
好きなアイドルやキャラクターのイメージカラーなど、色だけで「推し」を表現する「推し色」。さりげなく「好き」という気持ちを表現できるとして、日常の持ち物やコーディネートに取り入れる人が増えている。パイロットコーポレーションやタワーレコードは、この推し色を切り口に商品を生み出した。
レッド、ブルー、イエロー、グリーン、ピンク……それぞれに自身を象徴するイメージカラーを持つアイドルやキャラクターは多い。そこで、自分の「推し」を象徴する色を身に着けたり、持ち物をその色で統一したりする「推し色」コーデが、推しを持つ人たちの間で定着している。伝わる人には伝わる――。そのちょっとした自己表現が、推しへの「好き」という気持ちを示すとともに、自分の気分を上げるアイテムにもなっている。
こうした消費者の動きに対し、企業は従来のような単なるカラー展開ではなく、「推し色」という言葉を押し出して、商品の売り方を変化させている。
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その一例が、パイロットコーポレーションが2021年3月に発売したシャープペンシル「推し色ドクターグリップCL プレイボーダー」だ。21年で発売30周年を迎える「ドクターグリップ」シリーズの新製品で、限定色のシャープペンシルとカラー消しゴムがセットになっている。
近年のシャープペンシル市場は、書いていて疲れにくい、常に一定の太さで書ける、芯が折れにくい、振ると芯が出てくるといった、機能性を売りにした商品であふれている。ドクターグリップシリーズのターゲットは、学生が中心。「機能だけではない特徴で売り出したいと思ってたのが、(推し色ドクターグリップ)企画のきっかけ」とパイロットコーポレーション商品企画部筆記具企画課主任の大久保茜氏は話す。
ヒントになったのは、既存ユーザーのドクターグリップの楽しみ方だ。ドクターグリップ一部シリーズの特徴の一つとして、軸が二重構造になっていることがある。デザイン性の側面から外軸を透明にしたところ、中軸に写真を巻いたりシールを貼ったり、自己流にデコレーションを楽しむ人が出てきた。それを受け、05年発売の「Gスペックホワイト」からは一部の製品に、シールなどを貼れる透明なデコレーションフィルムを中軸に付けている。これ自体は推しを意識したものではなかったが、今に続く気付きとなる。
「(こうした製品の)デコレーションしやすい機能というのは、他社ではあまり打ち出していない特徴だった。この特徴と学生になじみがあるものをうまくつなぎ合わせられないか。そう思って、考えついたのが推し色ドクターグリップだった」と大久保氏。
複数のカラーを展開し、かつペン軸は自分でデコレーションしやすいスケルトンデザインを採用。「推し活をしている人の中には、うちわなどグッズを自作する人がいる。そういったDIY好きの人との親和性も高いのではないか」と考えたわけだ。
店頭で展開するときの陳列台の幅や生産上の都合で、カラーは7色展開に決まった。選んだのは、バイオレット、ピンク、レッド、イエロー、グリーン、ブルー、ブラックだ。
カラーバリエーションを選ぶ際、大久保氏は、ジャニーズやももいろクローバーZなどのアイドルグループのメンバーカラー、「鬼滅の刃」や「僕のヒーローアカデミア」といったアニメのキャラクターなどのモチーフカラーを書き出した。その中で使用率の高い色を参考にしたという。
消しゴムには「推しが尊い」
色以外に工夫したのが、これがただのカラー展開ではなく、推し色グッズなのだというメッセージの出し方だ。そのため、シャープペンシルと親和性が高い、同系色のカラー消しゴムをセットにした。「パッケージでも推しのためのグッズだと表すことはできるが、開封後すぐに捨てられてしまうもの。ただの色がかわいいシャープペンシルに終わらせたくなかった」(大久保氏)。消しゴムケースには、しっかり「推しが尊い」と記載。裏面には自分の推しの名前やマークなどを書けるスペースを設けたのもこだわりのポイントだ。
学生を中心に、若い世代では持ち物を一色で統一するカルチャーがあることから、SNSでは推し色ドクターグリップを中心に、文房具の色を統一した画像などを投稿。店舗展開では、「フリクション」シリーズや「ジュース」シリーズなど、同社の他ブランド商品から、色を合わせてコーディネートできそうなカラーペンなどを集めて展示した。
そのかいもあり、SNSでは、推し色を入り口として、初めてドクターグリップシリーズに触れたという人の投稿が多数あったという。
