著書『ニュータイプの時代 新時代を生き抜く24の思考・行動様式』で「(事業を創造するうえでは)問題解決よりも問題発見のほうが重要になる」と提唱する独立研究者・著作家・パブリックスピーカーの山口周氏。本連載の筆者であるインクルーシブデザイン・ソリューションズ(IDS、東京・江東)社長の井坂智博氏も同様に問題定義が一番重要と主張する。新規事業を構想するときに重要な問題発見・定義のヒントをイケアやテスラの事例を交えて明らかにする。
対象が1割でもグローバルなら市場は大きい
井坂智博氏(以下、井坂) 私がインクルーシブデザインに取り組むきっかけとなったのは、11年ほど前に暗闇の体験イベントに参加したことでした。暗闇という制約のある環境に身を置いた経験から、障がい者だけでなく制約は環境によって誰にでも起こり得ることに気づきました。そこで制約のある環境に身を置いている障がい者の視点を借りて、製品・サービスをデザインするインクルーシブデザインに興味が湧いたのです。
山口周氏(以下、山口) 私も同じような体験をしたことがありますが、あの体験には普段、自分がいかに「近い人々」としか接触していないことを痛感させられました。「近い」というのは健常者という大きなくくりはもちろんですが、場合によっては学歴、生まれ育ってきた時代や場所など、非常に似通った(=近い)人ばかりと集団をつくってしまっているということです。
ビジネスとは、できる限り多くの似通った集団を対象に、できる限り普遍性の高い問題を解決することで今日まで発展してきました。例えば洗濯機や冷蔵庫は誰もが必要とするものだったので、その市場は大きく成長しました。こうして市場の大きいものから問題を解決してきたことで、今の日本は8~9割の人は物質的に困っていないという調査結果もあります。しかしその一方で、1~2割の人が満足していない問題(=市場)もある。ところが1~2割の人が抱える問題というのは、なかなか共感、発見できない。実は厚生労働省が公表した数字によると、障がい者の人数は人口の約7.4%、ざっくり1割弱なんです。
1割弱の障がい者が抱える問題を発見した成功例として海外の事例になりますが、イケア・イスラエルのプロジェクト「ThisAbles」を講演などで紹介しています。これは障がい者の日常生活の困難を解消し、クオリティー・オブ・ライフ(QOL)を向上させようというもの。既存のイケア製品向けに、障がい者など制約のある方の利便性を高める追加パーツを提供しています。しかも追加パーツの設計データを無償で公開し、3Dプリンターがあれば誰でも製作できる仕組みもつくりました。するとイケアは本来60ほどの国と地域でしか事業を展開していないのにもかかわらず、127カ国から設計データがダウンロードされ、イケア・イスラエルの販売数は4割弱上がったといいます。
なぜここまで大きな広がりを見せたのかというと、これまで障がい者という1割を対象としたビジネスがほとんど展開されていなかったからではないでしょうか。日本だけではなく、世界各国に障がいを抱える人がいて、世界中の1割の人の制約に共感した結果、ものすごく大きなビジネスにつながったわけです。
「スケールしない」は1つの戦略
井坂 おっしゃる通り、障がい者が抱える問題の普遍性は小さいという現実があります。その一方で難易度は高いケースが多い。例えば道路と歩道の段差を解決するためには、国や自治体がバリアフリーという観点から解決することになりますが、「予算はどうするの?」と壁にぶつかる。こうして放置された問題が多く残っている気がしてなりません。
これからは企業が普遍性は低いが重要な問題に軸足を置くことが、持続可能な社会をつくるうえで必要なことだと考えています。これからの企業価値というのは、取り残された問題をどのように事業として扱っていくのかが問われます。そのあたりはどうお考えですか?
