今、「老い」との戦いともいえる健康分野で注目すべきキーワードが「オートファジー」だ。細胞が内部の物質を分解して再利用する現象で、2016年にその研究がノーベル生理学・医学賞を受賞した。現在、オートファジーによって老化の抑制を図る研究も加速している。長寿につながると期待されるオートファジーの活発化について、大阪大学栄誉教授の吉森保氏に聞いた。
※日経トレンディ2021年7月号の記事を再構成
細胞が内部の物質を分解して再利用する現象「オートファジー」が、近年の研究で老化や病気に深く関わることが分かってきた。オートファジー研究の第一人者である大阪大学栄誉教授の吉森保氏は、「現在、エビデンスのある寿命を延ばす方法として、(1)カロリー制限、(2)インスリンシグナルの抑制、(3)生殖細胞の除去、(4)細胞のエネルギーを作るミトコンドリアの抑制があり、いずれも詳細な因果関係は分かっていないが、オートファジーが盛んになるという共通点がある」と語る。
オートファジーとは、ギリシャ語の「ファジー(食べる)」に「オート(自ら)」を組み合わせた造語だ。細胞内に存在するたんぱく質などから余計なものを取り除いて生まれ変わらせる仕組みで、メカニズムは意外とシンプル。人間の細胞内に膜が出現して、細胞内にあるたんぱく質などを包み込んで球状の構造「オートファゴソーム」を作る。このオートファゴソームに、たくさんの分解酵素が入った「リソソーム」という袋が接触・融合することで、中身のたんぱく質などが分解される。これにより、オートファゴソーム内の有害物質が除去されるとともに、たんぱく質がアミノ酸まで一度分解され、体内で新しいたんぱく質として再合成される。
オートファジーは日常的に起こっており、人間は体内の細胞の中身を少しづつ入れ替えている。体重60キログラムの成人男性の場合、1日に約240グラムのたんぱく質が体内からオートファジーによって再合成されるという。
オートファジーによって老化を止める研究は加速している。19年に、「ルビコン」と呼ばれるオートファジーのブレーキ役となるたんぱく質が、加齢とともに増加することを吉森氏が発見。オートファジーを促進するたんぱく質は以前から幾くつも発見されていたが、ブレーキは珍しい。「ルビコンをコントロールすることで、老化を止められる可能性も出てきた」(吉森氏)
ルビコンの抑制によって寿命を延ばす効果は、動物実験では確かめられている。遺伝子操作によりルビコンの働きを抑えた線虫を観察したところ、オートファジーの活性化が認められ、寿命が平均20%も延びたという。老いても活発に動き続けていたため、健康寿命も延びたと考えられる。 「実験では、年老いた線虫が通常の線虫に比べて2倍の運動量を示した。人間に置き換えれば、80歳の老人がフルマラソンを容易に走りきるようなものだ」(吉森氏)
オートファジーが活発であれば、感染症に対する免疫力の向上も期待できるという。オートファジーは細胞内に侵入してきた病原体を殺す役割があるうえ、ウイルスに対する抗体を作る際にも必要となる。「まだ未解明な部分も多いが、老人はオートファジーが抑制されているため、免疫力や抗体を作る能力が弱まってくる。実験では、老化したヒトのオートファジーを活性化すると、抗体を作る能力が回復することが報告されている。オートファジーは新型コロナを含む感染症への抵抗力を高める可能性がある」(吉森氏)
その他、認知症の予防にも役立つ可能性を秘めている。認知症患者の脳内では、「アミロイドβ」というたんぱく質が増えて塊を作り、神経細胞が死んでいくが、「塊を作るたんぱく質に対して選択的にオートファジーが起こり、正常な状態に戻そうとすることも分かっている。アミロイドβなどを除去するのもオートファジーの役割の一つだ」(吉森氏)。
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