また、複数買いも多く見られた。最近では、特定のメンバーを推す人以外に、グループ全体を推す「箱推し」やグループ内のメンバー同士をペアで推す人もいる。こういう人は、複数の色をまとめて買うケースが多い。例えば、人気アイドルグループのSexy Zoneでは、菊池風磨さんと中島健人さんの組み合わせが「ふまけん」と呼ばれており、2人のファンはそれぞれのメンバーカラーである紫と青を合わせて購入する、といった具合だ。公式グッズと比べれば安価で、文房具という実用性がある点は、学生でも複数買いしやすい要素。大久保氏は「30年続く定番商品ということもあり、これで売り上げや認知が一気に広がるということはない。だが、新規顧客の獲得につながり、(売り上げなどの)目標も達成できた」と話す。
グッズ活用を推し色で
このように、近年はさまざまな企業が打ち出す「推し色」だが、パイオニアと言えるのは、タワーレコード(東京・渋谷)だ。同社は、15年から「推し色グッズ」と銘打ち、ライブに関連するグッズを販売し始めた。
タワーレコード商品本部戦略商品統括部アクセサリー担当プロダクトプランナーの兼岩裕子氏は「当時“オタク”と呼ばれていたニッチなファンたちが、『私の推しはこの色だから』と、色で遊んでいるのを見て思いついた」と話す。
第1弾で発売したのは、「銀テープキーホルダー」だ。「推し活、オタ活をしていると、手元にグッズが増えてどう保管してよいか分からない、どう使ってよいか分からないという声が増えていた。そういったグッズがないのであれば、作ってみようと始めた」(兼岩氏)。
銀テープとは、ライブの最高潮などでステージ上や会場の上から降ってくる銀色のテープのこと。スタジアムやホールなど大きな会場になると、銀テープが降ってくるエリアは限定され、銀テープを取れたことが小さなステータスにもなる。
銀テープには、当日のライブ名やアーティストのサインが印字されていることもある。ライブに“参戦した”という思い出の一品になるが、ただのテープなので家で飾るくらいしか使い道がなかった。
銀テープキーホルダーは、そんな銀テープをキーホルダーにして持ち歩けるというもの。根元が色違いのラインアップをそろえることで、推し色にも対応。発売以降、いまだ人気商品の一つで、累計販売数110万個(21年7月現在)を突破している。
コロナ禍で「収納系」グッズが人気に
銀テープキーホルダーは1カ月に約2万個売れるときもあるなど1番人気の商品だったが、コロナ禍ではその売り上げに陰りも見えている。リアルでのライブやコンサートがほとんどなくなり、タワーレコードも店舗の時短営業や休業を迫られた。そのため、ライブに関連するグッズの売り上げが低迷。自社ECサイトの売り上げは伸びているものの、「全体で見るとコロナ禍の3分の2程度」(兼岩氏)という。
そこで今、重点的に新商品を投入しているのが、収納系のグッズだ。雑誌の切り抜きや告知のビラ、クリアファイルが入れられる「クリアファイル収納ホルダー」などが代表的な商品。「コロナ禍で“巣ごもり”の時間が長くなり、自宅で整理整頓をする人が増えたのか、売れ行きランキングでも収納系グッズが上位を占めている」(兼岩氏)。21年7月現在、推し活グッズ全53アイテム中22点が収納系のグッズになっている。
推し店舗で、推す気持ちを応援
タワーレコードの顧客層で、そういったカルチャーが醸成されているのは、店舗でスタッフ自ら「推し活」を実践していることもあるだろう。タワーレコード各店舗には、店舗の推しアーティストやアイドルがいる場合がある。
例えば、名古屋市の大高店の推しはSMAP、川崎市の武蔵小杉店はKing Gnuを推している。CDアルバムなどが発売されるときは、店舗を挙げてポップやポスターなどで店内の装飾を盛り上げる。推しを持つ店舗は、アーティストの地元の場合もあるが、店舗スタッフの推しに依存することも多いという。「スタッフの異動に伴い、店舗の推しが変わったこともある」(同社広報室の寺浦黎氏)
推しの魅力を伝えたい――。そんな熱意にあふれるスタッフがポップなどで、アーティストや商品の魅力を書きつづる。ファンにもその思いは届き、タワーレコード店舗がアーティストの聖地巡礼スポットの一つとなったこともあるという。
若年層にも広がる「推し活」
最近では、推し活を楽しむ人の裾野も広がってきた。「グッズ購入のコア層は20~30代の女性に変わりはないが、学生など若年層の購入も増えていると感じる」と兼岩氏。推し活グッズの購入層が広がっているのを実感している。
そのため、これまでは素材にもこだわった500円以上の商品がほとんどだったが、小学生などがお小遣いでも買える安価な商品も増やしている。例えば、アクリルスタンドを持ち歩けるクリアケース「推しを守れるアクスタケース」は税込み330円だ。
推し色はさりげなく自分の好きなものをアピールできるのが楽しいところ。身近な日用品から、こだわりのファングッズまで、さまざまな商品に取り入れられる。そうしたファンの気持ちをくみ取り、応援する企画がヒットを生み出している。
(写真提供/パイロットコーポレーション、タワーレコード)
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