海外ツアーを成功させるためにはマーケティング思考が欠かせない。基本となるフレームワーク「4P」は日経クロストレンド読者ならよくご存じだろう。海外興行ではさらに3つのPを加えた「7つのP」で考える。書籍『日本のアーティストを売り込め!実践者が明かす海外攻略の全ノウハウ』からお届けする。
海外ツアーを練っていくうえで欠かせないのは「7つのP」だ。マーケティング用語に「4P」があるが、それにもう3つPを足して、以下7つのPとなる。
- Price(価格:アーティスト出演費、チケット価格設定)
- Place(場所:ターゲットにする国・地域、出演イベント選び)
- Promotion(宣伝:現地でいかに知ってもらうか、SNSの活用)
- Product(商品:アーティストの特性、強み、アピールポイント)
- Plan(計画:海外ツアーの中長期目標設定)
- Point(時機:海外市場参入の適切なタイミング)
- Policy(指針:海外公演の目的、最終ゴール設定)
通常4Pは、商品マーケティングを実施する際に頻出する用語だが、アーティストの場合、そこにナマモノならではのタイミングと長期プランニング、そしてブレないための指針が加わる。
●Price(価格)
Priceはコンサートチケットやアーティストの出演費と考える。アーティストが適正な出演費を獲得するためには、会場の収容人数とチケット価格の妥当な設定が必要となる。日本でホールを埋められるアーティストが初めて海外公演を実施する際は、ライブハウスでもよしとする判断が必要である。日本で初めて行った公演も同じくライブハウスであっただろう。考え方は同じだ。
ただし、2度、3度と公演回数を増やすたびに、海外でも国内同様に動員数を増やしていく発想が必要だ。アーティストが海外で受容されているタイミングや状況に応じて、高飛車にならず、とはいえ安売りせずに適正価格のチケット、妥当な出演費を交渉していくことが重要といえる。
●Place(場所)
Placeは出演する国、地域、都市、そしてイベントと多岐に考える。海外でターゲットとする最初の場所を決めて攻めていくのが重要だ。仮に日本文化受容度で最も参入障壁の低い台湾を最初のターゲット市場と決めたら、重点地域として同地でファンベースを広げていく。そしてそのために現地のファンに忘れ去られない頻度で訪れること。
ただし毎年行くことが決してベストな戦略とはいえない。ある程度の飢餓感をあおることが肝要なのだ。台湾で一定以上の動員数を確保できるようになったら、次の重点地域をつくっていくなど、点を線にしていく作業を同時にしていく。最終的には各国、各都市の個性やファンの特性を理解しつつ、年に1回アジアツアーで数都市を周遊できるようになると、ビジネスとしても拡張できる。
●Promotion(宣伝)
Promotionは現地主催者が行うことと日本で遠隔操作ができるSNS発信と、両方ある。とにかくアーティストのこと、そしてその公演を知ってもらうことが極めて大切なので、主催者と手を取り合って宣伝体制を築いていくことだ。券売のみならず、CDや配信も共同で宣伝できる協力体制を構築できれば一層強い宣伝展開が行える。
●Product(商品)
Productはこの場合アーティスト自体のことを指す。アーティストの特性、強み、弱みを知ったうえでどの市場にどうやって音楽やパーソナリティーを伝えていったらいいのか、戦略的に練っていくことが大切だ。Productを商品と訳してもアーティストは生きているナマモノなので、日々変化するし、日々飛躍していく。元気一杯の晴れやかな表情のときもあれば、誰とも会いたくない不調な日もあるのだ。
そうした変動性の高い環境下、なおさらハードルの高い海外でアーティストの強みをうまくPRし、弱みをコーティングするかはスタッフの手腕が問われるところだ。
●Plan(計画)
Planは中長期計画を指す。日本国内の音楽活動ではいつまでにNHKホール、いつまでに武道館での公演を目指すという明確な指針や目標を定めて、逆算しながら楽曲制作、レコーディング、音楽商品のリリース、ライブツアーを組み立てていく。海外の活動も同様にいつまでに台北アリーナでワンマン公演を目指す、もしくはアジア6都市でツアーを目指すなど明確な指標を立てつつプランニングしたいところである。もちろんその実現のためには国内活動をおろそかにせず、国内と海外を同時並行で充実させるだけの体力と気力が求められる。でもせっかく海外市場に明確な未来と可能性が見えたのであれば、やみくもに海外を目指すというよりも、着実にステップアップするよう、用意周到にプランニングすることが目標達成への最高の近道だと思う。
●Point(時機)
Pointは時期ではなく、時機のこと。すなわち、最大限の機会を読み、そのタイミングを見計らうことだ。アーティストにもチャンスがある。日本でアーティストの年齢や人気や知名度などあらゆる面においてピークが来たタイミングで、ここぞとばかりに日本国内を一層攻めていくのはある意味正しい。ただし、一方でピーク時だからこそ海外に足を運んでおくことが、海外市場に長期間参入できる布石になるのだ。日本のピーク時に日本でだけ頑張って、ピークを過ぎてからようやく海外に目を向けた事務所やアーティストを、私自身これまで何度も見てきた。見るたびに、海外、特にアジアのことを日本の関係者は下に見てきたのではないかと、いぶかった記憶がある。
そのアーティストが最旬のうちにライブを見ておきたいと思うのは、国を違わずファンの深層心理である。欧米のアーティストも売れているうちにワールドツアーにこぎ出し、ベストなパフォーマンスを各国のファンの心に焼き付けておくから、数年たった後でも、ファンの心を引きつけて離さないのだ。日本のアーティストも、自分が最も輝いているベストな時期に、好機を逃さず海外のファンの心をつかんで離さない強い印象を刻んでおくことがこれからは大切だと痛切に感じている。
●Policy(指針)
Policyは海外公演を行う際の指針である。何を目的に行うのか。どの程度行うのか。その最終ゴールとは何か。こうした一連の指針が明確であれば、海外公演で、何をやらないか、が一目瞭然となり無駄な労力や時間をセーブすることが可能となる。
海外ツアーで年間1億円の売り上げを目指すことなのか、中国10都市で毎年公演を実施することなのか、アジア最大の音楽フェスティバルでヘッドライナーとして迎えられることなのか。公演国・都市数、公演回数、コミットする期間、金額などで数値化、客観的に海外事業を捉えることで、具体的な目標が決まり、そのために実施すべき案件や項目が列記できると思う。スタッフと演者がチームとなってこの指針を共有しておけば、ゴールへの途上で道に迷うことやブレることはないだろう。
『日本のアーティストを売り込め!実践者が明かす海外攻略の全ノウハウ』
K-POPが世界の音楽シーンを席巻している昨今ですが、J-POPにも特にアジア市場で進出成功の可能性が広がっています。実際、海外市場に打って出たいと考えているミュージシャンやスタッフは数多く存在しています。一方でその具体的な方法論は共有されていません。本書は、日本人アーティストのアジア興行支援を、ソニー・ミュージックグループで20年の長きにわたって手掛けてきた著者が、その経験とノウハウを体系化。海外興行手続きのA to Zを網羅したものです。
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