
コロナ禍でスポーツコンテンツが苦戦する中、2021年6月13日に東京ドームで総合格闘技イベント「RIZIN(ライジン)」が開催される。同地で格闘技の大会が行なわれるのは実に14年半ぶりだ。20年大みそかの「RIZIN.26」はテレビの視聴率を前年から大きく伸ばし、YouTubeで無料公開されたシバターvs.HIROYA戦の動画再生数は600万回超。決め手として使われる蹴り技「カーフキック」がTwitterのトレンド入りするなど、メディアを問わず注目度が急上昇している。
※日経トレンディ2021年6月号の記事を再構成

RIZIN FIGHTING FEDERATION(ライジンファイティングフェデレーション)とは、打撃、投げ技、関節技などを組み合わせて戦う総合格闘技を主軸に、キックボクシングなどの試合を開催・運営する競技会。DEEPや修斗、PANCRASE、RISEといった既存の格闘技団体の垣根を越えた試合を組んでイベントを開催している。

最高経営責任者(CEO)を務める榊原信行氏は、「総合格闘技が世界的にヒットしている。理由は圧倒的な分かりやすさと、現代の視聴行動に適していることだ」と分析する。総合格闘技は、1対1の対戦で試合開始から終了までが10~15分ほど。短時間で見終えることができ、スマホの小さい画面でも見やすく、移動しながらでも視聴できる。今のライフスタイルに合ったコンテンツなのだ。

とっつきにくく思える格闘技の中で、なぜ後発のRIZINがこれほどまでに人気なのか。ビジネスモデルにも特徴がある。榊原氏が格闘技の世界に取り入れたのが、団体の垣根を越えて世界一を決めるサッカーのチャンピオンズリーグの発想だ。榊原氏は1997年にPRIDEを立ち上げ、世界のトップアスリートを集めて一世を風靡したが、アメリカの総合格闘技団体UFCが世界中の競合他社を買収していく中で、PRIDEも2007年に買収された。この時の契約条件により、榊原氏自身が格闘技の興行に7年間は関われない状態となったが、その間にサッカーチーム・FC琉球のオーナー兼代表としてサッカーのビジネスモデルや組織構造を学んだ。
基本的に格闘家は契約している団体のルールに縛られ、他団体での試合は難しいが、RIZINは選手の所属団体から試合単位で契約を買い取り、団体の垣根を越えて選手が参戦できる仕組みを作った。「実は総合格闘技は、世界各国にローカルな団体が溢れている時代になっている。世界中に散らばる格闘技団体のチャンピオンを招請して競技会を行える点が強みだ」(榊原氏)。選手にとって出る価値がある舞台を作るために、「PRIDEから途絶えていた大みそかの地上波ゴールデンタイムに放送される格闘技コンテンツを目指した」とも語る。
しかし、門出が順風満帆というわけではなかった。旗揚げした15年、RIZINは体重90キログラムを超える重量級を中心に、往年の人気選手たちをそろえた計27試合(2日間)もの初興行を行った。世界に通用する舞台にしようと、引退していたロシアの格闘家・エメリヤーエンコ・ヒョードルを口説き落としてカムバックさせもした。
格闘技の世界は体重によって幾つかの階級に分かれるが、ヘビー級といえば神に選ばれし肉体を持つアスリートたち。一般の人とは異次元の肉弾戦は分かりやすく届くはずだった。しかし、案に相違して視聴者からの反応は薄かったという。日本人が世界のトップと鎬(しのぎ)を削ることができないヘビー級という階級の闘いには、それほど強い興味を示してもらえなかったのだ。

