モビリティ産業の大変革をグローバルな視点でリポートする「シリコンバレーD-Lab」プロジェクトメンバーによる寄稿第3弾。最終回となる今回は、モビリティ×エネルギーの分野融合でイノベーションを強化していく4つの具体的なアプローチを紹介する。
欧米(特に欧州)を中心に盛り上がる脱炭素の潮流は本物なのだろうか?
我々、シリコンバレーD-Labメンバーがエネルギー産業を調査し始めた際の最初の疑問だった。最近でこそ、脱炭素関連の記事が連日出るほど話題になっている。しかし、もともとエネルギー産業の変革には巨大で長期的な投資が必要になるうえ、エコノミー(経済合理性)が成立しないという冷静な声も上がっていた。
また、モータリゼーションで成長してきた米国にとっては「戦略が一貫していない」との意見もある。しかし、欧米事情に詳しい有識者と議論を重ねて見えてきた答えは、「脱炭素は不可逆な流れ」であることだ。そこには、政治的な狙いと企業行動の変化が少なからず影響している。
欧米各国が「脱炭素」を急ぐ理由とは?
そもそも、なぜ欧米各国は脱炭素をこれほどまでに提唱するのだろうか。その強い政治的なメッセージの裏側には、それぞれ自国利益追求の背景が見え隠れする。
欧州は、EU域内の一体化が最重要課題であり、共通価値の提示が求められていた。政治的に脱炭素というEU域内一体のアジェンダを持ち出し、世界をリードすることで求心力を得るとともに、産業の育成を狙う。例えば、欧州の自動車産業は過去ディーゼル問題を起こし、ハイブリッド車の競争でも日本メーカーの後塵(こうじん)を拝してきた。
脱炭素は自動車産業にとってつらい課題だ。しかし一方で、脱炭素の世論に乗ってガソリン車から土俵を電気自動車(EV)や水素自動車に変えてしまえば、逆転を狙える機会になり得る。日本のモビリティ産業にとっては、例えば過去にスキージャンプや柔道で競技ルールを変えられ、日本人選手の強みが生かせず不利になった状況と類似した展開になりかねない。
一方、米国はトランプ政権からバイデン政権となり、脱炭素へ180度政策転換した。現政権は、脱炭素を進めることで雇用拡大やインフラ投資といった国内課題の解決を狙っている。
さらに米国では、8年間で200兆円を超える国家予算の投入に加え、アップルやアマゾン・ドット・コムといった大手民間企業からも脱炭素の潮流が起こっていることが特徴だ。これらの企業は、競うかのように多額の資金を投入してカーボンニュートラルに取り組んでいる。この影響は米国大手企業と取引をしているサプライヤー企業にも及ぶ。否が応でも脱炭素への取り組みをコミットしなければ、取引を継続できなくなる。大手企業が脱炭素を進め、サステナブルなビジネスに組み込む努力を始めていることが、米国の不可逆な脱炭素の動きを強めている。
また、脱炭素の潮流には科学的な根拠が示されていることも少なからず影響している。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の特別報告書で「2030~2050年に地球温暖化が1.5度進行する」と示されており、これを無視できないのではないだろうか。ちなみに同報告書では、工業化前からの気温上昇を抑えることで、経済損失の減少分が60%以上の確率で20兆ドル少なくなると試算されている。
欧米の背景は日本とは異なるため、国内事情と照らしてみると理解に苦しむ部分があるかもしれない。日本は、国民性や政治的関心の違いから、国も産業界もアクセルとブレーキを両方踏みながら進んでいるとの意見もある。ただ、少なくとも欧米では政府と産業界が脱炭素化に向けて最大限のアクセルを踏んでいることを知っておいたほうがいいだろう。
投資拡大で脱炭素は不可逆な流れに
地球温暖化対策の重要性は古くからいわれ、再生可能エネルギーや燃料電池などの技術開発も何十年も行われてきた。政治的なかけ声や政策投資が行われても、サステナブルなビジネスをつくり上げることは難しく、脱炭素のビジネスは政府の補助がなければ成り立たないともいわれてきた。
