ポストコロナを見据えた今、各業界をリードするイノベーターたちはDX(デジタルトランスフォーメーション)をどう考えているのか。『いまこそ知りたいDX戦略』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の著者であり、米国シリコンバレーを拠点に企業のAI(人工知能)活用・導入を支援するパロアルトインサイトCEO(最高経営責任者)の石角友愛氏と、P&Gをはじめ、ダノンジャパン、ユニリーバ・ジャパン、日産自動車、資生堂など大手各社のマーケティング部署を指揮してきたクー・マーケティング・カンパニー代表取締役の音部大輔氏が議論する中編。

〈前編はこちら

石角 パロアルトインサイトでも、色々なクライアントの案件を扱っていますが、マーケティングに関するニーズはとても多いと感じています。これまで対面で販売していた小売りなどの会社はコロナ禍のあおりを受けて、軒並みデジタル化を急務として進めています。そんな中、「リピーター」や「カスタマージャーニー」の分析ができていないフェーズの会社も徐々に顕在化してきました。誰もがECサイトを簡便に立ち上げられる時代になりましたが、企業は自社のサイトにどんなユーザーが来ているか、「カスタマーセグメンテーション」をどう定義すべきかなど、AIで予測する以前の“まずどんなデータを収集すべきか”という部分を明確にすることが求められているように感じます。これはどちらかというとDX寄りの話です。

音部 そうですね、先ほどの石角さんのハーバード・ビジネス・スクール(HBS)時代になぞらえると、P&G時代の上司の言葉「ブランドと消費者を前に、社内の階級は無意味である」に私は強く影響を受けました。社長や上司の指示よりも「ブランドのためになるかどうか」「企業のためになるかどうか」を考えることが大切。常に消費者を重視しろ、と。そして、消費者を重視するというのは、データドリブンで確認するということです。つまり、コンシューマーエビデンスに基づいた意思決定が重視されていました。

 逆に、データよりも上司の言うことを重視するような企業風土だと、データドリブンな意思決定プロセスの実現は難しい。企業の良しあしではありません。それはある種の文化であったり、それが成り立つ業界であったり、社風なのだと思います。データドリブンな意思決定がしやすいかどうかには、社内文化が大きく影響するのです。それができている会社であれば、社内に何らかのデータを保有していますし、どのデータを見るべきかのリテラシー(読解力)が身に付いています。このリテラシーが高いほど、データクレンジングに使うAIを設計する際や、デジタル化してDXを推進する際に大いに資するでしょう。結構、根が深い議論ではあります。

石角 本当に深いですね。「データドリブンの企業にしよう」「データドリブンの文化を醸成しよう」と言うのは簡単ですが……。ちなみに、「データドリブンの文化を醸成しよう」となったときに私がお勧めしているのが「データ会議」です。私が講師を務めたAIビジネスデザインの授業の一環でも実施しました。「データ会議」というのは、米Appleやテック企業の米LinkedInが導入している会議で、意思決定者がKPI(重要業績評価指標)などの生データを15分間読み、アジェンダなし、アクションアイテムなしでただ議論するという会議です。この会議を重ねることで「大事なデータは何なのか」という議論が深まります。そして「大事なデータをどう取得していくか」というデータ収集パイプラインの構築を促したり、意思決定者が常にデータドリブンの視点で物事を考えたりするメリットもあります。こうした「データ会議」を日本でも導入するということについて、音部さんはどう思いますか?

石角氏は、「データ会議」を重ねることで「大事なデータは何か」という議論が深まると話す
石角氏は、「データ会議」を重ねることで「大事なデータは何か」という議論が深まると話す

音部 すてきだと思います。石角さんの著書にも書かれていた「円密度の高いデータ」(売り上げや利益に強い影響を及ぼすデータ)はどれか、と当たりを付けられるようになることは大切だと思います。一発で分かる必要はないと思いますが。

石角 大切ですよね。見当違いなものをビッグデータで集めてもコストがかかり、集めたデータを保管する際も維持費がかかってしまうため、ゴールドリブンで集めていくのが大事だと思います。

“クラスタリング”で行動を予測する

石角 例えば、「アリエール」「ボールド」など、商品ごとの認知度は高いが、その商品を全てP&Gが作っているという認知が追いついていないなど、ブランディングに誤差が出てきてしまうようなこともあります。消費者が持つ様々なデータを活用すれば、そうしたパーセプション(認知)の差や変化をうまくつかめるようになるのでしょうか?

