業績が絶好調のカプコン。2020年度は8期連続の営業増益を達成するとともに、営業利益以下全ての利益項目で4期連続の過去最高益となった。その根底にあるのが、ここ数年進めてきたデジタル戦略の成熟だ。過去作の長期期間が実現し、ホリデーシーズンなど時期を見極めて機動的に価格を変えることによって、収益の最大化につなげてきた。次のフェーズとして同社の辻本春弘社長はデジタルを活用したプロモーションの強化に乗り出す。ゲームタイトルの認知から購入に至る流れを、収集したデータで“丸裸”にする考えだ。
最高益支えたデジタル販売と価格戦略
――コロナ禍の影響はいかがでしたか。
辻本春弘社長(以下、辻本) 2020年4月の『バイオハザード RE:3』発売の頃、欧米の店舗は新型コロナウイルス感染症拡大の影響によるロックダウンで、クローズしていました。以前のようにパッケージ比率の高い状態だと不安もあったでしょうが、ここ数年でオンラインによるデジタル販売の比率が高まっていたこともあり、結果として20年度の売上高は953億800万円、営業利益345億9600万円と8期連続の営業増益を達成しました。
『バイオハザード RE:3』もデジタルシフトしていたことで当初の計画を達成することができました。
「バイオハザード」シリーズは、ストーリーの特性上シリーズ作品がまとめて購入される傾向があります。これを見越して、6月のシリーズ最新作『バイオハザード ヴィレッジ』の発表に合わせて過去作のセールを行い、ブランド全体で話題づくりをした結果、過去作の売り上げも好調に推移しました。こちらも、これまで培ってきたデジタル販売の経験が大いに生かされたと考えています。
――巣ごもり需要が高まる中、ゲームは強かったと言われています。
辻本 新型コロナの影響で、自宅で楽しむエンターテインメントが多くの人々に受け入れられ、その1つがゲームであったのは事実です。国を挙げて「外出自粛」ともなれば、影響が出るのは当然でしょう。
しかし、コロナ禍がゲーム業界にとって“特需”なのかと問われれば、そうは思いません。もともとゲームというのは、ユーザーが面白そうと思うタイトルがあれば、購入しプレーしていただけますので、世の中の状況に左右されにくいと考えています。巣ごもり需要による伸びを“特需”と言うのであれば、あくまで一部にとどまるという認識です。
eスポーツもコロナ禍にありながら、「ストリートファイターリーグ」や「CAPCOM Pro Tour」を継続できたことは大きな収穫です。確かにリアルで大会を観戦できれば盛り上がりますが、プレーヤーや観衆の安全が第一であることは他のスポーツ同様です。
21年は10月から企業によるチームオーナー制を取り入れた「ストリートファイターリーグ: Pro-JP 2021」を開催します。このような状況にありながら8社が手を挙げてくださり、カプコンが3年間実施してきたことを評価していただいたと認識しています。オーナー各社にとってもビジネスとしてチームを運営していくことになるので、新しい発展が見込めると期待しています。その先にはeスポーツによる地方活性化への貢献を見据えていますので、これでようやく本格的なスタートが切れたと考えています。
――好業績を支えたデジタル販売の経験、ノウハウの蓄積ですが、具体的にどのように活用されたのでしょうか。
辻本 一つは価格戦略です。近年、カプコンは「バイオハザード」や「モンスターハンター」といったシリーズ作において、間断なくタイトルを発表してきました。そのタイミングで過去作の一時的なセールを行うなど緻密にコントロールしながら販売につなげました。
以前、欧米の「ブラックフライデー(感謝祭翌日の金曜日)」や「サイバーマンデー(感謝祭の翌週の月曜日)」といった19年の年末商戦で価格戦略の効果を確信したと話しましたが、20年はあえて戦略的な値付けを展開することで、さらなるノウハウを得られました(関連記事:「カプコンがデータドリブンを加速 新作なしでも年末商戦は最高益」)。
それはつまり、闇雲に値下げをすればいいというものではないということです。タイトルの売れ行きを随時チェックしながら、セールのタイミングを適切に見計らっていく。上代価格が維持されれば、ライフタイムでの収益の持続と向上につながるからです。言い換えれば、不要な値下げによる「利益の先食い」が防げるわけです。これがデジタルを活用して機動的な価格設定を行えるようになった、大きな利点といえるでしょう。
社内の意識改革も忘れてはなりません。もはや我々は(流通・販売会社への)営業ではなく「小売り」なんだと。毎月のデータを元にビジネスを考え、次の展開につなげていくという点を、20年は特に意識しました。だからこそ、業績を最大化できたのだと思います。
プロモーションのデジタル活用はさらなる加速を
