
都道府県ごとに限定フラペチーノを販売した「47 JIMOTO フラペチーノ」。発売直後から、SNSには地元愛にあふれる人々の投稿が続出した。47種類の商品を同時に開発するという常識外の“荒業”をあえて今実行した理由を探ると、スターバックスがこれからの25年に向けて挑む未来が見えてきた。
「地元でJIMOTOフラペチーノ飲んだよ!」 2021年夏、TwitterなどのSNSでは、スターバックス コーヒー ジャパンが21年6月から期間限定で販売した「47 JIMOTO フラペチーノ」を飲んだ人の報告が相次いだ。一時、Twitterのトレンド入りするほど多くの話題を集める事態になった。
47 JIMOTO フラペチーノは、その名前からも推測できるように、47都道府県それぞれで味の異なる地域限定フラペチーノを同時発売するプロジェクト。以前から、期間限定・季節限定のフラペチーノを展開してきたスターバックスだが、地元発案の47種もの新商品を同時に開発するのは極めて異例、未経験の挑戦だ。その背景を探ると、スターバックスの強さの源泉に加え、今後の方向性を示す、新たな姿が見えてきた。
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なぜ今、「地元」にこだわるのか
47 JIMOTO フラペチーノは、21年の日本上陸25周年を記念するプロジェクトの一環として企画された。25周年を迎えるに当たって、スターバックスは「コーヒーの力はつながりの力」というコンセプトを策定。同社のルーツであるコーヒーの力を進化させると同時に、地域とのつながりを深化させていこうとするメッセージだ。
一般的に周年企画の場合、「今までの歴史を振り返り、感謝を伝える」といったコンセプトを立てる企業が多い。当然それも間違ってはいないが、「今までの感謝に加えて、これから先どうしていくのかという未来をどう伝えるかを重点的に考えた」と、25周年の全体的なマーケティングを統括するマーケティング本部 インテグレイテッド マーケティングコミュニケーショングループ グループマネージャーの山本大介氏は話す。地元とつながり、未来をつくる。今回の47 JIMOTO フラペチーノは、地元とのつながりをより強くしていくものとして企画された。
そもそもスターバックスは、以前から地元とのつながりを重視してきた。例えば、地元の産業を取り入れた商品を地元の店舗のみで販売する「JIMOTO made Series」。地元の木材を職人の手仕事で仕上げた机を地域の店舗に設置する「JIMOTO table」など、枚挙にいとまがない。
そんな中、地域、コミュニティーとより強くつながるにはどうしたらいいのか。山本氏は改めてスターバックスの「Our Mission and Values(ミッション&バリューズ)」に目を向ける。「困ったときには常に立ち返るもの」(山本氏)だからだ。
「人々の心を豊かで活力あるものにするために――ひとりのお客様、1杯のコーヒー、そしてひとつのコミュニティから」が同社のミッション。そして、「私たちは、パートナー、コーヒー、お客様を中心とし、Valuesを日々体現します。」として始まるバリューズの一節には、「誰もが自分の居場所と感じられるような文化をつくる」という項目がある。「ブランドの根幹にあるのは、コミュニティー、そして『人』」(山本氏)なのだ。
中でも山本氏は、バリューズの一節にある「誰もが自分の居場所と感じられるような文化をつくる」の中の、「誰もが」に注目した。この言葉が指すのは、来店客だけではない。同社がパートナーと呼ぶ従業員も含まれる。パートナー自身が積極的に参加することで、つながりが強くなる――。そんな思いから、「地域のパートナーが今以上に地域のお客様とつながりを深めるためのきっかけになる商品作り」(山本氏)にたどり付いた。
