サントリーホールディングスが「植物由来原料100%ペットボトル」の試作に成功した。米バイオ科学ベンチャー企業のアネロテックと共同開発したもので、2021年12月に発表した。ウッドチップを用いたものでは世界初という。サントリーは近年、使用済みペットボトルを再びペットボトルにする水平リサイクル「ボトルtoボトル」に注力している。新たな技術で、こうした取り組みが加速しそうだ。

右が植物由来原料100%使用ペットボトル。左は「サントリー天然水」(植物由来原料30%使用)のボトル
右が植物由来原料100%使用ペットボトル。左は「サントリー天然水」(植物由来原料30%使用)のボトル

 サントリーは「2030年までに全ペットボトルで石油由来原料の新規使用ゼロ」をうたう。新たな目標として年内に「国内のペットボトルの半数を100%サステナブルボトル化」を掲げた。植物由来原料100%ペットボトルはこうした取り組みの一環。開発で中核的な役割を果たしてきたのが、サントリーホールディングスのグローバル技術部課長、赤沼泰彦氏である。

 植物由来原料100%ペットボトルは、生分解性プラスチックではないが、石油由来と全くの同組成。そのため「ボトルtoボトル」の水平リサイクルも問題なくできる。

 「炭素測定で、石油由来と植物由来の区別は可能ですが、分子レベルまで同じものです。むろん、容器としての品質、性能も担保されます。開発担当者である私自身でも、石油由来と今回のペットボトルを並べて見分けがつきません(笑)」(赤沼氏、以下同)

 ペットボトルは国内では約93%が回収され、そのうち約86%がリサイクルされており、耐熱性や強度に優れた包材だ。赤沼氏がアネロテックの技術に出合ったのは11年。米ニューヨークで出席したバイオテック関連のカンファレンスだったという。第3回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP3、1997年)で「京都議定書」が採択され、2008年から12年までに削減する目標値を定められ、実現の努力が求められていたころだ。

「ボトルtoボトル」の水平リサイクルも問題なくできる。これが実現しているのは2020年で15.7%だ
「ボトルtoボトル」の水平リサイクルも問題なくできる。これが実現しているのは2020年で15.7%だ

 「2000年代後半、気候変動や環境への意識が高まり、世界中で化石燃料に替わる植物由来プラスチック開発の波が起きました。各社、植物由来原料100%ペットボトルを目指していましたが、理論的に道筋がたっていて基礎研究レベルで成功していても、コストを含めた商業条件を想定すると実用化はかなりの難関でした。カンファレンスで様々な大学や研究所がそうした技術を発表し、その中にアネロテックもいました。彼らの技術に実用化の可能性を感じ、共同開発を進めることにしたのです」

 11年当時、赤沼氏はサントリーに在籍しながら、容器包装材と環境について学ぶため米国の大学に留学していた。包材による環境への負荷を減らしたいという思いが、あえて困難な開発に挑む原動力になったという。

 そもそもペットボトルの原料・PET(ポリエチレンテレフタレート)は、テレフタル酸70%と、モノエチレングリコール30%でできている。13年から、サトウキビから砂糖を精製する過程で生じる廃糖蜜を原料とした、モノエチレングリコールを使った植物由来原料30%配合のペットボトルを「サントリー天然水」ブランドに導入してきた。

 一方、テレフタル酸を造るには、その直前の物質であるパラキシレンに至るまで、いくつものステップが必要だった。そのステップごとにプラントを建設するとなると、かなりコストがかかる。しかし、アネロテックの技術なら、ウッドチップからパラキシレンを生成するまでがワンステップで済む。また、2010年代はバイオエタノール市場が急拡大しており、従来の植物由来ペットボトルの原料、サトウキビが高騰傾向。ウッドチップで造れる技術は、そうした意味からも魅力的に映っただろう。

アネロテック社の技術なら、ウッドチップからパラキシレンを少ない工程で生成できる
アネロテック社の技術なら、ウッドチップからパラキシレンを少ない工程で生成できる

 「PETの70%を占めるテレフタル酸を、植物由来で造りたいとずっと思っていましたが、ステップの多さがハードルでした。その点、少ない工程で造れるアネロテックは設備のコスト抑制に加え、製造工程が少ないことから使用するエネルギーの抑制も期待できる。また、それまでの植物由来PETは廃糖蜜とはいえ可食原料であるさとうきび由来。食品メーカーであるサントリーとしては、食品原料のサプライチェーンに影響を与えたくないと考えており、ウッドチップならその心配もありません。現段階では、原料の第一候補ではありませんが技術的には古紙からもペットボトルを造れますよ」

 12年に開発がスタート。ラボで小規模な変換実験をするところから始め、徐々にラボ設備の規模を拡大。問題がなければ、実用化に向けてミニプラントを建て実証実験するという流れだ。ラボでの研究が約4年。16年からは、実証機を用いた24時間連続運転を長期間続け、安定して生産できることを証明した。これをクリアし、初めて製品化のめどが立つという重要なものだ。結局、試作品ができるまで5年を要した。社内からは「実証に踏み切ってから、なぜそんなに時間がかかったのか」という声も出たという。

 「熱と触媒により1ステップでできると言っても、熱負荷の条件によっては過剰な反応につながり、目的と異なる生成物への変換につながってしまう。温度の微調整、反応炉内での条件や触媒のかけ合わせは無数にあり、試行錯誤しました。また1回の実験期間も数十日を単位としており、ある条件のやり直し、再現性の確認をするには相当な時間がかかりました。実験のために日本から単身で米テキサス州の空港に何度も飛び、自分で約3時間レンタカーを運転して現地プラントへ。研究に特化したアネロテックの研究員に、商品として開発する意義を訴え、彼らのモチベーションを上げるのも私の役目でした」

 ところで、なぜ試作段階で発表に踏み切ったのか。理由の1つは、世界初の革新的技術を広く知らしめるという社会的意義。また、世界中でしのぎを削るバイオプラスチック開発でイニシアチブを取る狙いもあるだろう。グローバルに展開する企業ほど、サステナブルな活動や技術は企業競争力アップへの鍵になり得るからだ。

 それともう1つ、事業として前進させたいという思い。現時点では植物由来原料100%ペットボトルの製品化の時期は未定とのことだったが、商業化に向けた検討はプロジェクトとして進行している。

 「ペットボトルへの厳しい見方が年々増す中、社会に良いインパクトを与えられるニュースは少しでも早く公開すべきだと考えました。また、大規模なプラント建設には多額の予算が必要。この技術が広く知られて評価していただける他の企業が名乗りを上げてくだされば、一緒に組んで進めるというやり方もあるのかなと」

サントリーホールディングス・グローバル技術部課長の赤沼泰彦氏
サントリーホールディングス・グローバル技術部課長の赤沼泰彦氏

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