ポストコロナを迎えようとしている今、各業界をリードするイノベーターたちはDX(デジタルトランスフォーメーション)をどう考えているのか。人工知能(AI)開発と実装を現場で見ているAIビジネスデザイナーの石角友愛氏がトップ経営者や専門家と、具体的かつグローバルな議論を展開する。観光客向けの食堂を経営するゑびや(三重県伊勢市)代表で、ITサービスのEBILAB(エビラボ、三重県伊勢市)社長の小田島春樹氏との対談後編。ITソリューションの内容とローカルビジネス成功のカギ、地方のDXなどについて議論した。(対談は2022年12月23日)

伊勢神宮の参道にある食堂「ゑびや」傘下のEBILABは、店舗内で利用するBI(ビジネスインテリジェンス)ツールを開発している
伊勢神宮の参道にある食堂「ゑびや」傘下のEBILABは、店舗内で利用するBI(ビジネスインテリジェンス)ツールを開発している
▼前編はこちら 伊勢神宮の食堂「ゑびや」をデータで再建 素人がゼロからAI開発

伊勢神宮の参道からBIツールを全国へ

石角友愛氏(以下、石角) 小田島社長は自前で開発した来客予測AIなどを活用して奥様の実家が営む食堂「ゑびや」の売り上げを6倍、営業利益は80倍にまで伸ばしました。さらに、2018年にはEBILABを設立し、来客予測などを盛り込んだサービス業向けの店舗分析ツール「TOUCH POINT BI(タッチポイントBI、BIはビジネスインテリジェンス)」などのソリューションを提供されています。自社で活用していたシステムを外販されるようになった背景を教えてください。

小田島春樹氏(以下、小田島) 理由は大きく分けて2つあります。1つ目は、ゑびやが伊勢神宮の参道に立地していて、伊勢神宮に大きく依存したビジネスモデルであったという点です。伊勢神宮の参道を通る観光客は、訪日外国人が過去最高を更新した19年当時でもほとんどが日本人でした。日本の人口は今後減少していきます。そうなれば当然、伊勢神宮を訪れるお客様は減りますし、人材採用も難しくなるでしょう。この「必ず来る未来」に対して、大きな危機感を持っていたのです。そこで日本中どこからでも購入してもらえるようなビジネスをつくろうと思いました。

ゑびや代表で、EBILABの社長も務める小田島春樹氏
ゑびや代表で、EBILABの社長も務める小田島春樹氏

石角 伊勢神宮のそばにあるというのはメリットのように思えますが、場所に依存しすぎるのは危うい側面もありますね。

小田島 2つ目は、地方でも起業できることを世の中に示したかったという点です。今もそうですが、当時も起業といえば東京というイメージがありました。ですが私は北海道出身ということもあって、場所はあまり意識しなくてもいいと考えていました。そこで伊勢市で起業し、地方からでも成功できるのだと証明しようと思ったのです。

石角 米国の場合、政治はワシントンDC、金融はニューヨーク、ITはシリコンバレーなど各地に機能が分散していますが、日本は東京に一極集中ですからね。

小田島 そうなんです。ただ「東京一極集中」というのは、少し思い込みもあるのではないかとも考えています。確かに一部の最先端なものは東京に集まっていますが、マーケットは全国に散らばっているケースが珍しくありません。例えば車は東京で購入する人はごく一部で、ほとんどは、他の都市や地方の方が買っています。服も全国にあるユニクロやイオンで買っている人は多いでしょう。だから私は、物事は必ずしも中心地でしか進まないとは思っていません。

石角 サービスによっては、東京に事務所を構えていなくても十分成り立つものもありますからね。実際、新型コロナウイルス禍で東京を離れ、地方に拠点を移した企業も多く見られました。

小田島 業務によってはリモートワークでも問題ありませんし、必要なものはアマゾンで買えばいい。当社でも最近現地採用が増えたのですが、それでも半分はリモートです。また地方は賃料が安く、自治体などの政治との距離も近いなど、実は起業に際していろんなメリットがあります。

入力なしでも必要なデータを集計

石角 小田島さんが入社される前のゑびやは、そろばんで会計をするなど、かなりアナログだったそうですね。老舗企業ではIT化を進めようとしたところ社内から反発が起きたという話をよく聞くのですが、データ経営の導入は従業員にスムーズに受け入れられましたか。

小田島 私もそういう話は聞きますが、そもそも反発が起きるようなものを導入することが間違っていると思っています。新しいシステムを導入したときに不満の声があがるのは、大体の場合、利用者が新たに入力などの作業をしなければいけなくなるからです。だったら利用者が何もしなくてもいいシステムにしてしまえばいいのです。

 「TOUCH POINT BI」では、データはシステム側が自動で収集・分析し、パソコンを開けばログインなしでデータが確認できます。さらにプッシュ通知で情報が届き、スマートフォンでも内容をチェックできます。つまずいた従業員がいた場合には、使える従業員とペアにしてフォローし合えば解決できます。こういう仕組みにしてしまえば、反発は起きないと思います。

石角 目からうろこですね。システムを使えるように人を教育するのではなく、人が変わらなくてもいいように、ユーザー体験を最適化するということですね。

小田島 その通りです。私たちは人を変えることはできないという前提でシステムを開発しています。ゑびやでは提供するメニューや数量など、必要な情報はすべて会社が決めて「TOUCH POINT BI」を使って店に情報を送っています。従業員はその通りにつくればいいため、基本的に意思決定は不要です。厨房とホールスタッフが使うスペースに設置した巨大モニターにこれらの情報や売り上げを映し出していて、店舗のスタッフはアルバイトを含めて全員がこれを確認して行動します。

石角 アルバイトも情報が確認できるというのは透明性も高いですね。「TOUCH POINT BI」はやはり飲食店での導入が多いのですか?

小田島 POS(販売時点情報管理)を使っているのであれば、飲食店に限らずどこでも導入可能です。最近はデベロッパーや商業施設管理会社での利用も多いですね。

 コロナ禍で飲食業界は大打撃を受け、ゑびやも新規で設備投資をする資金余力はありませんでした。このまま飲食店のお客様を中心にしていくのは難しいと考え、今はターゲットを行政や教育系にシフトし、「TOUCH POINT BI」だけでなく、コンサルや教育現場での授業などに力を入れています。

石角 飲食業界以外に対しては、具体的にどのようなことをされているのですか。

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