音部 先ほど、データドリブンに関する話をしましたが、マーケティング上でのデータは大別すると「量と質」そして、「行動とパーセプション」に分類することができます。この「行動」は消費者の行動を指し、「消費者の購買データ」や「履歴・売り上げ」などのデータがあります。これらは「観察データ」と呼ばれます。一方で「パーセプション」の場合、データとして抽出するのはとても複雑なため、アンケートなどで定性的な回答を集めることからスタートします。行動(観察データ)の場合はすぐに収集できるため、疑似的なパーセプションデータとして理解してしまうことが多いのですが、行動データだけを分析し判断すると支障が出てきてしまいます。その最大のポイントが、「今起きていることを是とせざるを得ない」ということです。

 「コンシューマーの今の行動にどれだけ我々の行動を擦り合わせていくか」と意識してしまうと、コンシューマーの行動は常に「善」とされてしまいます。ですが、消費者の行動が絶対というわけではありません。それでは、消費者によりよい解決も、イノベーションも提供できなくなってしまいます。消費者の行動を追いつつ、「消費者のパーセプションがいかに変化しそうか」と考えるほうがよいのでしょう。

「消費者の行動が絶対というわけではない」と説く音部氏
「消費者の行動が絶対というわけではない」と説く音部氏

石角 面白いですね。従来のやり方のフォーカスグループやアンケートなどの重要性が再認識されているということでしょうか?

音部 消費者リサーチを受ける日本人の数が年間のべ1億人を超えているという話を過去に聞いたことがあります。でも、実際に受けたことありますか?

石角 受けたことはないですね。

音部 ということは、「プロフェッショナルな消費者」がいるわけです。

石角 同じ人が受けているということですね。それでは、偏ったデータになってしまうのではないでしょうか?

音部 そういったデータについては、絶対値を見なければ問題なく使えます。ただ、消費者の行動を分析し予測するには、消費者の行動を集計するだけではうまくいきません。特にターゲットコンシューマーの記述をする際、個人情報保護の観点から関係の把握は難しい部分だとは思いますが、意識したほうがいいのは「消費者の自我」です。ここにもデータの使い道がありそうです。「自我」というと「母」や「子」、「妻」など色々ありますが、これらは全て「誰かとの関係性」なのです。

石角 社会性を持った役割ですよね。

音部 そうです。「自我」は、どの社会に対する自分を表しているかという役割なので「どの自我が出てきて商品を利用しているか」というのは行動で見えてきます。そうすると「次はこうしたいのではないか」という予測が立てられると思います。

石角 面白いですね。客観的な行動データや履歴から、「自我」が見えるかですよね。でもデータを組み合わせることで、仮説を立てることはできると思います。1人の人間が持っている自我は多くても10個程度でしょうか。「自我でクラスタリングする」というのはとても画期的です。また、「自我」といっても細分化しようとすれば、例えば「小学生の母」「女の子の母」など細かく分類することもできますね。自我ベースで行動を予測するというのはとても興味深いです。

音部 自我ベースで行動は予測できます。行動は役割に規定されがちですからね。

石角 役割に基づいた行動というのはパターン化していますからね。とても興味深いお話です。私は大学で社会学・心理学を学んでいたのですが、社会学の理論でいうと、「自我」の定義は「社会的役割を演じている」と、とてもドライなんです。心理学の場合、自我は「最初から持っているもの、または育つ過程で内に形成されるもの」という前提が多いですが、社会学では「社会から与えられた役割を演じていることが自我であり、役割が終わったあとに残る自我は何もない(アーヴィング・ゴッフマン - 『ドラマツルギー』の概念)」と定義されていて、ショッキングだったのを覚えています。

 確かに実践的ではありますが、人間は皆どこかで役割を演じていると感じています。特に他者との関わりの中では、家族といても役割があるので、その自我を役割と見なしてそこからどう予測するかについて、音部さんの理論は納得がいきます。

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