バンダイナムコエンターテインメント(BNE)は、「デジタルとフィジカルの融合」を掲げ、コロナ禍以降も見据えたエンターテインメントの進化に取り組む。前編では、イベントにおけるリアルとオンラインの連動や、ゲーム事業、eスポーツ事業について宮河恭夫社長に話を聞いた。
――昨年来、コロナ禍が続いていますが、御社の事業への影響はいかがでしょう。
宮河恭夫氏(以下、宮河) イベントの形はかなり変わりましたね。観客を入れないオンラインイベントが増えました。しかも、回を重ねるごとに目を見張るほどクオリティーが上がっていくのが面白かった。「ここまでできるのか」という進化に対する驚きが毎回あります。新たな企画に対し、技術がそれに全力で応える。自画自賛になってしまいますが、どんどん内容が良くなっていくんですよ。
2021年4月3、4日に開催した「THE IDOLM@STER SHINY COLORS 3rdLIVE TOUR PIECE ON PLANET / NAGOYA」は、日本ガイシホール(名古屋市)を会場とした、有観客のライブと、ネットで配信するオンライン配信のハイブリッド構成にしたんですが、それぞれの持ち味が融合して、より面白いものになってきていると実感しました。
5月26日には本社内に「MIRAIKEN studio」をオープンしています。XRやリアルタイムモーションキャプチャー、高画質LEDディスプレーといった先端技術を活用した配信専用スタジオで、ここからバンダイナムコグループとして新しいエンターテインメントを発信していきたいと思っています(関連記事「バンダイナムコが自前スタジオ XRでキャラとアーティストが共演」)。
――オンラインイベントでは、通常配信のほかに配信用のバーチャル会場を用意し、参加者同士の交流やグッズ販売ができるスペースを作るなど、チャレンジもありました。
宮河 本来、ライブってファンにとっては丸1日を楽しめるイベントなんですよ。たいてい開演1時間前には会場に入れますが、開演時間ギリギリに行くのは慣れた人ばかり。早めに行って物販をのぞいたりして、ファンほど会場の雰囲気自体を楽しみにしています。ライブ会場のロビーは、同じものを好きな人が集まる仲間意識が持てる場所なんですね。
オンラインでもそういうわくわく感を持てる場所を作ってほしいとスタッフに強くリクエストしていました。
――当初はただライブの本編を配信するだけでしたよね?
宮河 そこから視聴するだけでなく、オンライン環境でもファン同士がコミュニケーションを図れる仕組みを作ったりしましたが、それでもはじめは棒人間みたいなアバターが動いているだけでした。
それが21年3月7日に開催した「ドラゴンボールゲームスバトルアワー」ではかなり進化しています。これは、ドラゴンボールのコンテンツを集結させた全世界同時配信型イベントでしたが、会場内に設けた「オンラインアリーナ」では、アバターや感情を表すエモート機能などを使って、参加者にリアルな会場にいるかのような雰囲気を味わっていただけるようになりました。
グループの総力でライブを進化
――その進化には参加者のフィードバックも影響しているのでしょうか?
宮河 そこは大きく影響しています。「ロビーで話せてよかった」といった声が聞こえてくれば、技術者は喜ぶし、参加者をもっと喜ばせようとさらにいろいろなアイデアを出すようになります。
一般的なライブだと演出家を中心とした限られた人たちが内容を作り上げていきますが、オンラインのライブはまだ黎明(れいめい)期である分、技術者をはじめとするいろんなスタッフが意見を出し合ってよりよいものを作ろうと頑張っています。企画を練り込む過程はすごく建設的なやりとりが見られましたね。
企画に加わる部署が増えたことで関係者の幅がむちゃくちゃ広がったし、それが好結果に大きく影響しています。
――どんな部署が新たに加わったのでしょうか?
