ぴあ総研の試算によると、2020年のライブ・エンタテインメント市場規模は、19年の6295億円から8割減となる1306億円に落ち込んだ。コロナ禍で大きな損失を受けたコンサート業界には、3つの変化が起きた。書籍『日本のアーティストを売り込め!実践者が明かす海外攻略の全ノウハウ』からお届けする。

コロナ禍でコンサート業界は大きな打撃を受けた(写真/Shutterstock)
コロナ禍でコンサート業界は大きな打撃を受けた(写真/Shutterstock)

 コロナ禍でこれまでのライブ形態に変化が表れた。それは単に無観客配信ライブにシフトしただけではなく、観客が目の前にいない状態で、どう音楽表現を映像で行うかというアプローチがテーマになってきたということである。

1.新たなエンタテインメントとしての配信ライブ

 無観客の会場で観客を想定してライブを行うと、コミュニケーションに行き詰まるジレンマに陥る。他のアプローチとして、テレビ番組の収録という発想でパフォーマンスを行うか、MV(ミュージックビデオ)を制作する発想で演出にこだわるという形態が考えられる。後者を選択したのは、サカナクションの山口一郎で、昭和風スナックのセットで歌唱したかと思うと、次にはアリーナでのレーザー照明演出など場面展開が豊富で見るものを飽きさせない凝りようであった。音響ではドイツのサウンド・テクノロジー企業、KLANG technologyによる3Dサウンドを採用、日本初の試みを行った結果、通常では得られない音響・映像体験を視聴者は享受したはずである。

 韓国では、AR(拡張現実)技術を取り入れて特別な演出空間を提供する韓国独自の音楽配信サービスBeyond LIVEが新たなエンタテインメントの創出を行っている。米国ではラッパーのトラヴィス・スコットが3Dアバターとなってオンラインゲーム『フォートナイト』内で行ったパフォーマンスが話題となった。

 その他にもAR、VR(仮想現実)、MR(複合現実)、XR(AR、VR、MRすべての要素がある表現)で独自の映像表現を行った配信ライブが話題となっている。

 このように、配信ライブは単なる実動員ライブの補完的役割でなく、独自の演出を創造、表現する場として、コロナ後もビジネスとして残り続けると期待できる。

2.電子チケット化

コロナ禍が非接触型の電子チケット化を加速(写真/Shutterstock)
コロナ禍が非接触型の電子チケット化を加速(写真/Shutterstock)

 コロナ禍により人との直接接触を避けるため、非接触型支払い、デジタルチケットの需要が拡大した。現金を触ることでコロナ感染率が高まるのではないかという心配が高まり、チケット購入に関してもQRコードを用いたスマホ決済など非接触型決済へ大きくかじが切られていった。また購入のみならず、チケット自体をデジタル化する動きが加速、会場でもスタッフとファンが同じ紙のチケットに触れることなく、スマホのQRコードを読み取らせることで入場が可能となる環境が徐々に整えられつつある。

 こうすることで、コロナ感染対策になるばかりか、ペーパーレスによる省資源化やチケットの不正転売対策にもつながるので、デジタル化の加速は好都合だ。一方で今後は紙のチケットがプレミアム化、物販として販売されたりVIPチケットの特典として付与されたりするのであろう。

3.オンラインプロモーションの強化

 コロナ禍まではアーティストの活動はウェブやスマホ上だけでなく、ライブハウスやフェスなどリアルな場で行われることが多かった。それが緊急事態宣言となり、人々がステイホームとなってからアーティストとファンの接触機会もSNS上で増えていった。その一環で自宅から配信ライブを行うアーティストが増えていったのだが、この期間に起きた事実は、オンラインプロモーションを積極的に行ったアーティストが自身のTwitter、YouTube、Instagram、TikTokなどでフォロワー数を伸ばしていったことだ。コミュニケーション頻度を高め、より深く、より広く、より何度もファンに楽曲を聴いてもらえたアーティストがコロナ禍でヒットを生んでいったと考える。

 YOASOBIやTikTokで有名になった瑛人など一連のアーティストは、コロナ禍で不要不急の自粛を迫られた期間だからこそ、一層スポットライトが当たったのではないかと思っている。今後SNSプロモーションはアーティスト認知度を高めるために一層強化されるべきであるし、ユーザー動向の分析もスタッフに求められる重要なタスクの一つとなってくる。

会場のソーシャルディスタンス確保で集客は定員の半分以下に(写真/Shutterstock)
会場のソーシャルディスタンス確保で集客は定員の半分以下に(写真/Shutterstock)

新型コロナウイルスと「天変地異」条項

 コンサート業界にとっての災難は、感染拡大を防ぐため公演を中止や延期する際に発生する公演経費負担や、売り上げ減、休業要請が大きいが、何よりも新型コロナウイルスを含む感染症が興行中止保険の対象となっていないことだ。今回各国のプロモーターにヒアリングして分かったのだが、どの国でも感染症は興行中止保険の対象外となっている。興行契約書に記載されるいわゆる“天変地異”とは、暴動、情勢不安、空港封鎖など交通網の寸断、台風、豪雨などの天災、アーティストの疾病、革命などを指すが、地震、感染症、戦争は興行中止対象に含まれないというのが不文律となっている。

 損害保険には「危険度に応じた保険料を負担しなければならない」との原則があり、「危険度の査定ができなければ、そもそも補償はできない」という考えが根底にある。このため、今回のような感染症の発生の他、地震や戦争といった被害の規模がどこまで及ぶか予測が難しい場合は、補償対象から外されてしまう。もちろん主催者と事務所間で交わす興行契約書にはこれら保険対象外の項目を天変地異の条項に含め、少なくともプロモーターに対してはその責任を担ってもらう交渉をすることは可能だ。ただし、今回の事態を受けて、各国のプロモーターが自国の保険会社と協議、保険内容の見直しが図られない限り、「感染症」はプロモーターが“天変地異”から除外する言葉となり続けることだろう。

 さて、新型コロナウイルス感染症の影響であるが、個人的には人生を見直す契機となった。コロナウイルスが人類に与えた試練がもたらす教訓は、人と人との結びつきが大切なんだということではないだろうか。

 コロナウイルスは人々に“ソーシャルディスタンス”を強要した。2メートルの間隔を取ってお互いが感染をしないため、距離を空けようという物理的な距離感の重要性をメッセージ化したものだ。“ステイホーム”も同様な意識下で生まれたフレーズだった。

 これらを意識することが、かえって人間同士の精神的な結びつきの重要性を育むと感じている。家族、恋人、友人。どれをとっても人間同士の結びつきは物理的、精神的距離感が大切だと思う。テレワーク、テレコミュニケーション、宅配、動画・音楽配信が促進されることに異議を唱えるつもりは毛頭ない。ただ、これらのシステムやサービスが従来の人間の営みを代替できるものではない。距離を空ける時間が長かった分、人はより密接に触れあう機会を求めるのではないだろうか。

 そんなことを考えると、人に何かメッセージや思いを伝える活動は仕事や奉仕にかかわらず、重要性を増すと感じている。そして音楽は人間によるこうした営為のかけがえのない一つであると再認識するのだ。

 一日も早くワクチン接種が進むことで、重症者の減少、医療従事者の肉体的、精神的負担の軽減、そして経済が回復し、平穏な日常が戻ることを祈るばかりである。


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