
B.LEAGUEに所属するプロバスケットボールチーム・川崎ブレイブサンダース(川崎市)のデジタル戦略に迫る本特集。前回まではSNSマーケティングの成功の秘密について解説してきたが、今回は継続率90%超を誇るオンラインサロンの運用方法を深掘りする。
熱量の高いファンで構成されるオンラインサロン
川崎ブレイブサンダース(以下、ブレイブサンダース)がオンラインサロンを開設したのは2020年7月。コロナ禍で選手とファンがリアルな場所でコミュニケーションを取り難くなったことを受け、立ち上げに踏み切った。Facebookのグループを通じ、基本的に毎日練習の風景や、オフでの選手同士の交流の様子などを投稿。それに加え、月に2回程度ライブ配信もしていた。21年7月には、コミュニティープラットフォーム「FANTS」に移行し、リニューアルした。
月額料金は3000円(税込み)と比較的攻めた価格設定ながら会員数は300~400人もおり、継続率は90%を上回る。熱量の高いファンで構成されており、ホームの川崎市民はもちろん全国にサロンメンバーがいる。海外在住のメンバーもおり、一番遠いところではルクセンブルク在住の人もいたそうだ。
【第2回】 TikTokで210万再生稼ぐ、DeNA川崎ブレイブサンダースのSNS戦略
【第3回】 選手の食事をファンが提案 継続率90%超、驚異のオンラインサロン ←今回はココ
DeNA川崎ブレイブサンダース事業戦略マーケティング部 部長の藤掛直人氏によると、オンラインサロンの男女比は「8割程度が女性」。もともとB.LEAGUEのファンはほかのスポーツと比べて女性ファンが多いが、オンラインサロンはさらに女性が多い状況だという。
「遠方に在住しているため試合会場へ頻繁に足を運べなくても、“ブレイブサンダースを応援したい”という熱い思いを持った人が参加してくれている。価格に見合うだけのサービスを提供していく自信はあったものの、実際にどれだけの人が参加してくれるのか不安な部分もあった。選手にも積極的に関わってもらうことができ、結果、参加者に価値を感じてもらえるコンテンツになったと認識している」(藤掛氏)
チームの一員になったかのような体験
ブレイブサンダースはYouTubeやTikTokなどSNSの投稿を通じ、新規ファンの拡大を目指しているが、一方でオンラインサロンは「ファンの熱量を高める」ことを目的にしている。藤掛氏は「各SNSとオンラインサロンでは顧客属性が異なるので、投稿内容は明確に変えている。ファンになればなるほど、選手一人ひとりのコアなところまで知りたいと思うので、オンラインサロンでは選手のパーソナルな部分に焦点を当て、バスケとは切り離した日常の情報を重点的に届けている」と明かす。
選手とファンの双方向のコミュニケーションも盛んに行っている。YouTubeやTikTokでは一方的なコミュニケーションになってしまうことも多いが、「オンラインサロンではファンからのアクションに対し、選手自身がレスポンスできる仕組みを導入している」と藤掛氏。日々のフィード投稿やライブ配信を介し、日常的に選手とやり取りができるのは、ファンにとってはたまらない体験だ。
オンラインサロンのライブ配信で特に盛り上がったのは、試合のハイライトを流して選手とファンが一緒に観戦しながら、選手自ら試合の裏話をするというもの。シーズンオフにはチーム内の紅白戦を生配信し、川崎ブレイブサンダースの北卓也ゼネラルマネージャーが「この選手は特訓の成果で、最近こんな能力が伸びている」など、内部スタッフでしか知り得ないような解説も行っている。まるでチームの一員になったかのような体験を味わうことができるのだ。
ほかにもユニークな企画を実施している。例えば、サロンメンバーが撮影した各選手の写真を募集し、その中で選手本人が気に入った写真をサロン内の選手アカウント画像に使用している。ファンが撮影した写真が選手に届き、実際に選手のアカウント画像になるのは魅力的だ。
過去には、ブレイブサンダースのクラブハウスでは管理栄養士が作った食事を選手に提供しているが、そこで出すメニューをサロンメンバーから募集した。食事は試合に勝つために大切な要素で、選手の栄養面から一緒にチームをつくり上げていく感覚を味わうことができる。参加側からすると比較的ハードルが高い企画だが、それでも10種以上のメニューがサロンメンバーから寄せられたという。