宮河 当社にはバンダイナムコ研究所というグループ会社があります。独自開発のモーションキャプチャーを使い、リアルタイムでCGのキャラクターを操作する「BanaCAST(バナキャスト)」など、エンターテインメントに関わるさまざまな技術を研究・開発する技術者集団です。
このチームが自分たちがこれまで研究してきた技術を持ち寄ってくれたことで、進化が早まりました。必要になったときに、一からシステムを作っていたらおそらく間に合わなかったでしょう。
――バンダイナムコ研究所としても、想定とは違う形で研究を生かすことになったのですか。
宮河 そうだと思いますよ。
イベントについては、リアルなライブと併催するようになって売り上げが戻ってきたものの、オンラインだけになった当初はやはり一時的に落ち込みました。
その落ち込んだ分をカバーするという消極的な考え方ではなく、「新しいものを考えよう」と意気込んだことが、バンダイナムコグループの持つ技術を集結させることにつながった。その発想の転換が良かったのでしょう。
ECサイトの博覧会は動画から即購入
――新しい試みといえば、20年10月16~18日にECサイト「アソビストア」で「ASOBISTORE EXPO」というオンライン博覧会を開催しました。各ゲームタイトルの魅力を伝える映像やバーチャル空間での体験とともに、期間限定のショッピングを楽しむもので、BNEらしい工夫がたくさん見られましたね。
宮河 あのイベントも「ECサイトがオンラインイベントを開催する」というのが発想の起点。最終的には、声優や制作陣が出演する番組などの動画コンテンツも豊富になり、かなり内容の濃いものとなりました。企画が練り込まれていく際の加速感はすさまじかったですね。
新型コロナウイルス感染症のまん延は社会に大きなダメージを与えました。その一方で、常識を変えたり、デジタル化の流れを加速させたりといった肯定的な側面も否定はできないと思っています。
――オンライン飲み会などもそうですが、人と会えない不自由さが工夫を生み出すようなところはあると思います。
宮河 誤解を恐れずに言うなら、新たな文化は抑圧や不自由さがないと、と思っています。安穏と満ち足りた状況からは意外に新しいものはなかなか生まれてこない。
コロナ禍の不自由さのなかで、どれだけ新しいものを見つけられたか。我々のようなデジタルやエンターテインメントの方面ではそこに企業間の大きな差が生まれてきている気がします。
国でなく言語圏で市場を考える重要性
――巣ごもり需要でゲーム業界は全般的に好調でしたが、ゲーム事業はいかがだったでしょう?
宮河 確かに当社も好調でした。この1年で改めて「コンテンツが持つ強さ」に気づかされたところがありますね。
僕は「いいものを出せば長く遊んでもらえる」「クオリティーが低いものは手に取ってもらえない」とずっと社内で説いてきましたが、いまひとつ実感を持って受け入れられていませんでした。ところが、『鉄拳7』や『DARK SOULS III』といった4年も5年も前のタイトルが、このコロナ禍で驚くほどの売り上げを記録した。その一方で伸びなかったタイトルももちろんあります。図らずも僕の言葉が明確に数字で証明されることになりました。
開発陣をはじめ、関わるスタッフにとっても、短期で終わるより数年間にわたって愛されるほうがうれしいのは当然のこと。そうした数字をきちんと示し、関わっている人たちで実感できたことは大きな収穫だったと言えますね。
――コロナ禍で、ダウンロード販売も伸びています。
宮河 もともと海外はダウンロード販売の比率が高かったのですが、日本も含めてその比率が高まりました。これに伴って、僕が特に強く言っているのは、「国別ではなく、言語別でマーケティングを考えてくれ」ということ。
中国語やスペイン語など、英語以外を主言語とする人が米国にどれだけいるか。各言語を話す人が世界のどの地域にどれだけ暮らしているかをマッピングすれば、すごく興味深いものが出来上がります。そこに対してどうマーケティングをしていくかです。
例えば、『鉄拳』の売り上げを見てみると、欧米に対して日本の比率は高くないんです。その一事を見ても、言語別でマーケティングを考えるのは正しいはずです。
――多言語対応が重要性を増してきたわけですね。
宮河 欧米の各国語、2種類の中国語(繁体字、簡体字)は外せません。日本の会社だから日本語も入れていますが、「日本語はいらないんじゃないか?」という冗談が出るくらいです(笑)。実際に国内でヒットしている海外作品には、日本語対応していないものもある。そう考えると冗談ではなくなってきているのかもしれません。
物理的な制約を受けないダウンロード販売の比率が増えたことで、こうした広い地域に受け入れられる施策の重要性は増しました。
発売から時間がたった作品でも売り続けられるし、期間限定のセールで売り上げにテコ入れをすることも簡単です。いろんな意味でダウンロード販売の浸透はゲームマーケットを大きく変えたと言ってもいいと思います。
実際、コロナ禍では欧州と米国でいろいろなプロモーションを立て続けに行ったことで、発売してから時間が経ったタイトルがたくさん売れたんですよ。
――20年は「PlayStation 5」(PS5)や「Xbox Series X|S」の発売など、家庭用ゲーム機に新たな動きがありました。御社からは21年6月24日に新タイトル『スカーレットネクサス』が発売されましたが、今後のゲームについてはどうお考えですか?
