note(東京・港)のnoteプロデューサー/ブロガー徳力基彦が、企業のSNS巧者に秘訣を聞く本連載。第3回のゲストはかげこうじ事務所(東京・新宿)代表取締役マーケター/クリエイティブディレクターの鹿毛康司氏。鹿毛氏はエステー在籍時にいち早くブログを開設するなど、SNSが生まれる前からインターネットの双方向性に着目してきた。著書『「心」が分かるとモノが売れる』でも、SNSで顧客とつくる絆づくりの重要性が語られている。SNSでのコミュニケーションに対する考え方を聞いた。
徳力基彦(以下、徳力) 鹿毛さんは2004年にブログを開設していますね。当時、大企業の宣伝部長でブログを書いている人はほとんどいなかったと思います。なぜブログを始めようと思われたのですか。
かげこうじ事務所 代表取締役/マーケター/クリエイティブディレクター
鹿毛康司(以下、鹿毛) 放映したテレビCMに対する反応をブログに書かれるお客様がいたので、毎日2時間ぐらいは検索して、感想を探し出しては読んでいました。あるとき、ブログのコメント欄に「ありがとうございます」と自分の肩書とともに書き込みをしたところ、(SNS登場以前は企業と顧客が直接対話をする土壌が整っていなかったため)ブログの著者からすごく嫌がられてしまったんです。そこで、個々のブログにコメントする代わりに、自分で情報を発信できるブログを立ち上げることにしました。
そのころ放映していた「消臭プラグ」という商品のCMで、ちょんまげを結った俳優の今井朋彦さんを登場させました。当時、今井さんは世間に顔と名前がそれほど知られていませんでした。そのためエステーのCMの放送後、「あれは誰だ?」「NHKの大河ドラマで殿様役を演じていた役者か?」と話題になりました。
でもブログでは「どうでしょうね?」と濁して、はっきりと回答を書かなかった。すると視聴者がメディアに問い合わせをし始めました。これがきっかけで、新聞社からエステーに取材依頼をいただきました。その取材を通じて、初めて「NHKの大河ドラマを見て、キャスティングしました」と明かしました。それがさらなる話題を呼び、CMのシリーズ化が決まりました。
テレビCMをきっかけにブログを通じて視聴者とコミュニケーションして、ほかのメディアを巻き込む仕掛けがうまくいきました。
架空の宣伝部長を誕生させた理由
徳力 鹿毛さんはこのあと、特命宣伝部長の高田鳥場(たかだのとりば)というキャラクターでテレビCMに登場しているんですよね。ブログの発信者名も高田鳥場になっています。2009年の日経クロステック(関連記事「高田馬場在住14年、変な鳥を見つけた」)に、高田鳥場が取り上げられている記事を見つけました。
鹿毛 鳥のかぶり物をして顔を出さずにやっていました。このキャラクターならCMに出て話題になったときに、ソーシャルメディアの世界に出やすいと考えたのがきっかけです。CMに起用するタレントだとさまざまな制約があってできないことも多い。自社のキャラクターなら制約はなく、出演料もかからない。このあと、同名でTwitterも始めています。
徳力 ――2010年ですね。実は鹿毛さんは、僕のセミナーに参加したことが、Twitterを始めるきっかけになったと聞いています。
鹿毛 徳力さんのセミナーに出るまでは、Twitterは好きじゃなかったんですよ。企業の「中の人」がバズることを目的に、駄じゃれとか受け狙いなことばかり書いている風潮があって、「そんなものはコミュニケーションではない」と思っていました。でも、徳力さんのセミナーでTwitterの本質を教えてもらって、考え方が変わったんです。
徳力 このセミナーでの気付きが、2011年の東日本大震災直後につくった「消臭力」のテレビCMにつながっていくわけですね。あのときは震災で大勢の方が亡くなって、企業が宣伝行為を控えたため、テレビCMのほとんどが公共広告に置き換えられていました。その中で、消臭力の新しいCMをつくるのは勇気のいる決断だったのではないですか。
鹿毛 震災後は「頑張ろう」とか「前に向かって進もう」と、皆が声を上げていましたが、何かが違うと思っていました。それは表面上の話で、心の中で本当はどう感じているんだろうと考えていました。そこで、父親を突然亡くした5歳だったころの自分を思い返してみました。僕は震災直後のTwitter上にも、そのときと同じような空気を感じていたからです。
夫を亡くした母親は身も世もないほどに泣いていましたが、あるとき、近所の方と話しているときにふと笑ったんですよ。それを思い出して大人の自分に戻り、もう一度考えてみたら、人間というものは苦しいときや悲しいときこそ笑わないと前に進めないのではないかと思いました。
皆が心の中で強く願っている「日常に戻りたい」をテーマに、「『張り詰めた自粛ムードの中でもみんながちょっと笑えるもの』をつくろう」と決め、震災の2週間後にポルトガルのリスボンへ撮影に向かいました。
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