「デジタルとフィジカルの融合」を掲げ、コロナ禍以降も見据えたエンターテインメントの進化に取り組むバンダイナムコエンターテインメント(BNE)。イベントにおけるリアルとオンラインの連動や、ゲーム事業、eスポーツ事業について宮河恭夫社長に聞いた前編に続き、後編では「ガンダム」「アイドルマスター」など、同社が誇るIP(知的財産)の強化戦略について掘り下げる。

バンダイナムコエンターテインメントの宮河恭夫社長
バンダイナムコエンターテインメントの宮河恭夫社長

前編はこちら

IPを軸とした組織改革が効果を発揮

――グループ再編で、BNEとバンダイはそれぞれエンターテインメントユニットの事業統括会社として連携して事業を展開することになりました。BNEとバンダイの間での協調も生まれてきています。

宮河恭夫氏(以下、宮河) BNEがデジタルを扱う企業であるのに対し、バンダイはプラモデルなどフィジカルが事業の中心。結果として、デジタルとフィジカルが混然となったプロジェクトが生まれ始め、すごく面白くなってきました。

 また、BNEが出すゲームの新製品・サービスは年間20~30タイトル程度。それを5年間どうやって売っていくかを考えています。これに対し、バンダイが出す新商品は年間1万4500点にも及びます。この企画力と商品化のパワーはすさまじいものがあります。

 文化がこれだけ違う企業が同じグループに属し、同じIPの商品を出している。これが当社の面白さだし、強みです。デジタルとフィジカルがこれほどの規模で共存する企業グループは他にないと思います。組織改編を進めている理由はここにあります。

デジタル、玩具のノウハウを相互に生かす

――違いが大きいだけに、従来は溝も深かったのでしょうか?

宮河 僕はたまたま飛ばされ飛ばされいろんな部署へ行っています。玩具、映像・音楽、ゲームと、グループの事業全ての方面を経験している経営側の人間はおそらく僕しかいません。だから、横串を刺せたわけです。

 21年4月の取締役人事で、BNEの常務を務めた宇田川南欧がBANDAI SPIRITSの社長に就任、僕が「ガンプラ王子」と呼ぶBANDAI SPIRITS取締役の藤原孝史がBNEの常務としてデジタル事業に取り組むことになりました。

 BNEのノウハウをバンダイに生かせればいいし、玩具経験者のノウハウをBNEに活かせればいい。BNEとバンダイがそれぞれの持ち味を生かしてバラバラに動いてもいいし、協調して動いてもいい。どちらの戦略もフレキシブルに取れることが重要だと考えています。

――新たなIPを生み出したときに、ゲーム、映像、玩具を1つのグループ内で同時に立ち上げることもできるのは確かに強いですね。

宮河 他社から版権を借りてきた大ヒット漫画でも、自分たちで作ったオリジナルでも、玩具とゲームを一気に作り、展開できる。特にこれからはデジタルとフィジカルが融合した独自のプロジェクトがどんどん生まれていくと思います。

――BNEの社内組織がIP単位になったことは、バンダイとの協調にも役立っているのでしょうか?

宮河 もちろんです。責任者が何人もいると、会議1つ開くのも大変になる。そこで、組織の構成だけでなく、「機動戦士ガンダム」と、それぞれのIPに関する決定権を(グループ横断で)1人に集約しました。これも、意思決定のスピード感を生んでいます。

 バンダイは扱うIPの数が膨大なのでBNEと同じ手法はとれません。それでもBNE側が変わるだけで、状況は大きく改善した。企業の活動を勝ち負けで語ることは好きではありませんが、生き残っていくためには、ユニークな企業体にするのが最適だと思っています。バンダイは数百円の商品を作り、利益率を少しでも高めるために安い生産地を探して世界の隅々まで自ら分け入っていくようなことを実践しています。

