
「スロードリンク」「ドリンク・スマート」「スマートドリンキング(スマドリ)」といった言葉を聞いたことがあるだろうか? これらは大手ビールメーカー各社が近年、適正飲酒を啓発、推進するために掲げているキャッチフレーズ。スロードリンクはキリン、ドリンク・スマートはサントリー、スマドリはアサヒビールだ。
キリンのスロードリンクは「ゆっくりお酒を楽しむ(人)」の意味で、イッキ飲みなどをして短時間で大量に飲酒する「スピード飲酒」とは対極の、新しい飲み方の提案である。同社の提唱サイトには、「正しいお酒との付き合い方を知ることで、飲む人も飲まない人も、誰もが豊かなひとときを過ごしましょう」という文言がある。なぜ各社、このようなスローガンを掲げて活動しているのか? 国内大手各社はグローバルで以下のような社会的要請を受けて企業活動を迫られている。
1. 世界保健機関(WHO)が非感染性疾患(生活習慣病)による30歳から70歳までの死亡率を2025年までに25%削減する目標を設定し、リスク因子の1つとしてアルコールをやり玉に挙げている。WHOの欧州支部は、コロナ禍において、精神的ストレスが飲酒機会を増やし、飲酒を通じた人との接触が感染拡大要因になるとして酒類の規制強化を提唱した。
2. 2015年に策定された国連のSDGs(持続可能な開発目標)の健康分野でも、「薬物乱用やアルコールの有害な摂取を含む、物質乱用の防止・治療を強化する」と規定されている。
3. 世界の主要酒類メーカーが加盟する国際NPO組織、IARD(責任ある飲酒国際同盟)で、酒類業界が一丸となって有害飲酒削減に取り組む旨、確認している。
企業として利潤追求のみに走れば、タバコ業界のように販売規制をかけられるという危機感から、例えばオランダの大手ビールブランド、ハイネケンは、メディア用予算の10%を「責任ある飲酒」に関するプログラムへの投資に充てている。米国では、開店間もない時間帯にアルコールを値引き販売する「Happy Hour」を一部の州で禁止した他、ノルウェーでは大手年金基金運用会社がアルコール関連企業銘柄をESG投資の対象から外すといった動きもある。
“圧力”は海外からだけではない。国内からも、アルコール度数が高いカクテル・チューハイ類の“ストロング系”飲料に対して、依存症の専門医から危険視する声が上がっている。
キリンシティの「飲み放題パーティープラン」も終了
こうした時代の趨勢を受けて打ち出したのが、スロードリンクをはじめとする各社の適正飲酒スローガンなのだ。キリンは2019年8月からスロードリンクを提唱し、21年3月からグループのビアレストラン「キリンシティ」で、多量の飲酒を招きやすい「飲み放題パーティープラン」を中止したり、21年4月21日からはJリーグ・FC東京所属の森重真人選手が出演するスロードリンクの啓発YouTube動画を配信したりと、取り組みを進めている。
こうした飲酒量の抑制につながる啓発活動を進める一方で、ノンアルコール飲料、特にノンアルコール・ビールテイスト飲料は、期待が持てる市場だ。ビール類(ビール・発泡酒・新ジャンル)の国内市場は、出荷数量ベースで20年は3億5000万ケースを割り込み、09年比72%の水準にまで減少した一方、ノンアルビールは09年比4.3倍増と伸び盛り。「ビール・発泡酒・新ジャンルの年間飲用者約5400万人に対し、ノンアルビールは約1700万人。伸びしろは大きいとみている」(キリンビール マーケティング部ビール類カテゴリー戦略担当ノンアルチーム主務の佐藤洋介氏)
キリンは、「零ICHI(ゼロイチ)」「カラダFREE」「グリーンズフリー」の3本立てで、ノンアルビール市場の成長加速に挑む。ゼロイチは、麦汁ろ過工程で「一番搾り」で採用している製法を採用し、ビールに近い味わいを実現した“本格”訴求。カラダFREEは、「お腹まわりの脂肪を減らす」と明記した機能性表示食品で“健康”訴求。そしてグリーンズフリーは麦やホップなどビールと同じ主原料を用いることで“爽快”さを訴求している。
ノンアルビールを過去1年以上飲んでいない層のうち、3割超が過去には飲んだ経験がある「休眠層」であることを調査から割り出したキリンは、休眠層を1668万人と推定。「おいしくなったら飲んでみたい」と回答した割合(55.6%)と、ノンアル飲料を日常的に飲んでいる人の年間飲用本数(151.7本)、そして単価(100円)を掛け合わせることで、おいしさを実現できれば取り返し得る市場を約1400億円と算定した。
アルコール度数0.00%のノンアルビールを他社に先駆けて09年に商品化したのはキリン「フリー」である一方、今から振り返れば味わいの完成度が十分ではなかったため、休眠層を生み出すことにもなった。ここを21年2月にリニューアル新発売したグリーンズフリーをはじめとするノンアルビール群で取り返しに行くことが、キリンにとって重要テーマというわけである。
CSV(社会との価値共有)先進企業を目指すキリンとしても、「健康」への貢献と「酒類メーカーとしての責任」を果たす取り組みとして、ノンアルコール飲料の強化は不可避なものだ。キリンは21年、ノンアルコール飲料の出荷量を前年比23%増の430万ケースを目標としている。
ノンアルビールを飲まない層向けの飲料は?
酒類メーカーを取り巻く環境と、ビール大手がノンアルビールに期待する背景は見えてきた。一方で、特集第1回で見たように、飲めない人ほどノンアルビールを飲まないことも明らかになっている。
「飲めない人でも飲みたくなるような、酒席で格好がつく適当なドリンクはないか?」……。そんな“飲めない族”の漠然とした要望は、個々の嗜好の差も大きく、最大公約数を形にして大量販売につなげるのは容易ではない。
飲めない人向けというラベリングではなかったものの、プレミアムな清涼飲料にキリンはかつてチャレンジしたことがある。14年11月に「別格」ブランドで、緑茶、コーヒー、生姜炭酸、鉄観音の缶飲料(各375ml)を200円(税抜き希望小売価格)で発売した。中でも生姜炭酸は、飲めない人が求める飲料としてよく例に挙がる「濃いめのジンジャーエール」を体現したような商品で、評価する声も高かったのだが、いずれも早々に終売を迎えた。
もちろん、可能性がないわけではない。「レッドブル」「モンスター」といったエナジードリンクが、「リポビタンD」「アリナミンV」などの栄養ドリンク(滋養強壮剤)とは似て非なる新市場を確立したように、従来のソフトドリンクとは似て非なるノンアルドリンクが成立する可能性はある。飲めない人側も、「こんなドリンクなら酒席で飲みたい」という声を上げていくことが、商品化を後押しするきっかけになるだろう。
第3回では、飲めない人向けのノンアルメニューを飲食店に提案する大手飲料メーカーやノンアル飲料スタートアップの取り組みを追う。