山口 そうですね。普遍性が低い問題を解決するとなると、一般的に市場は小さいので企業は事業展開に二の足を踏むでしょう。一方でイケアのようにグローバルで共通した問題であれば、市場の広がりが期待できます。それともう1つ、大企業だからといって必ず大きな市場を相手にする必要があるのか、という点もあります。大きな市場で成功するには、レッドオーシャンを勝ち抜いていかなければなりませんから。
例えば、100億円の売り上げを得る特大ホームランを打とうとして血みどろになるよりは、10億円の事業を10個、あるいは1億円の事業を100個つくるという考え方にシフトしてもいいのではないかと。こう考えれば、1割の人のさまざまな問題に目を向けることが可能になり、さまざまなビジネスの可能性が広がりますよね。
世界の名だたる富豪の1人に、ファッション業界最大手、フランスLVMHモエヘネシー・ルイヴィトンのCEO(最高経営責任者)ベルナール・アルノー氏がいますが、この人が何か大きな事業をつくったのかといえば、実は一つひとつの事業はAmazonやMicrosoftなどに比べると小さい。しかしたくさんの事業を抱えることで、大成功を収めた。むしろ1つの事業経営が難しくなったとしても、他がきちんと補填してくれるという、ポートフォリオが形成されています。
いたずらに「大きな事業をつくらなくてはいけない」と考えるよりも、むしろ普遍性の低い事業に目を向け、競合はなかなか参入しないところで、収益性の高い事業を展開するということは十分に可能だと思います。日本企業は「スケールする」という言葉を使いがちですが、「あえてスケールしない」は1つの戦略ですし、そうした発想を持つべきなのではと考えます。
誰も感じていなかった「問題」を開発
井坂 私はもともと新卒でリクルートに入社しましたので「売り上げや利益を上げるにはどうすべきか」が考え方の根本にありました。ですが、今は真逆の思考とでも言いますか、持続的な社会をつくるためにどうすればいいのかということを日々考えています。そこに着目したとき、ものであふれている時代に問題を定義するのは本当に難しいと感じています。
山口 問題に関して言うと、普遍性の大・小だけでなく顕在化しているものと潜在的なものの2種類ありますよね。これまで日本の企業が基本的に向き合ってきたのは、顕在化している普遍性の大きな問題でした。しかし最近は潜在的な問題を探知できるかどうかが事業創造のポイントになっていると思います。
例えばテスラが創業した2003年は、潜在化していた問題がはっきりとビジネスになった瞬間でした。あの時点でテスラ創設者のイーロン・マスク氏のように「電気自動車にすべきだ。ガソリンエンジンに乗っているのは、環境に悪い」と指摘していた人はほとんどいなかったわけです。トヨタ・プリウスのようなハイブリッド車に乗ることが地球にとって正しいという流れはありましたが、イーロン・マスク氏は「ガソリンエンジンそのものが駄目。これからは電気自動車であるべきだ」と言い始めたのです。
彼が問題を提起し、さまざまなロビー活動を経て、世の中の空気をつくっていった結果、いつしかガソリンで動く車に乗っていること自体に疑問が持たれるようになりました。誰も問題だと思っていなかったことが、問題になってしまったわけです。テスラは問題を開発したのです。テスラ創設の時点で「ガソリンエンジンは駄目だ」と考えている人は恐らく人口の1%程度だったのではないでしょうか。これから先は、この1%を探知する人材が求められるようになります。
問題を開発したのはテスラだけではありません。例えばGoogleは「世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスして使えるようにすること」を使命と捉えています。情報格差をなくそうということです。ですが当初はその潜在化した問題が理解されず、さまざまな投資家から煙たがられていたことは有名な話です。潜在化している問題は市場のニーズを調べても出てきません。そういう意味では対象を観察することで問題を定義するデザイン思考では太刀打ちできません。
テクノロジーの進化がかえって不自由に
井坂 テクノロジーが進化する現在、必要な人材についてはどのように考えていらっしゃいますか。
山口 今、先進的技術を活用するスマートシティーは多くの懸念点が指摘されています。例えば、ニューヨークではkiosk(キオスク)の無人化が進められていますが、商品を購入するためのタッチパネルは指が不自由な人は使うことができずに除外されてしまっている。今までだったら「水をください」と意思表示をすることで、スタッフが対応してくれた。
タッチパネルになったことで、逆に不便になった人がいるわけですね。こうしたことを想像できないことは大きな問題です。想像力の衰えた人にテクノロジーを渡すと除外される人が出てしまう。視覚障がい者や車椅子の方の日常生活の苦労を知覚できたり、出現率が1割あるいは潜在化している問題を知覚できたりする人材、私が著書で紹介した「ニュータイプ」ような人材は競争優位に立てるはずです。
Googleの自動運転車開発プロジェクトでは、人間の生活様式の具体的な在り方を研究する文化人類学者をリーダーに採用しました。ここがやはりGoogleのすごいところで、例えば年齢を重ねた人にとって運転することがどういうことなのかとか、ハンドルを握らなくていいとなったときに人間はどういう姿勢が一番安心していられるのかなど、エンジニアには想像できない問題を提起しています。文化人類学者をリーダーにして、その下にエンジニアを配置するというのは企業としてのセンスが備わっている証しじゃないでしょうか。
井坂 そうですね。今のお話もそうですし、私もイノベーションをテーマとしたコンサルティング事業を11年やってきましたが、その中で分かったことは、多くの日本企業が考えているあるべき未来の姿というのは、「現在の延長線上」ということです(フォアキャスト思考)。
しかし障がい者の皆さんというのは、これからどんな社会課題が起こるのかを先取りして、未来の制約を教えてくれます。超高齢社会を迎えるにあたり、「身体制約」というのは避けては通れない社会課題でしょう。さらにSDGs(持続可能な開発目標)やカーボンニュートラル(温暖化ガス排出実質ゼロ)時代を迎え、将来の「環境制約」から発生する社会課題の解決も重要になってくる。つまり、ライフスタイルそのものが現在の延長線上から大きく変わるという制約を私たちは受け入れなくてはいけません(バックキャスト思考)。
これからはさまざまな制約を知覚して、どんなライフスタイルをつくっていくかを構想できる人材が必要であると考えています。
<後編に続く>
独立研究者・著作家・パブリックスピーカー
(構成/中山洋平、写真/稲垣純也)