オルタナティブデータの真の価値は、厳密な因果推論に基づく広告効果の予測手法「アップリフトモデリング」を使ってこそ発揮できる。デジタルマーケティングでは常識となりつつあるアップリフトモデリングについての連載後編は、ここ数年デジタル広告の世界で勢力を増してきたアップリフトモデリングについて応用例を交えてお伝えする。(前編はこちら)
<前編はこちら>
マーケティングの世界では属性別に顧客を分類することが重視される。顧客は十把ひとからげに扱うべきではなく、それぞれ効くポイントが違うからだ。男性はシンプルなUIのAmazon.comを好み、女性は絢爛(けんらん)豪華な楽天市場のUIを好むというのはよく知られた話だ。性・年齢、家族構成、所得や学歴などさまざまな属性で切り分け、「消費者理解」を深めることが効果的なマーケティングに欠かせないといわれてきた。
とはいえ、消費者理解アプローチは、膨大なオルタナティブデータの前には無力である。ID-POSやECサイトの購買履歴は品目・タイミング・店舗の掛け合わせであり、数え切れないパターンがある。それら一つひとつを吟味する余裕は人間にはない。こうしたオルタナティブデータは機械学習モデルに食わせることで真価を発揮する。これが「データサイエンス」アプローチだ。機械学習が示す分析結果は往々にして解釈不能だが成果を出す。いわば、機械学習による人智(じんち)を超えたデジタルマーケティングだ。
チラシはどこに配るのが効果的か
オルタナティブデータの1つの利用方法は教師なし学習だ。筆者も参加した研究では購買パターンを使って顧客を分類すれば、属性データがなくても属性別の分類が可能だということが示された(i)。もう1つの利用方法は施策の効果を予測させる教師あり学習だ。この点を詳しく解説したい。
前編で触れたワークマンやテックジャイアントが実施しているA/Bテストは、ある施策の効果を見極めるために使われていた。しかし、その施策が「誰に」有効なのかという点は無視していた。そのため、例えば「クーポンを配れば購入する顧客」と「クーポンを配らなくても購入する顧客」など、顧客の属性によって施策の効果が異なることを踏まえれば、この分析は不十分だ。狙いを定めてクーポン券や広告などのマーケティング資源を集中投下すべき場合、感度の高い顧客や店舗を見極めるべきである。
こうしたシチュエーションで使われるのがアップリフトモデリングだ。アップリフトモデリングは簡単に言えば、ある属性をもつ顧客がある施策を受けたときにどの程度、購買を増加させるかを予測するものだ。
実例を挙げよう。筆者は全国展開するある専門店チェーンの広告配信データを用いて顧客別の広告効果の予測を行った。この実験では、広告に反応して実際に来店するかどうかを目的データとして、広告の配信の有無を介入データとした。属性データには、地価や国勢調査といったオープンデータから、過去の来店頻度、最寄り店舗までの距離といった許諾に基づいて取得した位置情報データなどを用いた。
この結果、属性によって広告効果を予測した場合、実際に広告の効果があるといえるのは4割程度であり、残りは無駄打ちだったということが分かった。また、顧客の勤務地域と店舗の距離を比較すると、広告の効果が高いグループは、広告の効果が低いグループに比べて3割遠いということも分かった。となると、チラシやクーポンを配布する範囲は店舗から近い、いわゆる「商圏」に限ることがセオリーだったが、施策効果に注目すればその常識は覆る可能性がある。
ここで注意していただきたいのは、実際にどの地域から集客できているかをみれば当然店舗から近い地域が最も多いことになるが、「広告を配信することで初めて来店する潜在顧客」は遠い地域にいるということである。これまでのマーケティングによって店舗の商圏内の潜在顧客が掘り尽くされている場合、商圏外を開拓することも検討すべきかもしれない。詳しい内容は公刊された論文(Kawanaka and Moriwaki 2019)をあたっていただきたい(ii)。
実は、上述のような使い方はアップリフトモデリングの本旨ではない。アップリフトモデリングは施策介入効果を予測し、その効果によって意思決定を自動的に行うことにある。
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