しかし、近年の脱炭素ブームでは、欧米を中心に民間投資が進んでいることが特徴だ。企業のビジネス活動を変えた要因の1つは、ファイナンス環境の変化が考えられる。投資家が脱炭素を含むESG(環境・社会・企業統治)について責任を全うすべきだとするPRI(責任投資原則)への署名機関数は3000を超え、同機関の運用資産は127兆ドルへと増加している。すでにESG銘柄への投資額は3000兆円にも上るといわれる。
また、国際財務報告基準をリードするIFRS財団は、IASB(国際会計基準審議会)とSSB(サステナビリティー基準審議会)の相互協力を推進。将来は気候変動関連リスクを財務関連リスクの一部として扱い、その開示を促し、保証対象とする議論がある。欧州では、21年3月10日からSFDR(サステナブルファイナンス開示規則)の適用が始まり、「EUタクソノミー(※)」について、すでに1年以上前から中国と具体的な基準策定を進めている。
日本でも上場企業が順守すべきコーポレートガバナンスの規範を定めたコーポレートガバナンス・コード改訂案が出された。ここでは、東京証券取引所が22年4月に予定する新市場区分の最上位「プライム市場」の会社に気候変動に関するリスクやガバナンス、戦略、目標を開示することを推奨するなどの流れとなっている。
以上のように気候変動に対応する企業へのファイナンスを促進し、一方で企業側には気候変動への対応に関する開示を求めることがグローバルでの明確な潮流となっている。ファイナンスの促進、開示の要請により脱炭素に向けた企業活動が推進され、大きなインパクトがもたらされる可能性がある。
モビリティ×エネルギー融合、4つの視点
本連載の第1回では欧米エネルギー業界の動向、第2回では米テスラの取り組みを紹介してきた。脱炭素の潮流で各企業は既存ビジネスを抱えながら、それぞれの視点でイノベーションを模索している。その鍵がデジタル化にあることにも触れてきた。デジタル化の進展によって、産業ごとの最適化を考えるだけでなく、モビリティ×エネルギーといった産業横断的な最適化まで視野に入れる必要が出てきている。
では、モビリティ×エネルギー分野でイノベーションを強化する鍵は何か。具体的なアプローチとして、4つを提示したい。
まず、デジタルプラットフォーム(PF)化による需給最適化とCO2排出量最適化の視点からは、(1)モビリティ需要とエネルギー供給双方のデータ把握と、(2)多様なモビリティ、さらにはモビリティ以外の異業種のエネルギー需要データ把握の2つが考えられる。また、PF上のハードウエアの脱炭素化の観点からは、(3)製品ライフサイクルにおけるCO2排出抑制、(4)エッジ端末の脱炭素化が考えられる。それぞれについて詳しく見ていこう。
(1) モビリティ需要とエネルギー供給双方のデータ把握
モビリティのサービス化に向けて、モビリティ業界にとってはユーザーの移動デマンドの獲得が重要になる。ここにエネルギー業界の視点が加わると、モビリティ自体がエネルギーの需要源となり、エネルギー供給サイドとの連携を意識することが求められる。
太陽光発電などの再生可能エネルギーは天候などの影響を受けるため、供給量の変動性が高く、蓄電によってエネルギーをためるにもコスト的に限界がある。デジタル技術を用いて再生可能エネルギーの供給量を把握するとともにユーザーの利用意向をも把握し、需要と供給のバランスを取ることが、需給最適化とCO2排出量の最適化の視点で効果的となる。
需給バランスの取り方は、例えば電力供給が少ない時間帯には、モビリティ利用料の価格を上げて移動タイミングをずらしたり、相乗りを促したりすることもできる。また、EVの充電料金を時間帯ごとに変え、ピークを避けて充電するよう誘導することなども考えられる。今後、モビリティ業界、エネルギー業界、さらにはIT業界なども含めて、エネルギー供給とサービス需要の双方を把握しようとする動きが活発化するかもしれない。
