一般社団法人日本社会イノベーションセンター(JSIC、東京・文京)の教育プログラム「i.school」のワークショップでは、学術的知見を重視することで一般のビジネスパーソンでも創造的なアイデアが生まれる確率を高めようとしている。経験的な知見だけでは経験を積んだ人にしかワークショップを実施できないからだ。
i.schoolは2009年に東京大学でスタートしたイノベーション教育プログラムである。新しい製品、サービス、ビジネスモデル、社会システムなどのアイデアを生み出す力を育てるために、ワークショップ型の教育を大学生、大学院生に提供している。人間の創造性に関する学術的な知見に基づき、ワークショップのプロセスを設計する方法論を構築することを目指している。
1年間に9回程度のワークショップを開催する。3日間で集中的に行うものもあるし、週に1回3時間を10週にわたって行うものもある。i.schoolが提供するワークショップと外部の組織によるワークショップがあり、さまざまなアイデア創出法を1年間かけて学ぶ。単位も学位も出さないが、自己の能力を高めることを目指して優秀な学生が集まっている。現在は、JSICの下で活動を続けている。
米「ビジネスウィーク」誌の2005年8月1日号で、「明日のビジネススクールは、デザインスクールかもしれない」と題する特別リポートが掲載され、米スタンフォード大学、米イリノイ工科大学(IIT)などの取り組みが紹介された。デザイン教育をベースとして新しい製品などのアイデアを生み出す教育が勢いを増していた。
筆者はデザイン思考というアプローチを世界的潮流にしたデザインコンサルタント会社の米IDEO、IDEOが生み出したスタンフォード大学のd.school、イリノイ工科大学のデザイン大学院(ID)、デザイン思考をビジネススクールに取り入れたカナダ・トロント大学ロットマン・デザインワークス、英国王立芸術院(Royal College of Art、RCA)と英インペリアル・カレッジ・ロンドンのIDE(Innovation Design Engineering)、フィンランドのアアルト大学を視察に訪れたことがある。目的は、彼らのプログラムをコピーすることではなく、良いところを学ぶとともに、i.schoolをほかとは異なる、ユニークなプログラムにするためであった。
i.schoolとほかのデザインスクールとの共通性は、人間中心アプローチを基礎としていることである。i.schoolの独自性としては、デザイナーのスキルをベースにするのではなく、人間の創造性に関する「学術的知見」などに基づいてワークショップを設計、ファシリテーションすることによって、生み出されるアイデアの質を高め、革新的アイデアを創出できる人材の育成方法の確立を目指している点である。
人間の創造性に関する学術的知見とは、1950年代より認知心理学、人工知能研究、脳科学などの分野で精力的に行われた研究の成果のことであり、人間が創造性を発揮する仕組みを明らかにしている。なぜ学術的知見を重視するのか。それは学術的知見に立脚することにより、ワークショップを通じて創造的なアイデアが生まれる確率を高めることができるからだ。多くのワークショップは経験的な知見に基づいて実施されているが、それでは経験を積んだ人にしかワークショップを実施できないし、ワークショップの設計方法を学ぶことが難しい。そこで、そのような従来のワークショップとは異なる、基本的な概念や考え方をi.schoolでは説明している。
人間中心アプローチは「目的」に着目する
人間中心アプローチとは、社会や人々に着目し、誰もが知っているニーズ(求めているモノやコト)、簡単な調査で分かるニーズではなく、顕在化していないが本質的なニーズを見つけ出すことによってイノベーションを生み出すという方法である。人間中心アプローチは今では当たり前だが、2009年当時は技術中心アプローチが当たり前だった。辞書でイノベーションという語を引けば、「(新機軸・刷新・革新の意)生産技術の革新に限らず、新商品の導入、新市場または新資源の開拓、新しい経営組織の実施などを含めた概念で、シュンペーターが景気の長期波動の起動力をなすものとして用いた。わが国では技術革新という狭い意味に用いる」(『広辞苑』第七版)とあり、最後の一文が全てを語っている。
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