工務店と連携した取り組みから大規模な街づくりまで、野遊びのある暮らし方を多角的な切り口で提案しているのがスノーピークのアーバンアウトドア事業だ。不動産業界の常識を打ち破る、同社の「住」領域への挑戦について聞いた。

アーバンアウトドア事業部の王治菜穂子氏。建築業界を経て、2018年にスノーピークに入社。営業から企画まで、「住」に関する事業全般に携わる(写真/小野さやか)
事業創造本部でアーバンアウトドア事業を担当する王治菜穂子氏。建築業界を経て、2018年にスノーピークに入社。営業から企画まで、「住」に関する事業全般に携わる(写真/小野さやか)
▼前回(第9回)はこちら 「スノーピーク流DX」 5つの取り組み、ゼロから成果を出せたワケ

都会の真ん中でたき火コミュニティーが生まれる

 「すべての人に自由な“野遊び”を。」をコンセプトに、日常の暮らしの中の野遊び空間を提案しているスノーピークのアーバンアウトドア事業。「自然(アウトドア)」と「住まい」を結びつける事業を幅広く展開しており、人口の約93%に当たる非キャンパー層へのアプローチを目的にスタートした。

 現在、事業は大きく2つの軸で展開している。1つは、工務店と連携した取り組みで、工務店内でアウトドア用品などの提供をきっかけにした、野遊びのある暮らしを提案する。もう1つは、街づくりの監修だ。デベロッパーと協業しながら、集合住宅や分譲住宅、分譲地の開発を手掛けている。

 「庭やベランダ、屋上空間を活用した“アウトドアを取り入れた暮らし”という提案は他社でも見かけるようになりましたが、スノーピークでは2015年から取り組みを始めています。ブームになる前から手掛けているという自負はありますが、最大の強みはコミュニティー形成のノウハウを持っているところ」と語るのは、事業創造本部でアーバンアウトドア事業を担当する王治菜穂子氏。住宅の設計や間取り、キャンプ用品の自宅での活用法を提案するのはもちろん、住人同士が野遊びのある暮らしを通じてコミュニティーをつくる仕掛けまで企画できることがスノーピークの強みであるという。具体的な実績を見ていこう。

 19年6月に竣工した「パークタワー晴海(東京都中央区)」は、オリンピック選手村に隣接する約1000戸のタワーマンション。この一部をスノーピークが監修しており、広大な屋外スペースには3カ所のキャンプサイトが用意されている。居住者たちはスノーピークが用意したキャンプ用品一式を無料で自由に使うことができ、マンションの敷地内で好きなときにキャンプができるという試みだ。

写真奥がパークタワー晴海の屋外に創設されたキャンプサイト。居住者は24時間利用が可能
写真奥がパークタワー晴海の屋外に創設されたキャンプサイト。居住者は24時間利用が可能

 「竣工から2年半、週末のキャンプサイトの稼働率は常に100%を超えています」と王治氏。テントの張り方やギアの使い方、キャンプサイトでの過ごし方などを、スノーピークのスタッフが年に4回のシーズンごとにレクチャーしている(コロナ禍では回数を制限して実施)。中でも指導に力を入れているのが火のつけ方、消し方の講習だ。バーベキューはもちろん、防災時に役立つ知識だ。

パークタワー晴海のパーティールームでは、屋内キャンプも可能。飲み会スペースとしても人気を博している
パークタワー晴海のパーティールームでは、屋内キャンプも可能。飲み会スペースとしても人気を博している

 「住民のほとんどはキャンプ経験がない初心者。それでも、誰かがたき火をしていると自然と人が集まり、自発的にLINEを交換してご近所付き合いが生まれています。地方だとこういったコミュニケーションが今でも残っていますが、都会でもご近所付き合いのきっかけづくりができたことはうれしい」(王治氏)

地方の工務店が野遊びのある暮らしを提案

 全国15カ所で手掛ける工務店との取り組みもユニークだ。地元の工務店と契約を結び、スノーピークの特約店としてショップ運営を委託している。スノーピークのアウトドア用品の販売を通じて、住空間の提案をはじめ、自然指向のライフバリュー提案、そしてコミュニティーの形成までを工務店が担うという新しい試みだ。

 「一般的に工務店といえば、家を建てたり、修繕をしたりするときに接点があるのみでしょう。しかし、地元の人々の生活をより豊かにしたいという思いで、幅広い事業を展開している工務店も多い。スノーピークの考える『野遊びのできる家』や『野遊びの拠点開発』に賛同したこれらの工務店で『アーバンアウトドア・ショップ・イン・ショップ』を展開しています」(王治氏)

芝生エリアにスノーピークのテントとタープが設営されている滋賀県の谷口工務店。同社が考える豊かな暮らしを体現した空間になっている
芝生エリアにスノーピークのテントとタープが設営されている滋賀県の木の家専門店 谷口工務店。同社が考える豊かな暮らしを体現した空間になっている

 例えば、滋賀県の竜王町にある木の家専門店 谷口工務店。木造住宅の設計・施工を手掛ける工務店だが、敷地内には広大な芝生広場があり、その周りには本社社屋、家具工場、北欧家具のショールーム、グリーンショップ、そしてスノーピークのアーバンアウトドア・ショップ・イン・ショップが並んでいる。家を建てる予定がない人たちも気軽に訪れ、中央の広場では自由にたき火を楽しめる。週末にはマルシェが開催され、地元の人たちの憩いの場となっている。野遊びを通じてローカルなコミュニティーを形成している事例だ。

 アーバンアウトドア・ショップ・イン・ショップの各店舗には「スノーピークマイスター」と呼ばれるキャンプやアウトドア用品に関する研修を受けたスタッフが常駐している。店頭にはスノーピークが手掛けるファニチャーや住宅にも活用できる商品(アーバンアウトドア用品)が並び、インテリア用品としてだけでなく新築時の導入設備として提案中だ。

ショップ・イン・ショップの内観。ショップ・イン・ショップの契約には、スノーピーク占有売り場の設置やアーバンアウトドア用品の取扱金額などの条件がある
ショップ・イン・ショップの内観。ショップ・イン・ショップの契約には、スノーピーク占有売り場の設置やアーバンアウトドア用品の取扱金額などの条件がある

 「アーバンアウトドア事業の売り上げの構成比では、工務店との取り組みが全体の8割を占めています。ショップ・イン・ショップをきっかけに多くの新規ユーザーを獲得できました。1店舗当たりの売り上げの伸び率も高く、工務店各店へのメリットも大きくなってきています」(王治氏)

 いずれは全国47都道府県に1店舗ずつの展開が理想というが、まずは15地域のショップ・イン・ショップを中心に地盤を固めていく予定だ。

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