
ライフスタイルの変化やデフレ、海外製品などの脅威にさらされるなか、新しい波であるSDGs(持続可能な開発目標)の要素を取り込んで活路を見いだそうとしている老舗の企業もある。カーボンニュートラルな素材や原料のリサイクルは伝統工芸の未来を切り開くのか。果敢に挑戦する企業の最前線を追った。
光にかざすとうっすらと透け、ガラスと陶器を混ぜ合わせたような不思議な質感の「ゆうはり」。1922(大正11)年に創業した京焼・清水焼の窯元である陶葊(とうあん、京都市)が開発した新しい焼き物だ。薄く、涼感のある手触りで、これまでの陶磁器にはない風合いを醸し出している。ゆうはりは2019年1月にMakuakeにプロジェクトを公開。応援購入総額は最終的に目標金額の279%となる83万8696円に到達し、大成功を収めた。
開発のきっかけはランプシェード作りだ。陶葊四代目当主の土渕善亜貴氏は「陶磁器には生地となる土の部分と、表面に塗られるガラス質の釉薬(ゆうやく)がある。試行錯誤を繰り返し、釉薬だけを使った透ける素材を開発できた。その質感が非常にユニークだったので食器に転用できないかと考えたのが、ゆうはりの始まり」と語る。
だが実際の製造には課題があった。焼き物の成形方法には「ろくろ」や「たたら」「ひねり」などがあるが、薄作りを目指すゆうはりに使われたのは石こうで作った型の中に素材を流し込む鋳込み成形という方法。「土を使った一般的な陶器の場合は石こうに水分が吸収されるため型から簡単に抜くことができる。だが釉薬だけで作ろうとすると生地が縮まず、外すときに割れたりするなど歩留まりがあまりにも悪すぎた」(土渕氏)
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このままでは生産段階に進めないと頭を悩ませていたときに出合ったのが「セルロースナノファイバー(CNF)」だった。CNFは木材の繊維をナノサイズまで分解した植物由来のカーボンニュートラルな材料。軽量でありながら高い強度や弾性率を持つ日本発の素材として注目されている。
CNFの開発に携わる京都市産業技術研究所や第一工業製薬と協力し、素材に混ぜてみたところ「安定度が劇的に向上し、焼いたときの質感も抜群に良くなった」(土渕氏)。型から抜く際の歩留まりは50%から約100%にまで飛躍的に向上し、量産が可能になった。
伝統工芸と最先端テクノロジーの素材が融合したユニークな焼き物。窯元の陶葊がこうした斬新な商品の開発に取り組む背景には、陶磁器業界が長年抱え続けている危機感がある。
陶磁器市場は近年、プラスチック容器の台頭などで低迷し、08年のリーマン・ショックで大打撃を受けた。「急に高級品が売れなくなり、従業員が何十人もいるのに仕事がほとんどなくなってしまった。お客様に手に取ってもらえるようなものを作らないといけないという思いで、次々に新商品の開発に取り組んだ」(土渕氏)。そうしたなかから今では会社の柱になるような商品が生まれ、後のインバウンド需要も追い風になった。
伝統に縛られない自由な発想は、京焼・清水焼だからこそと土渕氏は話す。「焼き物の産地というとそこで取れた土や材料を使うものがほとんど。だが京都には特別良い土があるわけでもない。都ができて文化の中心になり、そこで発達した焼き物なので、一つのスタイルや様式が実は存在しない」(土渕氏)。自由で、何を作っても受け入れる京都の焼き物文化から生まれたのが、新素材のCNFを使った全く新しい焼き物であるゆうはりなのだ。
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