――積極的なデジタルシフトを進めてきた一方で、ひずみなどが生まれたりはしなかったのでしょうか。
辻本 セールスや流通の在り方はデジタルで変わりましたが、デジタルシフトは世の中の趨勢ですから、それによって大きな問題が生じたという認識はありません。ただ、まだ課題点はあります。それはプロモーションです。ビジネスのさまざまなフェーズでデジタル活用が叫ばれていますが、プロモーションでの活用に対して、まだ明確な答えにたどり着けていません。
ですから、21年はデジタルプロモーションを積極的に推進していきます。プロモーションで得られたデータを分析してセールスにつなげ、そのデータをまた次のプロモーション、セールスへ役立てるという循環を作り上げたい。つまりデジタルを活用したマーケティングの一気通貫の流れを確立する。それを21年の大きなテーマとして掲げています。
――これだけデジタル販売で成果を上げながら、プロモーションでまだ納得のいかない点があるのはなぜでしょうか。
辻本 セールスについては、今やどの国でどれだけ売れているかが実数で分かります。一方、Web広告は、使う媒体と費用は明らかになりますが、効果も含め明瞭と言えるのか。どれだけの人がその媒体を見て、そこからどれくらいの人が体験版をダウンロードし、予約や実際の購入につながったかを明確にしたい。先ほどの一気通貫のデジタルマーケティングという考え方を社内に浸透させるには、このプロモーション部分の計数管理ができるかどうかが鍵なのです。
カプコンではオンラインで開催する独自イベント「デジタルショーケース」に加え、プラットフォームホルダーと組んだWebやYouTube、Twitchを活用した情報発信もあります。まずはそこでどれだけの人を集められるか、それが第一歩になるでしょう。
例えば、「バイオハザード」シリーズにおける各タイトルの生涯販売目標を1000万本と仮定、「モンスターハンター」シリーズは2000万本と仮定します。その前提に基づき、まず新作発表した場合、そのプロモーションのリーチが500万人なのか、600万人なのか……ということが1つ目のKPI(重要評価指標)になる。そこから体験版、予約、購入へとつながっていく計数をつかめれば、ショーケースは見てくれるが体験版はプレーしてもらえない、であればその間に何か問題がある、といったことが分かるはずです。
――認知から購入までの経路をはっきりさせるのは、一筋縄ではいきませんね。
辻本 発売後のデータは取れるようになりました。過去作の販売データもあるので、比較すれば新作発売後の動向の水準はつかめます。そこからさらにどんな手を打てば数字を伸ばせるかといった、対策への展開は既に実践しています。今後のテーマはその前段です。突き詰めれば、何のためにプロモーションを行うのかということです。
プロモーションの目的が商品の認知を高めることだとすれば、デジタルの時代はどれだけの人に情報が届いているかが明確に数値化されるべきです。ただし、ショーケースなどへの集客に対して、そこに至る認知経路において有効な媒体や影響力のあるインフルエンサーは、国や地域によって異なってくるでしょう。その見極めや目標設定は各地域に精通した人間に任せますが、そこから先の予約や購入との関連については、全世界で一括して細かく計数を見ていく必要があり、仕組みを確立すべく社内に指示しているところです。
新作と過去作の相乗効果が業績伸張の原動力
――今期(22年3月期)についても、営業利益は20%増、ゲームソフトの販売本数は過去最多の3200万本と高い目標を立てられていますが、どのような戦略で挑むのでしょうか。
辻本 やはりデジタル戦略が中心です。例えば『バイオハザード7 レジデント イービル』の発売は4年前の17年1月ですが、20年に150万本が売れました。ユーザーの購入スタイルがパッケージからデジタル主導に切り替わったことで、過去作が継続して売れるようになったのです。パッケージ販売中心の時代は発売後の半年間が勝負でしたから、この違いは大きい。カプコンとしては新作時点での販売の最大化に加えて、過去作をいかに長く継続販売して、世界の人たちに届けるかといった点にも注力していきます。
タイトルで見れば、21年3月26日に発売したNintendo Switch向けの『モンスターハンターライズ』と、5月7日に発売した『バイオハザード ヴィレッジ』が、今期の売上に大きく貢献してくれるでしょう。また、「バイオハザード」シリーズは過去作が非常に好調という状況です。これらを踏まえれば、おのずと売上高1000億円、営業利益420億円と、9期連続の営業増益ならびに全ての利益項目で5期連続の過去最高益の目標達成は見えてきます。
――以前は新作のリリースが業績に与える影響が大きかった。そう考えると状況はかなり変わりましたね。