(2) 異業種のエネルギー需要データとの連携
私たちの生活の中で、エネルギー需要はモビリティ以外にも様々な場面で発生する。エネルギー供給側からの需給最適化を考えた場合、モビリティ以外の家庭向け、商業向けのエネルギー需要を統合的に把握していたほうが効率化される。特に、再生可能エネルギーは地産地消が効率的だといわれていることから、地域のエネルギー需要のデータを業種横断的に把握し、最適化を行うデジタルプラットフォーマー(アグリゲーター)が生まれる可能性がある。
以前、グーグル関連会社のSidewalk Labs(サイドウォークラボ)がカナダ・トロントのウオーターフロント地域で計画していたスマートシティプロジェクトでは、モビリティ、エネルギー、配送、不動産などのデータを横断的に管理できる都市OSを構築しようとしていた。リアルタイムでの業種横断的なデータ共有を企業同士の連携で実現することは容易ではないが、IT企業が消費者との接点の強みを生かし、業界を超えたプラットフォームを構築することも考えられる。
モビリティ業界は今後、前述の自社ビジネスのレイヤーをエネルギー需給の観点から上下に拡大することに加えて、地域における業種横断的なエネルギー需給のプラットフォームの動向にも配慮が必要となる。
(3) 製品ライフサイクルでの脱炭素マネジメント
これは、すでに取り組んでいる企業も多いが、車体の生産から流通、サービス、廃棄リサイクルを含めたライフサイクル全体での脱炭素マネジメントも求められるようになる。日本には基準や指標に従ってとことん効率化する能力や、サービス企業にはまねできない素材やものづくりの技術力がある。そしてリサイクルの仕組みもある。
製品製造時だけではなく、日本の強みを生かせる利用時、廃棄、回収、再利用も含めたカーボンフットプリント(CO2排出量)の土俵で、勝ち筋をつくれないだろうか。
(4) エッジ端末での脱炭素、省エネ化
地域ごとのエネルギー分散型システムが普及した場合には、エネルギー供給側の状況が刻々と変化するため、利用側でも適時に状況を把握し、省電力化することでシステム全体の電力量を抑えることが考えられる。その際には、EVなどのエッジ端末側で分散型供給システムと連動するような仕組みが効果的ではないだろうか。
日本の得意なエッジ側の「省電力ハードウエア」や「端末間とシステム全体での擦り合わせ」などにより、分散型システムと常に連動するインテリジェントで低消費電力を達成するエッジ端末が実現できれば、グローバル市場でも競争力を持てるのではないだろうか。
これら4つのアプローチは仮説であり、技術の進歩や地域ごとの状況によっても変わってくる。脱炭素の潮流の中で自社の強みを生かせるビジネスモデルを描くため、チャレンジしていくことが大事である。
「脱炭素」はリスクか、チャンスか
脱炭素ブームはいずれ落ち着く、何とか当面の追加負担を飲み込んで様子を見ながら今のビジネスを維持しよう、と考える方もいるだろう。守りを固めてうまくいくビジネスもある。だが、いつまでも受け身の対応だけだと、気が付けば日本の産業界にとって不利な条件のビジネスを迫られるなどというリスクも払拭できない。
大事なことは、脱炭素の潮流をチャンスと捉えられるかどうかだ。EV化や再エネ化を単体で捉えるのではなく、発電から個人の生活までがデジタルでつながる将来像を描きながらの異業種格闘戦が始まっている。これはリスクであると同時にチャンスである。そのチャンスをつかむために、日本産業界の強みを生かせる新しいビジネスの土俵を形成することもポイントになる。
日本には、匠(たくみ)のものづくり、擦り合わせ技術、高い信頼性、もったいない精神、市民に根付いたリサイクル社会など、世界に誇るべき強みが山ほどある。欧米の潮流を理解して企業がチャレンジを続け、さらに日本企業の強みを生かせる土俵をつくり上げることができれば、チャンスは自然と舞い込んでくるだろう。