
B.LEAGUEに所属するプロバスケットボールチームの川崎ブレイブサンダース(川崎市)は、デジタル戦略に力を入れている。今回は主にTikTokの戦略についてひもとく。DeNA川崎ブレイブサンダース事業戦略マーケティング部 部長の藤掛直人氏は、「TikTokによるスポーツクラブプロモーションは、認知拡大において思っていた以上にポテンシャルがある」と語る。
TikTokならではのコラボ相手
川崎ブレイブサンダース(以下、ブレイブサンダース)がTikTokの投稿を通じて目指しているのは、YouTubeと同じく新規ファンの獲得だ。Z世代に人気のあるメディアに投稿することで、ブレイブサンダースをよく知らない若年層にリーチしたいという狙いがある。
YouTubeとの明確な違いは動画でコラボする際の共演者だ。TikTokではZ世代から圧倒的な支持を集める景井ひな氏、2人組TikTokクリエイターの伊吹とよへ、ABEMAの恋愛番組「恋する▽週末ホームステイ」(▽=ハートマーク)から人気に火が付いたかのん(関戸奏音)氏など、若手のインフルエンサーとコラボしている。SNSの特性に合わせた相手をピックアップすることで、話題性の最大化を狙っている。
TikTokのKPI(重要業績評価指標)として重要視しているのは、再生回数だ。TikTokはアプリを起動すると、おすすめの動画が自動で再生される。検索してもらう、クリックしてもらうというハードルがないのがYouTubeとの違いだろう。また、TikTokのアルゴリズムは複雑で、1投稿にどれだけ多くの「いいね!」が付いたとしても、再生回数はあまり伸びないケースもある。使用楽曲やハッシュタグなど様々な要素が再生回数に影響するので、試行錯誤を繰り返しているという。再生回数が伸ばせれば、それだけ新規層にリーチできているということだ。
とはいえ、コンテンツが魅力的であれば認知が広がるのも早い。実際にブレイブサンダースが発信するTikTokの投稿を見れば一目瞭然。コミカルな音楽に合わせた臨場感あふれるバスケ動画で、よくある試合のハイライト動画とはまた違った角度からバスケの魅力を味わえる。DeNA川崎ブレイブサンダース事業戦略マーケティング部 部長の藤掛直人氏はTikTokでの話題化について「思った以上にポテンシャルがある」と手応えを感じている。
「バスケはハイライトとなり得るプレーが他のスポーツに比べて多く、1試合の中で切り出すポイントがいくつもある。10~15秒の動画を量産できるのは、TikTokと相性の良いスポーツだと言える」(藤掛氏)
海外からも大きな反響
TikTokの投稿で最も反響が大きかったのは、バスケ選手では大柄とは言えない身長178cmの藤井祐眞選手が、190cmの日本人選手や200cmを超える外国人選手同様にダンクシュートを決めるという内容の動画で、210万回以上再生、いいねが9万2000件以上も付いている(21年9月28日時点)。動画とマッチしたリズミカルな洋楽とともに、藤井選手が躍動的なプレーで相手チームを圧倒し、見る者を魅了している。
注目したいのが、動画のシンプルさだ。画面上には「ダンク祭り」というアイキャッチと、プレーに関わる選手それぞれの身長と国旗の絵文字が明記されていて、年代や国籍を問わず誰もが気軽に楽しめる。藤掛氏は「TikTokで大切にしているのは、シンプルな動画でいかに価値を届けるかということ」と狙いを明かす。
TikTokを運用する中で意外な発見もあった。それは「海外からの反響の大きさ」だ。前述の藤井選手が身長208cmの外国人選手を相手にリバウンドで競り勝つという動画では、英語圏の人からのコメントも多かった。「漫画『黒子のバスケ』を連想するなどの声が寄せられ、海外のアニメ好きからリアクションがあった。これはYouTubeにはない現象」と藤掛氏。TikTokから直接試合のチケット販売にはつながらなくても、マネタイズができるYouTubeの視聴や特集第3回で紹介するオンラインサロンなどがある。TikTokを介してグローバルにアピールできるのは、チームにとって大きな利点となっている。