辻本 現在では、旧作の販売比率が新作を上回っています。もっとも、前年に発売したタイトルや過去の良質なコンテンツが利益を生むわけですから、毎年安定的に新作タイトルを投入することは、変わらず重要です。
――家庭用ゲーム機やPC向けが勢いを増している一方で、モバイルタイトルについてはどのような取り組みを展開されますか。
辻本 この分野はカプコンにとって課題の1つです。マルチスクリーン、マルチプラットフォーム、そしてクラウドや5Gの時代が来ていることを視野に入れ、また、ゲーム端末としてモバイル機器が最大のボリュームであることを踏まえれば、力を入れて取り組むのは当然でしょう。
「モンスターハンター」や「逆転裁判」シリーズでもアプリ版を展開してきました。これらの事例も踏まえてモバイルでどのようにカプコンのゲームを遊んでもらうのか検討が必要と考えています。
現在はコンシューマーにおいてどの国や地域でどのタイトルをどれくらいの金額で遊んでくれているかといったデータ収集が進んでいます。まずモバイルでゲームを体験し、その後PC、家庭用ゲーム機を購入していただけるという流れを念頭におけば、デジタル戦略においてモバイルを含めた全体像をとらえることが重要になります。
マルチプラットフォーム戦略を掲げていますし、デバイス間の性能の差も縮まっていますから、今後を見据え、21年はその意識を強化していきます。
「ゲーム業界」の存在を発信するTGSの役割
――20年は11月に第三者からの不正アクセス攻撃により、個人情報や社内データが窃取される事案が発生しました。現状について教えていただけますか。
辻本 ランサムウエア(身代金要求ウイルス)に対しては、現在も毅然とした対応を取っています。再発防止に向けては、外部専門家で構成される「セキュリティ監督委員会」を設置し、社内外の知見を集積してセキュリティ環境の一層の改善に努めてきており、十分な体制が構築されたことを専門家に確認いただいています。
今回の件を踏まえ、危機対策や投資の重要性を改めて肝に銘じています。悪意のある外部からのネットワーク攻撃については、今後も「セキュリティ監督委員会」のもと、継続的に改善・強化に努めていきます。
――20年は初のオンライン開催となった東京ゲームショウ(TGS)ですが、今年はどのようなことをお考えでしょうか。
辻本 20年は、新型コロナの影響はあるにせよ、ゲーム業界に携わる人間として、またCESA(コンピュータエンターテインメント協会)の理事として「中止する」という考えはありませんでした。火を消してしまっては業界全体が後ろ向きになりかねません。リアルイベントが無理なら、その状況を逆手にとってフルオンラインによるTGSに挑戦する機会だと捉えました。その経験をもとに、TGS2021は昨年より更に素晴らしい内容にしていきます。
従来のリアル中心のTGSは、来場者数が限界に達していました。体験者数を増やすために、オンラインでの視聴者の獲得をここ数年来課題として挙げてきていましたから、結果論の部分もありますがTGS2020で得た経験は大きいと言えるでしょう。
――オンラインのみだったとは言え、TGS2020では成果が出ました。一方でネットだけなら各社が独自で展開することも可能です。そうなるとTGSそのものの存在が問われたりしないのでしょうか。
辻本 「なぜTGSをやるのか?」という話ですよね。確かにオンラインイベントであれば、各社単独で実施することは可能です。しかし、私が重視しているのは「TGSはゲーム産業、ゲーム業界という存在を世に発信する場である」ということです。
われわれゲーム会社が存在できるのは、ゲーム業界があるからです。その「業界」を認知してもらう一番効果的な方法の1つが展示会です。ですから「TGSは必ずやらなければならない」のです。これだけ毎年のようにイノベーションが起きている業界はそうありません。産業としても、リサーチ会社の予想を上回るほどの成長を年々重ねているのです。ならば業界として、国内外、業界内外に向けて情報を発信するのは当然でしょう。
今回のTGS2021は、コロナの影響を踏まえつつ、オンライン開催を予定していますが、一部限定的に試遊コーナーやブースなどを設け、メディアなどを通してリアルの雰囲気をお伝えする取組も実施予定です。オンラインを組み合わせたハイブリッド形式となりますから、20年よりもまた一歩前進したと言えます。
22年の状況はまだ分かりませんが、入場者数をコントロールしながら、一般の方々にも参加していただけるようなリアルとオンラインが併存するハイブリッド形式を視野に入れています。そうなれば、20年、21年の経験を生かしオンラインの優れた部分も取り込めて、最後のリアルイベントだったTGS2019よりも進化したゲームショウになると思います。置かれた状況に対応しながらTGSは発展し続けますから、どうか期待していただきたいですね。
(写真/稲垣純也、写真提供/カプコン)