実は、スターバックスが地域のパートナー発で商品開発した事例は初めてではない。18年に大阪進出20周年のタイミングで地元パートナーが考案した「大阪 めっちゃ 抹茶 フラペチーノ」を商品化した。翌19年には、兵庫・京都でも同様の企画を実施。「これをきっかけに、パートナーとお客様とのエンゲージメントが深まっていった」(山本氏)という実績があり、25周年はこの事例を進化、最大化しようと考えた。その結果、47都道府県でそれぞれ限定商品を展開するという驚きの企画が生まれたのだ。
「地元」であって、「ご当地」ではない。その言葉の真意とは
開発に当たって、重視したことがある。「コンセプトは『地元』であって、『ご当地』ではない」(商品本部 コーヒー&ビバレッジ部 ビバレッジ商品開発チームの東治輝氏)ということだ。
地域限定商品というと、現地の特産物などを使った“ご当地商品”になりがち。栃木なら「とちおとめ」、福岡なら「あまおう」、愛媛なら「いよかん」といった具合だ。一見同じに思えるが、「地元のパートナーがスターバックスと地域の未来へ思いを込めて考案した47都道府県のストーリーが詰まったフラペチーノ」と定義。ポイントは地域のパートナーが地域と地域の人を思い、作り上げていく商品であるべきだということだ。
そこでまず、現場の声に寄り添うことを徹底した。全国展開するナショナルチェーンの場合、本社の企画やマーケティング部署が商品アイデアを出して開発を進めていくのが一般的だ。だが、今回は各地域のパートナーとの“共創”を貫いた。
まず都道府県ごとにテーマを決めた。商品コンセプトではなく、より大きな枠組みだ。「これからもその地域のテーマとして使っていけるであろう内容、これからの未来に向けて何を大切にしていきたいのかを、商品企画、マーケティング、そのエリアの営業担当も、パートナー皆で一緒に議論をしながら決めていった」。そう語るのは、前述の大阪限定フラペチーノの企画にも携わり、PRなどを担当したマーケティング本部 コンシューマーエンゲージメント&フラッグシップマーケティングチームの田中有紀氏だ。
例えば、愛媛を例に取ると、テーマは「やっぱ すごいけん 愛媛県!」。愛媛の魅力を再認識してほしいという思いを込めた内容だ。一方、福井のテーマは「福、つるつるいっぱ井!」。「つるつるいっぱい(あふれるほどいっぱい)」の地元愛を育みつつ地元の魅力を再発見してほしいという思いを、「福」と「井」という言葉を組み合わせて表現した。
次の段階では、こうして生まれた全国47個のテーマに対し、各地の店舗のパートナーから商品のアイデアを募集。各店舗1案に絞り込んだ後、その中から各都道府県の代表商品を決めるために、商品企画やマーケティング、そしてディストリクトマネージャーが議論と試作を繰り返した。アイデア募集は任意参加というものの、東京では約400店舗もある。全アイデアの試作はできないが、全ての書類に目を通し、議論を重ね、相当数の試作と試食も行い、商品化にこぎ着けた。
今回のプロジェクトが単なる“ご当地商品”ではないことを示す証拠ともいえる面白い事例がある。中でも、東氏と田中氏が共に驚いたと語るのが、愛媛の限定フラペチーノだ。当然、みかん類が商品アイデアの候補として出てくることを予想していた2人だが、パートナーから出てきたのは何とキウイフルーツ。みかんは既に全国区で知られている中で、実はキウイの生産量が日本一であることを知ってもらいたいと考えたという。まさに同県のテーマである隠れたすごさ、プライドを示すものだ。
栃木も斬新だ。順当に考えれば、とちおとめを使ったものになりそうだが、商品は「栃木 らいさま パチパチ チョコレート フラペチーノ」。同地域の夏の風物詩である伝統風土の「雷様(らいさま)」から地元パートナーが着想を得て、考案した。「正直、とちおとめを推さないのはもったいないと思った。けれど、背景にあるストーリーや思いを深く説明され、これなら大丈夫だと皆で納得し、開発が進んだ」と、東氏は振り返る。
店舗が自発的にPRしたくなるように、サポートに徹する