女子格闘技とバンタム級が鍵だった
軌道修正の必要を感じた榊原氏は、16年に一気に舵を切る。そして生まれたのが、現在のRIZINの人気をけん引している、バンタム級と女子格闘技(通称ジョシカク)だ。
まず、世界最大の総合格闘技団体UFCではすでに圧倒的に人気があった女子格闘技に注目。もともと、日本の女子レスリングや女子柔道は世界トップレベルだったため、選手層も十分なポテンシャルがあると考えた。16年に、レスリングでリオデジャネイロ五輪への出場が叶わなかった直後の山本美憂の参加を取り付けるなど、次第に認知度を高めていき、21年3月に開催された「RIZIN.27」では、浜崎朱加と浅倉カンナによる女子の王座決定戦が全14試合のメインイベントになるほどの人気コンテンツに育てた。
2015年 | 年末に「RIZIN FIGHTING WORLD GRAND-PRIX 2015 さいたま3DAYS」を開催し、往年の人気選手エメリヤーエンコ・ヒョードルが参戦 |
---|---|
16年 | 年末開催の大会で那須川天心が29日、31日の連戦をこなす衝撃的なデビューを飾った |
17年 | UFCファイターの堀口恭司がRIZINに参戦し、バンタム級トーナメントを開催。堀口がチャンピオンに輝いた RIZIN初の女子トーナメントとなる女子スーパーアトム級トーナメントを開催。RIZIN初代女王の座をかけたRENAvs.浅倉カンナが行われ、女子格闘技に脚光が当たった |
18年 | 那須川天心と堀口恭司がキックボクシングルールで対戦した「RIZIN.13」が過去最高来場者数を記録 メイウェザーvs.那須川天心が話題となった大みそかの「RIZIN.14」が高視聴率を獲得 |
19年 | 「RIZIN.18」にて朝倉海が堀口恭司をKOし、一躍トップ選手に躍り出た |
20年 | 「RIZIN.25」でYouTuberとしても人気を博していた朝倉未来と斎藤裕によって、フェザー級王座決定戦が行われた。斎藤がベルトを獲得 有名YouTuberのシバターが参戦するなど話題を集めた大みそかの「RIZIN.26」で、再び朝倉海と堀口恭司が激突 |
そして、今一番熱い階級が、トーナメント開催が決まったバンタム級だ。61キログラムという、場合によっては観客より小柄なアスリートがスピードやテクニックを競い合う。「いい人材は大勢いたが、そのすごさが格闘技をしていない人に届くかという不安はあった。しかし、日本人が世界と戦えるであろう階級に照準を合わせ、まず日本で圧倒的に支持されるものを作ることを目指した」(榊原氏)という。
契機となったのは、アメリカに拠点を移し、17年にUFCでランキング3位まで上り詰めた堀口恭司の日本復帰だ。「最強のメイドインジャパン」のうたい文句を引っ提げて連戦連勝。日本人選手でも一流のパフォーマンスを見せられることを世間に知らしめた。60キログラム前後の階級では、キックボクシングで無敗を誇る“神童”那須川天心など、RIZINの主軸を担う選手が次々と生まれた。
こうした流れの中で、さらに大きな成長要素となったのがRIZINの新エースとなっている朝倉未来・海の兄弟だ。「レスリングや柔道といったスポーツ競技のエリートではないが、強くなりたいという欲望と志とで、様々な技術を吸収してどんどん強くなった。各地の不良が集う格闘技団体アウトサイダー出身の選手がプロのリングで活躍しているのは、格闘技界にとってうれしい誤算だと思う」(榊󠄀原氏)。朝倉兄弟は戦いの舞台をRIZINに移し、17年に弟・海、18年に兄・未来が参戦。19年には堀口恭司相手に朝倉海が大金星を上げるなど一気にスター選手となった。
RIZIN人気が沸騰した背景には、YouTubeの影響も見逃せない。火付け役になったのが、19年5月からYouTuberデビューした朝倉未来だ。榊原氏は「未来が、色々な企画を立ててYouTubeでやってみたいと言うので彼らに任せた。弟の海もチャンネルを開設し、するとあれよあれよという間にものすごいことになった。彼らの行動力や企画力は大したもので、見習うべきものがあった」と当時を振り返る。朝倉未来は、各地の不良たちとスパーリングを行うなど自身のキャラクターを生かした動画を次々とヒットさせ、チャンネル登録者数はすでに180万人を超えている。
当時、榊󠄀原氏もYouTubeに可能性は感じていたが、ペイパービューで有料配信している試合を違法に動画でアップし、広告収入を得ようとする人が後を絶たなかった。コンテンツホルダーにとっていわば天敵であるYouTubeを活用することに抵抗があったのだ。しかし、「オフィシャルチャンネルを立てて、過去の映像のアーカイブをアップするなど、リング上以外で起きるドラマやバックステージで起きている人間ドラマを見せていこう、我々にしかできないドキュメンタリー作りを徹底しようということで、本格的に始めた」と語る。
現在、RIZIN公式チャンネルでは再生回数100万回超えが60タイトル以上にも上る。20年は、那須川天心や矢地祐介などRIZINにゆかりのある格闘家が次々とYouTuberデビューするブームも巻き起こった。彼らのチャンネルで人物に興味を持ち、RIZINを知ってもらうパターンも生まれ、さらに若い世代のファン層が広がる相乗効果が生まれている。
これらの要素が結実し、20年の大みそかにフジテレビ系で放送された「RIZIN.26」は、堀口恭司と朝倉海のタイトルマッチ、朝倉未来のKO勝利や、格闘家でもあるYouTuber・シバターの参戦など多くの話題を集めた。第2部(20時~22時30分)の平均世帯視聴率は7.3%(関東地区、ビデオリサーチ調べ)と前年から2.1ポイント伸び、「テレビ局が特に注目する13~49歳層の視聴率が、20年のフジテレビのスポーツ中継で圧倒的1位だった」(榊原氏)。
20年の大みそかイベントはRIZINの第一章の締めくくりとしているが、21年の見どころは何か。目玉ともいえるバンタム級グランプリが、21年6月13日の東京ドームを皮切りに、丸善インテックアリーナ大阪とでそれぞれ4試合づつ1回戦が行われ、最終的に大みそかに準決勝・決勝が行われる予定だ。
新型コロナの影響で外国人選手が入国できない苦境だが、逆転の発想で日本のトップファイター16人を集めて日本最強を決めるトーナメントにした。「東京ドームで格闘技が行われるのは14年半ぶり。あの空間で観る迫力と高揚感をファンに味わってもらいたい」と榊原氏は意気込みを語る。東京ドームのメインカードとなる、朝倉未来vs.クレベル・コイケの試合も決まり、盛り上がりは最高潮だ。さらに秋以降にはフェザー級グランプリも予定しているという。



(写真/小西 範和、(c)RIZIN FF)