宮河 新ハードの普及にはまだ時間がかかると思っていますが、新しいハードに早めに対応しておかないとという思いは強いものがあります。
PS4の販売台数は驚くべきものですし、そのすべてがいきなりPS5に置き換わるわけではありません。それに、PS5の能力を完全に生かしたタイトルが出てくるまでにまだしばらく、2~3年はかかるでしょう。
ここから数年は既存のPS4ユーザーも大事にしつつ、PS5での開発力を上げる努力を続けていくことになるのではないかと思います。
『太鼓の達人』のeスポーツ化とその可能性
――eスポーツの取り組みでは、新たに『太鼓の達人』が加わりましたね。
宮河 当社のeスポーツはこれまで『鉄拳』が中心でしたが、歴史を重ねて先鋭化していった結果、限られた人たちだけの世界になってしまったようなところがあるのは否めません。
それを打破するためにも「もう少し広い視野でeスポーツを捉えることができないか?」と考えたとき、出した答えが『太鼓の達人』でした。このタイトルなら老若男女、誰もが参加できる懐の広さがあります。
eスポーツの良さは身体的、年齢的な制限がフィジカルなスポーツよりもはるかに少ないこと。そのメリットを生かしてもっともっと広がっていく可能性を秘めていると思います。そこに『太鼓の達人』が合致しました。
――eスポーツでは、身体的なハンディキャップを持っていても、同じ大会に参加できる可能性があることがよく話題になります。
宮河 僕は、19年7月に開催された『FORTNITE』の世界大会「Fortnite World Cup」の決勝を、全米オープンテニスが開かれることで知られているニューヨークのアーサー・アッシュ・スタジアムまで見に行ったんですよ。
優勝者に300万ドル(3.3億円)、賞金総額は1億ドル(110億円)という高額賞金ばかりが注目されましたが、僕がすごいと思ったのは参加したプレーヤーの総数が4000万人以上ということ。こんなに裾野が広いスポーツの大会なんてほかに存在しません。
――地域的な偏りもフィジカルなスポーツより少ないかもしれませんね。
宮河 eスポーツ課のスタッフと話していると、『鉄拳』の強い選手が世界のどこにいるか、ほぼすべて把握しているんです。ところが19年の大会ではまったくノーマークだったパキスタン人の王者が誕生して大きな話題となりました。
『鉄拳』は日本よりも海外での売り上げのほうが高いタイトルですが、とはいえそこまで広がりを持ち、かつ浸透していることが分かったのは面白かった。
つまり、eスポーツという競技はそれだけユニバーサルに門戸が開かれているし、可能性を秘めているということ。そういう点でもBNEはeスポーツに注目していきたいと思っています。
――「ドラゴンボール」を題材にしたゲームも、国内はもちろん海外でもeスポーツとして楽しまれています。
宮河 米国でも人気が高いんですよ。だから先に挙げたイベント「ドラゴンボールゲームスバトルアワー」は米国時間に合わせて、日本時間の午前3時から開催しました。
あのイベントでは、3つのゲームの大会を開催したんです。この3つにはコンピューターゲームだけでなく、カードゲームも含まれています。家庭用ゲーム機、スマートフォン、トレーディングカードと、1つのIPを題材にしたゲームでそれぞれに世界大会を開催できるまでにユーザーからの支持を得ているのは、ありがたいことですね。
(写真/志田彩香、写真提供/バンダイナムコエンターテインメント、編集/平野亜矢)