プロバスケチームに学ぶデジタル戦略 第1回(写真)

今や企業の経営戦略や販売促進において欠かせない「SNSマーケティング」。顧客と継続的なコミュニケーションを取るのに効果的と分かってはいても、その運用や活用方法に悩んでいる企業も多いだろう。そんな中、プロバスケットボールリーグ「B.LEAGUE」に所属する川崎ブレイブサンダース(川崎市)は、SNSを顧客の属性に合わせて使い分け、新規の顧客獲得や既存ファンの満足度を高めることに成功している。本特集では彼らのSNS・デジタルマーケティング戦略を読み解く。

川崎ブレイブサンダースは顧客のロイヤルティーに合わせてSNSを使い分け、成功している
川崎ブレイブサンダースは顧客のロイヤルティーに合わせてSNSを使い分け、成功している

 川崎ブレイブサンダースは、B.LEAGUE・B1リーグに所属するプロバスケットボールチームだ。2018年にディー・エヌ・エーが東芝から運営権を継承し、SNSやデジタルマーケティングを強化して以降、ホームゲームの平均来場者数は1.5倍まで伸び、コロナ前はホームアリーナのキャパシティーである5000人に迫る4700人ほどの動員数を記録し、リーグ2位となった。コロナ下では感染防止対策のためキャパの半分程度しか収容できなくなったが、それでも平均稼働率は90%を超えリーグ1位の実績を誇る。

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 そんな人気クラブの一つであるブレイブサンダースは、21年6月に開催された「B.LEAGUE AWARD SHOW 2020-21」でソーシャルメディア最優秀クラブを受賞した。受賞理由は、Twitter、Instagram、Facebook、YouTubeの「1年間のフォロワー伸び数」で評価されたという。現在のフォロワー・登録者数は、それぞれ7万1000人、4万3700人、9700人、8万8600人を誇る(21年9月27日時点)。

 ブレイブサンダースのSNSなどを活用したデジタルマーケティング戦略の特徴は、顧客のロイヤルティーや各SNSの特性に合わせて巧みに使い分けていることにある。特集第1回では、YouTubeを活用した戦略について見ていく。

川崎ブレイブサンダースのデジタル戦略
川崎ブレイブサンダースのデジタル戦略

 上表のように、ブレイブサンダースの分析ではYouTubeは、感情面のロイヤルティーが「低」、行動面のロイヤルティーも「低」のポジションに当たる。まだチームのことをよく知らない、新規顧客を獲得するためのツールとして活用している。

バスケとYouTubeの相性のよさ

 16年9月に開設されたブレイブサンダースのYouTubeチャンネルは、チャンネル開設後しばらくはプレー集を中心に投稿し、約3年間で登録者は僅か3000人程度だった。

 そこを出発点にして19年8月からデジタルマーケティングに注力し、これまでの動画に加え、当時スポーツチームでは例がなかった「~してみた」といった挑戦系動画や、選手のオフに密着した1日のルーティーン動画など、YouTubeらしいエンターテインメント色の強い企画動画も投稿。それ以降、右肩上がりに成長を続け、およそ2年で登録者数は約27倍に当たる8万人を超えた。注力し出した当時、プロチームが投稿する動画で企画系の動画は珍しかった。

 「YouTubeには動画として面白い、質の高いコンテンツの投稿を目指している」(DeNA川崎ブレイブサンダース事業戦略マーケティング部 部長の藤掛直人氏)。

DeNA川崎ブレイブサンダース事業戦略マーケティング部 部長の藤掛直人氏
DeNA川崎ブレイブサンダース事業戦略マーケティング部 部長の藤掛直人氏

 同チームのYouTubeにおけるKPI(重要業績評価指標)は、チャンネル登録者数と動画の平均再生数だという。藤掛氏は、バスケを軸にしたエンタメ色の強い動画に舵(かじ)を切った理由について、「YouTuberの『~してみた』という企画物の動画を見る中で、プロ選手の身体能力を生かした企画ができるのではと考えた。バスケに興味のない人でも、つい気になってしまう動画を作り、認知を広めたいとスタートした」と振り返る。

 これまで公開された中で最も再生回数が多いのは「【神プレー】バスケ日本代表候補選手『辻直人』が出すパスがトリッキーすぎた」という1分以内のショート動画で、312万回再生(現在、辻選手は広島ドラゴンフライズに所属)。1分以上の動画では、「【ガチの神回】プロバスケ選手はどれくらい後ろからシュートが決まるのか検証した結果....」で、168万回再生を記録している(どちらも21年9月21日時点)。