 グループ内の企業がそれぞれ持つまったく違う持ち味を、一丸となって包括的に生かせれば、それが強さにつながると信じています。

「ゲーム屋」から「IP屋」へ変革

――20年は「パックマン」が40周年、「アイドルマスター」が15周年と、アニバーサリーイヤーが重なりました。

宮河 まずパックマンについては、こんなにすごいキャラクターなのにマーチャンダイジングを積極的に広げようという動きが長い間起こらずにいました。ゲーム以外の部分でこの知名度をどう活用すべきかを考えたときに、僕は「パックマンをタレントにしなさい」と社内で延々と口にしていました。

 それが功を奏したのか、日本でもBMWのCMに登場したほか、今は北米や中国、インドなどの地域でもいろいろなコラボレーションが生まれ始めています(関連記事「パックマン40周年 BMWやNBAにも選ばれるキャラを支えるIP戦略」)。

パックマンは2020年に40周年を迎えた
パックマンは2020年に40周年を迎えた

 バンダイで「ガンダム」など、さまざまなキャラクターを扱ってきた僕の経験から言うと、IPを生きながらえさせるためには、デジタルの存在だけで終わってしまってはダメなんです。グッズなどに展開して、リアルに「手に取れる」存在に広げることが大事。

 ガンダムが今も高い人気を維持できているのは「ガンプラ」の影響が大きいと思います。キャラクター性が高いうえにユーザーが自ら組み立てるガンプラは、フィギュアよりも愛着がわきやすい。

 パックマンを題材に、どれだけ形があるものを作れるかということが重要です。手元にパックマンをモチーフにしたグッズがあれば、ユーザーから忘れ去られることはない。この戦略は特に北米と中国で成功し、驚くほどいろんなグッズが出ました。

――パックマンほど世界に受け入れられたゲームはそうそうないですからね。

宮河 確かにないと思います。僕は海外の人がパックマンを好きでいてくれるなら自分の国で生まれたものだと勘違いされても構わないと思っています。米国での人気の高さと歴史を考えたら、皆さんがそう思っていても不思議はありません。

 40周年の盛り上がりを考えたら世界的に高い認知はまだまだ続くのではないかと思うし、マーチャンダイジングはさらに広がっていくでしょう。

 僕が社内の人間に対して「ゲーム屋からIP屋に変わってください」と言っているのはそこ。ゲームを作って満足するのではなく、それをIPとしてどう生かすかを考えるだけで、その後の展開、作品世界の広がり、息の長さが大きく違ってきます。

 こうした考えは僕がバンダイにいてキャラクターを扱っていたからこその部分。BNEでゲームだけしか見ていなかった人には伝わりにくいものがあるかもしれません。

バーチャル世界のものが現実の商品になる

――アイドルマスターも20年は大きな盛り上がりを見せました。

宮河 メーカー側が何を仕掛けるかという話であって、実のところユーザーにとってはアニバーサリーイヤー自体はあまり意味を持たないんですよね。そんな中で、20年に15周年を迎えたアイドルマスターは、次のステップへと進みそうな気がしています。

 キャラクターの生かし方、見方が変わり始めているんです。例えば、20年2月に発売されたマガジンハウスの雑誌「ブルータス」は1冊丸ごとアイドルマスター特集でした。この本で僕がいちばん衝撃を受けたのが、誌面に登場しているゲームのキャラクターが、ルイ・ヴィトンやプラダなど、実在のブランドの実在する商品を身に着けたことです。

 ゲームキャラクターだったものがブルータスという実在の雑誌で実在のブランドの実在の服を身に着けて描かれることで、これまでとは全く異なる意味が生まれます。

「ブルータス」の誌面を示しながら「ゲームキャラクターが実在のブランドの商品を身に着けたことには衝撃を受けた」と話す
「ブルータス」の誌面を示しながら「ゲームキャラクターが実在のブランドの商品を身に着けたことには衝撃を受けた」と話す

――ゲームのキャラクターが人間のモデルと同じ役割を果たしているんですね。

宮河 従来の考え方なら、キャラクターをイメージした実在の女の子がブランド品を身に着けるものになったはず。ところがこれは全く逆の構図で、ブランド品がキャラクターにあわせてイラストに落とし込まれています。

