ポストコロナを迎える今、各業界をリードするイノベーターたちはDX(デジタルトランスフォーメーション)をどう考えているのか。人工知能(AI)開発と実装を現場で見ているAIビジネスデザイナーの石角友愛氏がトップ経営者や専門家と、具体的かつグローバルな議論を展開する。前編に引き続き、凸版印刷執行役員でDXデザイン事業部長の柴谷浩毅氏にDX事業拡大が実現できた秘訣や今後の事業展開について聞いた。(対談が実施されたのは2022年4月12日)
▼前編はこちら 印刷からDXビジネスへ 凸版印刷がデジタルに転換できた秘訣石角友愛氏(以下、石角) 凸版印刷がDX事業を中心とした事業ポートフォリオへとドラスチックに転換していくに当たり、社員の意識改革が大きかったというお話をお聞きしました。ただゼロからDXビジネスを考えるのは簡単ではないと思います。どのように事業を創出していったのでしょうか。
柴谷浩毅氏(以下、柴谷) 今、当社では印刷会社から「情報を加工する産業」への転換を目指しています。一般的に印刷事業というと、顧客から受け取った原稿を印刷するなどして製品化し、納品することだけが仕事だと思われがちです。ですが実際には、その周辺には膨大な情報加工業務があるのです。例えば原稿作成のサポート、レイアウトなどのUI/UXの設計、色彩再現の管理、ICカードやDM作成における個人情報の処理、イベントの運営代行、コンテンツデータのアーカイブ化などです。
媒体が紙からデジタルに置き換わっても、こういった情報加工業務がなくなるわけではありません。また、もともとこれらの業務はデジタルとの親和性が高く、弊社では1990年代にはデジタル化を進めた技術の下地もありました。そこで情報加工業務に最新のデジタル技術やデータを活用し変革するようにしました。飛び地に行くのではなく、今いる場所、抱えている事業を生かす。軸足を入れ替えるということのため、社員にとっても抵抗は少なかったと思います。
石角 ゼロから生み出すのではなく、既存の業務を変革していったのですね。情報の加工という自社のコア、競争優位性を理解していたからこそできたことだと感じます。
柴谷 我々は「デジタルトランスフォーメーション」ではなく、「ビジネストランスフォーメーション」という考え方をしています。デジタル技術を活用することが目的ではなく、デジタルの時代に合うように、自社のビジネスを変えていく。この認識も影響していると思います。
石角 DXの本質は「デジタル化」ではなく、ビジネスや組織、人を「トランスフォームすること」にあります。最近アメリカでは「デジタルトランスフォーメーション」ではなく、「デジタルビジネストランスフォーメーション」という言葉を使おうという動きが出てきているくらいです。使う言葉一つで、受け取る側の意識も大きく変わってきますからね。
柴谷 興味深いですね。凸版印刷でもDX事業を推進する部署を最初は「デジタルビジネス開発本部」という名称にしたのですが、多くの社員から「DXは単純にデジタルビジネスを開発することではないのでは」と指摘を受けました。確かにその通りですよね。それもあって現在は「DXデザイン事業部」に名称を改めています。
石角 社員のみなさんは、こちらが思っているよりもきちんとDXの本質を理解されていたのですね。面白い。ちなみに部署名に「デザイン」が入っているのはなぜですか。
柴谷 このデザインは「アート」ではなく「構想」や「設計」の意味で使っています。デジタルの時代に合わせてビジネスを変えていくためには、新しくエンジンとなる商品を開発していかなければいけません。DXデザイン事業部は、そのエンジンの企画開発を担う部署と位置づけています。
石角 我々の会社でも、AIエンジニアやデータサイエンティストなどと一緒にプロジェクトを推進する人材を「AIビジネスデザイナー」と呼んでいます。DXを推進するうえでは、こういったつなぎ役の存在が大事だと感じています。
柴谷 その意味では、DXデザイン事業部はお客さまと直接やりとりをする部門とは違い、最前線から一歩引いた位置にいるので、それに近い存在だと思います。
使いやすいサービスで利用拡大
石角 DXデザイン事業部は部署や業務をまたいで横串のプロジェクトに転換していく役割も担っているそうですが、部署の壁もあるので業務やデータの一元化は大変なのではありませんか。
柴谷 そこは試行錯誤しているところです。例えばエレクトロニクス事業にはセンサーをつくる技術が、生活産業には包装材や機能性フィルムをつくる技術があります。これらのいろいろな要素を統合すれば、新しいソリューションが生み出せるでしょう。
既存の部門はこれまでの印刷事業の中で生まれた区分なので、デジタルの時代に合わせて見直す必要はあると思っています。そのままでは、どうしても印刷事業の延長で考えてしまいますからね。そこでDXについてはDXデザイン事業部に事業を一度集約し、どの要素を組み合わせたら時代のニーズにマッチしたサービスが生み出せるか、より大きな事業構想を打ち出せるか検討するようにしています。一歩引いた立ち位置ならではのメリットだと捉えています。
石角 DXデザイン事業部が“エンジン”という話ですが、各部門とはスムーズに連携できているのですか?
柴谷 コミュニケーションは密に取るようにしています。やはりマーケットや顧客のニーズをきちんと理解しているのは、フロントの事業部ですからね。
印刷は受注産業で、これまでは事業部が顧客からの要望を聞き取り、注文通りに商品を作ってきました。ですがそれでは汎用化が進みません。そこでパターン化を進め、汎用的に展開できるビジネスモデルに転換できるように取り組んでいます。
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