オンラインサロンを始めて、結果としてコロナ禍前より選手とファンの強いつながりを築けているという。「コロナ禍前はハイタッチやサイン会などの対面で話せるイベントはあったが、会話という意味では短時間で一言二言話すかどうか。オンラインサロンでは、高頻度で選手と直接やり取りできる。リアルではないが、圧倒的に交流機会は多い」と藤掛氏は手応えを感じている。
「Facebookというプラットフォームの特性上、実名で参加しなくてはならないこと」が課題だったと藤掛氏。サロンへの参加ハードルが高く、ファン同士の交流がなかなか難しかったという。そこで、21年7月にニックネームでも参加できる「FANTS」へプラットフォームを移行させた。自身のSNSとは使い分けられるので、参加のハードルは下がるだろう。藤掛氏は「コロナ禍が収束しても、リアルとオンラインの両輪でファンの熱量を高めていく」と意気込む。
NFT活用のカードゲームにも挑戦
直近では、ブロックチェーン技術を使うデジタル資産「NFT」(Non-Fungible Token、非代替性トークン)事業への参入が世界的に活発化している。スポーツ界では、米国のプロバスケットボールリーグNBAでデジタルトレーディングカードサービス「NBA Top Shot」が20年10月に開始され、数千万円で取引されるなどいち早く成功を収めている。ブレイブサンダースも21年4月、NFTを使用したカードゲーム「PICKFIVE(ピックファイブ)」の試験提供を実施した。
PICKFIVEは、試合で活躍する選手を予想するデジタル上のカードゲーム。LINEがブロックチェーン関連事業を展開するシンガポールのLINE TECH PLUS PTE. LTD.を通じて提供する「LINE Blockchain」のNFTを利用している。
まず試合開始までに所有する選手のデジタルカードの中から活躍が予想される選手のカードを5枚選ぶ。試合の結果が反映された後、シュート成功率やリバウンド回数などスタッツから割り出したトータルのスコアを利用者間で競う。LINEアプリ内にあるデジタルアセット管理ウォレット「LINE BITMAX Wallet」で、利用者間のカード交換も可能だ。
藤掛氏は「コロナ禍で新しい観戦の楽しみ方を提供できればと思い、NBA Top Shotが話題になる前から仕込んでいた。なかなか開発が進まなかったが、NBA Top Shotが出たことで、試験提供まで一気に進んだ」と話す。
21年5月1日、2日の試合と連動させ試験運用の形で無料イベントを開催。多くのファンから高評価で、アンケートの結果「本リリースされたら使ってみたい」という意見が約96%に達し、その中の半数以上は「とても利用したい」と答えた。特にリモート観戦での満足度が高く、見るだけではない新たな体験価値を加えたことで、より試合にのめり込んで観戦できるようになったようだ。
「スタッフ内でも非常に盛り上がった。当日の試合は、途中で雌雄が決する展開になったが、『個々の選手の活躍を願う』という勝敗以外の視点で試合を楽しめるようになり、最後まで楽しみが途切れなかった。これは実際にやってみないと分からないことだった」(DeNA川崎ブレイブサンダース広報部 部長の田中聡氏)
2021-22シーズン中の本運用を目指しており、アプリでリリース予定だ。会場で観戦すればカードが新しくもらえるといった付加価値を出し、リアルとの連動も図っていくという。基本的に利用料はかからないが、より強いカードを使いたいなど状況に応じて課金が発生する形になる予定だ。
長引くコロナ禍で、あらゆるアスリート、スポーツ関連団体や企業、さらにスポーツファンも、不安な日々を過ごしている。そんな時代だが「常に3~4年後を見据えながら、スポーツ興業は施策を打っていかなければならない」と田中氏は話す。
「コロナ禍でアリーナへの集客が厳しい中、ファンの熱狂を維持するのは難しい状況。様々な施策を通じて、『ファンの熱を維持すること』はとても重要。現状、リモート観戦の楽しみ方を広げつつ、コロナが収束したときには、また会場に足を運んでもらえるように、継続的にアクションを起こしていきたい」(田中氏)
(写真/志田彩香、川崎ブレイブサンダース)