 何よりイメージを大切にするブランド側がこれを許可したことに驚きます。編集部側の働きかけが上手だったこともあるのでしょうが、ゲームキャラクターの存在を一流ブランドが認め始めているということだと思いました。

 もう1つ、アイドルマスターで僕が面白いと思っているのが、「藤原肇×備前焼 竹湯呑」という商品。アイドルマスターに“陶芸家”として登場する藤原肇という女の子がいるんですが、その子の職人気質で芯の強いイメージやアイドル像をイメージして作った湯飲みです。本物の備前焼で価格も税込み1万9800円と結構高いのに、これが瞬く間に売れていくんです。

アイドルマスターに“陶芸家”として登場する藤原肇
アイドルマスターに“陶芸家”として登場する藤原肇
藤原肇をイメージして作った「藤原肇×備前焼 竹湯呑」が人気商品に
藤原肇をイメージして作った「藤原肇×備前焼 竹湯呑」が人気商品に

 キャラクターをフィギュアにしたり、ゲームのロゴやイラストをあしらった商品を作ったりするのが今までの形。こうした湯飲みを出すならば、どこかにキャラクターのイラストをあしらっていたはずです。でもこれはそうじゃない。あくまでも藤原肇という人物をイメージして作った“作品”として銘が入っているだけです。

 ロゴやイラストをあしらう商品はこれからも続けていきますが、ゲームの中、バーチャルな世界で生み出されたものを、現実のアイテムとして商品化する。これはマーチャンダイジングの形として非常に新しいと思います。

 他社のIPですが、『ラブライブ!サンシャイン!!』というゲームに登場する主人公のアイドルグループ「Aqours(アクア)」が静岡県沼津市出身という設定で、沼津とさまざまなコラボレーションを展開しているんです。ゲームキャラクターがまるで実在するかのように扱うことで、沼津という街がどんどん盛り上がっている。

 ブルータスの特集や備前焼の湯飲みには、その沼津市を巡る動きと近いものがあって、キャラクタービジネスの広がりと新しさを感じます。これが僕が言う「次のステップへ進みそう」ということです。

メジャー感と奥の深さを両立すること

――それは15年という積み重ねがあるからこそですね。

宮河 そうなんです。たとえすごくヒットした作品にちなんだものだったとしても、最近出てきたキャラクターがこれをまねしたところで、ここまでの広がりは起こらないと思います。15年がたって機が熟した感じがある。

以前は「IPがメジャーになることが恐かった」という宮河社長
以前は「IPがメジャーになることが恐かった」という宮河社長

――IPの認知が高まってメジャー化したと同時に、ファンの中でキャラクターの実在感が高まったということですよね。

宮河 そうですね。例えばの話だけれど、料理研究家のキャラクターがいたとして、その子が作ったレシピの冷凍食品を出すなどいろいろな広がりが考えられる。

 正直に言うと、僕は一昔前まで自分たちのIPがメジャーになる、つまり陳腐化することが怖いと思っていました。深い世界があることを大事にしたかったんですね。

 でも、最近は考えが変わって、「アイコンとしてのメジャー感」はすごく重要だと考えるようになりました。キャッチーでメジャー感はあっても、知れば知るほど奥の深い世界がちゃんと用意されている。メジャーであることと奥の深さを両立させることが重要なんです。

 本来だったらコロナ禍で激変の年にアニバーサリーイヤーが重なるのはピンチでしかない。それなのに、大事なIPのアニバーサリーイヤーが重なったことを結果的にプラスに転じさせることができたと思います。キャラクタービジネスにしても、イベントビジネスにしても、コロナ禍に入ってからの1年余り、「今までの延長線上ではダメだから」と本当にみんながいろいろなことを考えてくれたからこそと実感しています。

(写真/志田彩香、写真提供/バンダイナムコエンターテインメント、編集/平野亜矢)

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