再生数を伸ばしていくための仕掛けも施している。それはあえてコメントを誘発させるような動画を公開すること。例えば、実はすごいプレーなのだが一見しただけでは分からないプレー動画を出すと「学生の体育レベル」というネガティブなコメントが届く。その一方で、「これは実力があるからこそできる」などのリアクションも生まれ、視聴者同士の「対立構造」ができあがっていく。そうした論争をあえて起こすことで、コメントが集まりやすい環境をつくり、それに伴い再生回数も上がっていくという。
とはいえZ世代はトレンドに敏感で、そのトレンドも流れが非常に速い。仕掛ける側がZ世代向けにバズを生むためには、最新の流行を理解している必要がある。30歳の藤掛氏は実際に運用を始めるまで、「TikTokに疎かった」と言うが、“バズる動画を生む”と決めてからは毎日数時間必ずTikTokに触れ、プラットフォームの特性を勉強したという。
「ディレクターの立場である私が投稿するに当たり、“良い・悪い”の判断ができないのは致命傷。ただ、自分自身ミーハーな部分があるので、TikTokを勉強することは特に苦ではなかった。社内の大学生アルバイトに最近はどんな投稿を見ているのか尋ねるなど、日常会話の中で情報収集もした」(藤掛氏)
デジタルの強化で観客動員数も右肩上がり
ブレイブサンダースはYouTube、TikTokのほかにも各種SNSに力を注いでいる。下表のように行動面と感情面のロイヤルティーでプロットし、それぞれユーザー属性に対して訴求内容をきっちり分けているので、役割は明確だ。
例えばInstagramは、告知色が強すぎる運用には向かないと考えている。そこでチームに帯同する中で撮影を行い、選手のフォトジェニックな写真を届けるツールとして活用している。Twitterはチームの情報をより早くそして正確に提供する場所として活用。YouTubeやTikTokではエンタメ性を重んじる一方で、リアルタイム性の高いTwitterは端的に公式発表を伝えていく役割を担っている。
LINEは友だち登録してくれた人にとって有益な情報を流すように意識しているという。例えば限定ユニホームが付いてくる試合の情報など、付加価値のある情報を届けることで、来場者数アップを狙っている。
デジタル施策を始める前は、「どこまで集客に貢献してくれるのか懐疑的な部分もあった」と藤掛氏。しかし、ホームゲームの平均来場者数は18年に運営権を継承してから約2年で1.5倍に伸び、右肩上がりで成長するなど、しっかりと世間からのリアクションがあった。「オンラインでの施策は、国内はもちろん海外にも訴求することができる。客席のキャパシティーも限られている中で、こんなにも来場に貢献してくれるんだという驚きがあった。正直、地域に根ざすビジネスのためオフラインのほうが効率は良いと思っていたが、オンラインの効果は計り知れなかった」(藤掛氏)と振り返る。
これについてDeNA川崎ブレイブサンダース広報部 部長の田中聡氏はこう補足する。「来場者の属性を見ると、ホームアリーナに足を運んでくださっているファンはホームの川崎市民だけではない。隣接する横浜市や都内からも頻繁に駆けつけてくれている。オフラインの広告展開は川崎市が中心になるが、YouTubeなどSNSではその限りではない。オンラインでの接点は我々にとって非常に大きい効果をもたらしていると思う」
SNSでブレイブサンダースに興味を持った人が実際にアリーナへ足を運び、またSNSをチェックして、どんどんチームを好きになっていくという好循環が生まれているのだ。
第3回は、ロイヤルティーが高いファンに向けたFacebook、オンラインサロン活用について紹介していく。
(写真/志田 彩香、川崎ブレイブサンダース)