミッションを達成できなくした。加えて、トレーナーが三笠公園とヴェルニー公園の間にあるドブ板通り商店街を通るよう、その動線上にポケストップを緻密に配置。商店街ではポケモンのサンバイザーを配ったり、飲食すると特製シールをもらえたりといった特典を用意した。そうすることで、ある種、人流を制御することに成功し、地域活性に貢献できることを証明したのだ。

横須賀市のドブ板通り商店街と連携し、地域経済を盛り上げた
横須賀市のドブ板通り商店街と連携し、地域経済を盛り上げた

 飲食店以外の分野とのコラボレーションも進む。20年12月、小田急電鉄はグループの約2400カ所のバス停が順次ポケストップになると発表。交通系とのコラボは世界でも珍しい事例だ。また、保険業界では、21年4月から健康増進型保険である住友生命保険の「Vitality(バイタリティー)」と連携。バイタリティーの会員向けに、歩数など運動目標を達成するとポケモンGOのアイテムが獲得できるプログラムを開始した。ポケモンGOの“人を動かす力”に着目する企業は、今後も増えるだろう。

 さらに、ポケモンGO自体の新たな機能も計画されている。「現在、ポケストップは80メートルからでもアイテムを入手できる仕様にしたが、今後は40メートルまで近づくと何か新しい発見があり、『近づいてよかった』と思える新機能を実装する予定」と、山崎氏は予告する。コロナ禍で制限されていた新たな施策が、今後ゲームをさらに楽しくしそうだ。

ARグラスと5Gで現実はさらに拡張される

 ナイアンティックは、今後、現実世界をどのように面白くし、より人を外へと動かしていくのか。一つ、有力な方向性となるのがARグラスを使った新しい体験の創造だ。

 ただし、ナイアンティックはあくまでソフトウエアの開発会社。そこで進めているのが、半導体メーカーの米クアルコムとの協業だ。クアルコムはARグラスメーカーと開発を推進しており、ナイアンティックはそうしたグループとARグラスを用いたサービスの実装を目指している。21年3月には米マイクロソフトとも、AR関連のソフト、ハードの研究開発でコラボすることを発表した。

 もう一つが、同社が立ち上げた「Niantic Planet-Scale ARアライアンス」による推進だ。世界各国の通信キャリアと、5Gで実装できる高度なAR体験を実証する団体で、国内企業ではソフトバンクが参加している。一例として、すでにSNSで発表しているのが、広場などで複数のプレーヤーが一緒にプレーできるARゲームだ。

 そして、21年5月、ナイアンティックが開発したARデベロップメントキット(ARDK)の提供も開始された。このキットを使えば、ナイアンティック以外のデベロッパーやクリエーターが、自由にARゲームなどのアプリやサービスをつくれる。日本ではクリエーティブ集団のライゾマティクスなどが同キットを使った試験的なサービスを発表しており、今後もサードパーティーによるサービス開発が期待できる。

 将来的には、ARグラスを掛けた複数のプレーヤーで広場に行き、次々と出現してくるモンスターを一緒に倒すなど、より高度に、そして外出が楽しくなる方向で拡張された現実世界を楽しめることになりそうだ。

(写真提供/ナイアンティック)

31
この記事をいいね!する