 藤掛氏は「思いの外バスケと、YouTubeというプラットフォームの相性がよかった。選手同士も仲がよく、素の表情が出て、親しみを持ってもらえる映像が撮れていると思う」と自信をのぞかせる。

ファンとの距離感を近づけるYouTube

 ブレイブサンダースはYouTubeの勢いをより加速させるべく、21年3月にクリエーター・インフルエンサーマネジメントなどを手掛けるUUUMとパートナーシップ契約を結んだ。このタイミングで投稿本数も増やしたほか、はじめしゃちょーや水溜まりボンドのカンタなど、バスケ経験のあるUUUM所属の人気YouTuberとのコラボ動画も制作した。

 UUUMとパートナーシップを結んだことで、コラボによる認知拡大以外にも多くの利点があった。定期的にミーティングを行い、UUUMの持つノウハウを共有でき、データ比較も行えるようになった。動画編集においてもUUUMと分担して行えるようになり、作業効率が上がったという。

 ほかにも、吉本興業との連携の中で、所属タレントとのコラボ動画を制作。バスケを軸に置きながら、新しいエンタメを創出し続けている。藤掛氏は「影響力のあるYouTuberや人気タレントとコラボすることは、ブレイブサンダースを世間に広くアピールする上で有効な手段だと考えた」と当初の狙いを明かす。単なるコラボで終わらず、企業として提携することで継続的なノウハウ共有ができているのだ。

 YouTubeがチームにもたらす効果は、認知拡大だけではない。コロナ下では、選手とファンがコミュニケーションを取る機会は激減しているが、「YouTubeが選手とファンをつなぐ大切な役割を担っている」(藤掛氏)。これまではサイン会や写真撮影会などのイベントを不定期で行い、選手とファンがリアルに接する機会を設けていた。コロナ禍ではこういった対面でのイベントを行うことが難しい。

 「YouTubeに力を注いだことで、ファンと選手の距離感が近くなっている感覚は明確にある。YouTubeを通じ、選手の飾らない日常を届けられると思っていたし、試合では見られないような選手それぞれの個性も引き出せている。キャプテンの篠山竜青選手などトークが面白い選手も多いので、等身大の姿を届けたいという思いがあった」と、藤掛氏はYouTubeのポテンシャルの高さを日々実感している。

マネタイズの面でも武器の一つに

 YouTubeを強化した結果、会場を訪れるファン層も広がりを見せている。なんとチケット新規購入者の50%以上がYouTubeを見ているというデータが出ているという。駅などに掲載する広告の効果は高くても20%というから、その差は2倍以上と驚異的な数値だ。

 YouTubeを活用した主なマネタイズ方法は、動画の再生回数に応じて得られる広告収入と、企業とコラボしたプロモーション(案件動画)だろう。一般的に企業主体のYouTubeチャンネルにおいて他社をプロモーションする例は見かけないが、ブレイブサンダースはそこに踏み込む。

 例えば、私立の幼稚園A.L.C.貝塚学院とのコラボした「幼稚園生相手でもありえないハンデつけたら流石に負ける説ww」という動画は、選手が幼稚園児に大きなハンディキャップを与えた状態で3本勝負をするという内容だ。この動画は約23万回再生されている。「国内のスポーツチームでは初めての事例だろう」(藤掛氏)

A.L.C.貝塚学院とコラボレーションした動画「幼稚園生相手でもありえないハンデつけたら流石に負ける説ww」
A.L.C.貝塚学院とコラボレーションした動画「幼稚園生相手でもありえないハンデつけたら流石に負ける説ww」

 YouTubeは新規顧客獲得とチケットの売り上げに貢献し、さらに動画そのもので収益も生み出しているのだ。「マネタイズの面でもYouTubeは一つの武器になる」と藤掛氏は語る。

 選手たちもYouTubeの反響に手応えを感じ、撮影にも積極的に関わっている。視聴者によりよく楽しんでもらうため、アイデア出しを行う選手もいるそうだ。藤掛氏は「YouTubeは選手とファンの皆さんの距離を縮める大事なツール。これからも企画力を磨いて、純粋に動画として面白いものを届けていきたい」と意気込む。

(第2回は「TikTok編」です)

(写真/志田 彩香、川崎ブレイブサンダース)

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