せっかく位置情報データなどのオルタナティブデータが手に入っても、目標がはっきりしないマーケティング戦略では求める効果を得られない。オルタナティブデータの真の価値は、厳密な因果推論に基づく効果の予測手法「アップリフトモデリング」を使ってこそ発揮できる。今回は、デジタルマーケティングでは常識となりつつあるアップリフトモデリングについて、サイバーエージェントのリサーチ・サイエンティスト、森脇大輔氏が実例を交えながら解説する。
「データは新しい資源だ!」と世界中が無邪気にデータを欲していた時代はとうに過ぎ、ありとあらゆるデータが手に入る時代になった。テレビをつければ昨日の渋谷駅の人流が先週より増えたとか、スマホを見れば昨夜の睡眠の状態が悪かったとか、以前では考えられなかった情報があふれている。データサイエンティストの仕事の9割は分析そのものではなく分析するデータをつくることだと自嘲していた時代は過ぎ去り、我々は完全にデータに包囲されてしまった。
商品がレジを通過するたびに、製造ラインが1つの部品を組み立てるたびに、サーバーは黙々とデータをためている。何気ないTwitterの投稿も、ブログの書き込みもだ。あなたがいつどこから電車に乗ってどこで降りてどこで買い物をしているのか、スマホを使うたび、ICカードをタッチするたびにデータが蓄積されていく。
あれだけ渇望していたデータがそこにあるのに何をやっていいか分からない。いつの間にか出来上がったデータウエアハウス(データの倉庫、DWH)を前に、突飛(とっぴ)な使いみちと見たこともない成果を期待して目を輝かせる上司と、Kaggle(世界最大の機械学習コンペティションプラットフォーム)で鍛えたデータサイエンス力を使って早く手を動かしたくてたまらない若手の間で、多くのビジネスパーソンが悩んでいるのではないだろうか。
行政機関やIT企業で、“お固い”政府統計からリアルタイムの広告配信データまで、ありとあらゆるデータに向き合ってきた経験から、前編では世の中にあふれるデータの有効な使い方を解説していきたい。後編では、ここ数年デジタル広告の世界で勢力を増してきたアップリフトモデリングについて応用例を交えながらお伝えする。
行動につながらないデータ分析は意味がない
データの分析法として最も簡単かつ強力なのは「比較」だ。購買データならあの店とこの店の販売動向を比べようとか、ECサイトのログデータから、性年齢別のコンバージョン率を調べようといった発想は自然だ。こういった分析は悪くないが、乱用するとおかしなことになってしまう。例えばある店舗の売り上げが悪いときに原因を立地に求めて納得してしまう。女性のコンバージョン率が悪いから、ウェブサイトのデザインを女性向けに改変することを決めてしまう。こういったことはよく行われているのではないだろうか。
前者は、大幅な店舗削減と新規出店を考えているのでない限り、実行できないことに原因を帰着させて改善策を打ち出せない意味のない分析だし、後者は女性向けにデザインを改変したときに何が起こるか厳密に分析しないで意思決定してしまう早とちりの分析である。
ここでぜひ肝に銘じておいてほしいのだが、シンクタンクや証券会社などが行う経済分析や業界研究と、事業会社のビジネスパーソンが施策を判断するために行う分析はまったく異なる。
両者の間で決定的に違うのは、分析対象に対して自分が主体的に関わっているかどうかだ。シンクタンクのアナリストは経済がどうなっていくか、企業の業績が今後どうなっていくのかに関心がある。もちろん、分析の過程で何らかの「政策提言」や「改革案」を思いつくこともあるだろうが、それが取り入れられることはほとんどないし、実際取り入れられて大失敗しても責任は取らない。もちろん、第三者目線の分析の価値はしがらみのない自由な議論にあり、それ自体世の中の発展に不可欠な要素であることは付言しておきたい。
翻って事業会社のビジネスパーソンはどうか。分析を出せば事業部門に事実誤認を詰められ、数字を根拠に改善案を示せば実現性がないとなじられる。実際に改善案が了承されて実行されても、大失敗すれば後ろ指を指されてしまう。
誤解を恐れずに言えば、事業会社の分析者が要求される分析の緻密さは外部の分析者には到底想像できないレベルのものであり、それが故に膨大な現場の知識と正確な分析ツールの選択が求められるのである。だからこそ、雰囲気でデータを使うことのないよう注意を喚起したい。
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