PR、コミュニケーション戦略も地元を強く意識した。47商品を同時に発売するため、全国版のプレスリリース1本と、47通りのFactsheet(概要資料)を制作。「1本にまとめる案も出たが、チームで議論を重ねる中で、各地でメディア向けの概要資料を出し分けるべきだという結論になった」(田中氏)。そうしてこの資料を基に、それぞれ地元メディアを開拓し、コミュニケーションを取っていった。
だが、それ以上に力を入れたのが、実はインターナルコミュニケーション、つまり社内における広報活動だ。
今回は、店舗のパートナーが自分たちが考案した商品ということもあり、当初の狙いどおり自分事化が進み、企画段階から盛り上がっていた。そこで「サポートセンター(本社)は、その自主性を生かし、販促物の提供や情報の共有などを通じて支援に徹した」(田中氏)という。
そんな背景もあり、各地では独自の販促策が生まれていった。例えば、「秋田 あまじょっぺ 塩キャラメル フラペチーノ」を販売した秋田県では、店舗で独自に方言を使ったコミュニケーションを展開。同地域の方言で、またね、じゃあねを意味する「へばな」「へばね」の言葉を見送りの際にかけたり、カップに書き添えたりしたのだ。
自主性は意外なところでも発露した。「福岡 八女茶やけん フラペチーノ」を販売する福岡県では、ある店舗のパートナーが自主的に茶の生産者のもとを訪ね、そこから学んだことを他のパートナーや他店にも社内メールで共有していった。商品情報だけではなく、自分たちが現地で誇る八女茶がどういうものかをしっかり理解した上で、来店客に届けたいという思いからだ。店頭での接客に厚みが出るだけでなく、地域生産者とのコミュニケーションも増え、新たなつながりが生まれたのは大きな成果だ。本社のチームがこの事例を後から知るというほど、各地で自主的な活動が生まれている。
この熱量は秋田や福岡の特殊事例ではない。スターバックスでは定期的にパートナーに満足度を聞くアンケートを実施しており、47 JIMOTO フラペチーノの企画について聞いたところ、「ずば抜けて満足度が高かった」(山本氏)というのだ。会話のきっかけをつくれた、普段来てくれていないお客様が来てくれて話すきっかけがつくれたなど、コミュニケーションを深める点がまさに響いた。
「コンプリート賞」はあえて設けない
「正直、(47の限定商品を同時に作ることは)無理なのではないかと思った」と、東氏は企画開始の当時を振り返る。それもそうだ。通常、限定フラペチーノ開発は一度に1品程度が基本。「通常の開発サイクルで考えると、3年分ぐらいの仕事量」(東氏)だ。だが、そんな中でも47 JIMOTO フラペチーノが実際に世に出て、多くの人に受け入れられたのは、前述の通り、ミッション&バリューズから生まれた「地域のパートナーと地域の住民のつながりを深めるきっかけをつくる」という明確なコンセプトが、商品の企画・開発からPRに至るまで貫かれた結果だろう。
コンセプトがぶれなかったことを示す象徴的な出来事がある。実は、PRやコミュニケーション戦略を議論する際、「全国の商品をコンプリートした人に何かプレゼントしよう」という話が会議で出たという。だが、その案はやらないことがその場ですぐに決定する。「ただたくさん売れればいいというキャンペーンではない。地域のパートナーが地元のお客様のために届けていくものだからと、共通の認識があった」(山本氏)からだ。
今回の47 JIMOTO フラペチーノの反響を受け、「改めて私たちが目指しているところは間違ってなかったのかなと感じた」と山本氏は話す。スターバックスは現在、国内に約1600店舗を展開。「画一的ではなく、1600通りの店舗があるということを念頭にコミュニケーションをしてきた。地域ごとに寄り添っていく姿勢を進化させていきたい」(山本氏)。これから25年後に振り返った際に、このチャレンジはスターバックスが地元とのつながりをより強固にしたターニングポイントになるかもしれない。
(写真提供/スターバックス コーヒー ジャパン)