ポストコロナを迎える今、各業界をリードするイノベーターたちはDX(デジタルトランスフォーメーション)をどう考えているのか。人工知能(AI)開発と実装を現場で見ているAIビジネスデザイナーの石角友愛氏がトップ経営者や専門家と、具体的かつグローバルな議論を展開する。今回は、観光庁観光地域振興部観光資源課の星明彦課長を迎え、同庁が取り組むDX推進とコロナ禍によって大きく変わった観光の需要について議論した。(対談は2021年12月7日に実施)
石角友愛氏(以下、石角) 行政では、DXと言えばデジタル庁のイメージがありますが、地域の目指す姿を実現するために、観光庁ではどのようにDXを推進してきたのでしょうか。
星明彦氏(以下、星) 観光地の魅力を顕在化させることはもちろん、最近では新型コロナウイルス禍が明けてから「訪問したい!」と感じてもらえるような潜在的意欲を刺激するような事業にトライしてきました。
石角 具体的にはどのような事業や取り組みをしてこられたのでしょうか?
星 例えば、観光客にとって旅先の食事を楽しみにしている人は多いことでしょう。
ただ、「食」というのはオンライン体験が難しい領域で、最終的に食べなければおいしさや匂いは分かりません。その中で、おいしさを伝えることはもちろん、オンライン体験を経た人たちが観光地に行きたいと感じてもらう必要があります。
石角 視覚という点で、インスタグラムをはじめとする写真や動画コンテンツを利用してオンライン体験をつくっていくことは現代において基本的なことですよね。
星 その通りです。ただ、写真だけでは「観光地に行きたい!」という潜在意欲をかき立てるには不十分で、ただ単に「おいしそう」で終わってしまいます。潜在意欲を刺激するためには、食に携わる生産者や料理人、さらには食材が作られる環境といった背景まで伝えることが重要です。
石角 ミレニアム世代はモノよりコト、食でいえば「郷土料理を味わえるレストラン」「地産地消」といった意味を大事にする傾向にありますよね。
星 そうした背景を伝えるためには、オンラインの方が向いていると思います。そもそも観光庁は、地域を盛り上げるためだけではなく、「観光」というツールを使って、地域の生産性や雇用を向上させることも目的としています。そのため、実際に現地に旅行することだけではなく、オンライン体験を通じて、地域に対して興味関心を持っていただき、オンラインでの物販と連携した個人消費や、そこに携わる人やモノのストーリーから「ファン作り」をすることも重要だと考えています。
石角 観光庁は、観光地をPRするのではなく、地域経済のために玄関口のような役割を果たしているんですね。
星 おっしゃる通りです。こうしたオンラインでの情報発信以外にも、顔認証で様々な決済をシームレスな形でつなげ、地域の方はもちろん、訪問した方も快適に滞在できる環境作りをすることも事業の一環です。このような取り組みは、コロナ禍にかかわらず今後も一つの流れとなっていくと思います。
観光庁として現在注力している、地域のCRMとは
石角 観光庁としては、地域のCRM(顧客関係管理)という取り組みをされていると伺いました。具体的にどんな取り組みでしょうか。また、問題視している点などがあれば教えてください。
星 地域のCRMとは、地域を訪れるお客さんの年齢、性別、職業、さらには、趣味思考、特徴、関心、行動等を把握し、お客さんに適した情報やホスピタリティーあふれるサービスなどの提供をすることを指します。また、問題点としては、売り手側(観光地側)において、基本的なマーケティングの考え方ができていない人が多いことが挙げられます。
デジタル化が進んだことにより、現在では様々なWebサービスが提供されていて、ジャンル一つとっても事業者数・地域数が大幅に増加している状況です。
こうした状況下であるため、単に「デジタル化すればいい」と、安易に考えてしまっている人が非常に多く見受けられます。
石角 利用するコンテンツの特徴への理解や、お客さんのセグメント化ができてないということでしょうか?
星 まさに、その通りです。Webコンテンツの利用自体が悪いというわけではなく、売り手側がお客さんのことを知らず、年齢、性別、職業をはじめとする顧客群に対する理解が乏しいことも問題だと捉えています。このように、セグメント化できていないということで、結果として画一的なマーケティングしかできなくなってしまい、薄利多売を促進してしまっているのです。
石角 つまり、ユーザーニーズを捉え切れていないために、万人受けする商品やサービスの提供に終始してしまい「どれも一緒」という状態になってしまっているんですね。食や宿といった、観光の要になるような分野に対して数多くの媒体があり、みんなが広告を掲載しているから、自分も参加しないとまずい……といった危機感や焦りなどもあるのでしょうか。
星 それもあると思います。ただ、そういった意識の下で、あれもこれもと複数利用して、仲介手数料を支払うことが必要経費として定着化してしまっているように感じられます。
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