2020年度(2021年3月期)通期の予想で、売上高2900億円(前年比11.3%増)、営業利益400億円(前年比21.1%増)と好調なスクウェア・エニックス。コロナ禍による企業経営のかじ取りが未知の領域に入りつつも、在宅勤務制度や開発体制の見直しなどに積極的に取り組む。アフターコロナのゲーム企業の方向性について松田洋祐社長に聞いた。
――コロナ禍の影響がいろいろな場面であったと思います。20年度のこれまでを振り返っていかがですか。
松田洋祐氏(以下、松田氏) 20年度の業績という観点では、コロナ禍の影響は限定的でした。『FINAL FANTASY VII REMAKE』(以下、FFVII REMAKE)は、製造から販売までのルートを確保し、20年4月10日に予定通り発売できたことで、20年度の業績に貢献しました。
『FFVII REMAKE』のように発売直前まで制作が進行していたタイトルよりも、開発途中のタイトルのほうが、コロナ禍のインパクトが大きいと考えており、現段階でもその影響を引きずっている状況です。
「巣ごもり消費」の効果による一過性の要因によって、ゲーム業界全体として売り上げが伸びている印象を持たれがちですが、経済全体を俯瞰(ふかん)した場合、コロナ禍の状況が続くことは健全な状態ではないと思います。コロナ禍による混乱を早期に収束させ、消費と景気が回復していくことを望んでいます。
――第3四半期決算の業績で、過去最高を記録していますが、これは実力ではないと?
松田氏 いえ、そうではありません。通期で営業利益400億円から500億円を安定的に達成できる事業構造の確立に取り組んできた成果が、20年度の第3四半期決算までの業績に表れていると思います。
20年度においては、HD(High Definition)ゲームで『FFVII REMAKE』などの新作だけでなく、すでに発売済みのカタログタイトルも売り上げ好調でした。MMO(多人数参加型オンライン・ロールプレーイング・ゲーム)では拡張パッケージの発売がなかったものの、安定した収益水準を維持できました。さらに、スマートデバイス・PCブラウザーゲームや出版事業も好調に推移しました。
個別タイトルでのパフォーマンスにばらつきはあるものの、全体としては当初の計画通りに推移しています。コロナ禍による巣ごもり消費で好調といった一過性の要因もあるとは思いますが、当社の経営基盤として底堅い収益基盤が確立しつつあることが主な要因であると考えています。
――コロナ禍の影響は軽微だったということですか。
松田氏 20年度の業績においては、コロナ禍の影響は軽微に見えると思います。その要因は、リリース直前まで制作が進行していた『FFVII REMAKE』の発売による収益貢献だけでなく、前期までに開発費の償却が終わっているカタログタイトルの利益貢献の底堅さといったゲームビジネス特有の強さに支えられたことです。
一方で、新作タイトルの開発に関しては、開発のフェーズによって影響の多寡はあります。特に、開発後期のポストプロダクションの段階に差し掛かっている場合、かなりの影響を受けるケースも散見されます。デバッグ(品質管理)やチューニングを含めた業務を、リモートワークで進めるのはなかなか難しいと認識しています。
近年、ゲーム開発は自社単独で完結することが難しくなってきています。例えば、QA(品質保証)の業務を社内だけで完結することはできません。世界中の拠点でQAを実施しており、ある地域のQAチームがコロナ禍の影響で作業を遂行できなくなってしまうと、全体のスケジュールに影響が及びます。
ほかにも、出演する声優がコロナ対策で2カ月間にわたりスタジオに入れなくなった場合は、開発計画全体を再度見直す必要があります。特に、多言語対応しているタイトルだと、どの国や地域において開発の進行が滞るか分からないというリスクを内包しています。
以前であっても、計画通りにゲーム開発を進捗させることはなかなか大変なことなのですが、今回のコロナ禍における突発的な対応が発生しています。この影響が顕在化してくるのは21年度(22年3月期)以降になるのではないかと考えています。20年時点でこうした影響が出そうだと把握していたので、21年度に発売を計画していたHDゲームからスマホゲームに至るまでのラインアップのすべてを見直しました。
――その見直しは終わりましたか。
松田氏 随時実施しています。不規則な対応が発生した際に備え、開発の遅れに対してキャッチアップできるかの確認を常に行っています。
在宅勤務が増えてもリアル本社は残す
――コロナ禍以前の仕事のやり方には戻れないとした場合、企業経営上、考えていることはありますか。
松田氏 20年12月から恒久的な制度として運用し始めた「在宅勤務形態」について少しお話しします。この制度、実はコロナ禍の前から検討していたものでした。弊社の事業拡大に伴ってオフィススペースが足りなくなるなど、勤務地が制約となる問題がどこかで顕在化するのではないかと考えていたのです。
例えば、優秀なエンジニアやクリエイターが、親の介護で東京を離れなければならなくなった場合、在宅勤務が認められていない制度のままでは、会社を辞めるしか選択肢がなくなってしまいます。もし、物理的に会社に出てくる必要がない働き方を選択できるのであれば、このようなケースを避けると同時に、日本国内だけではなく、世界中の優秀なエンジニアやクリエイターを雇用できる可能性もあります。
一方で、実際に顔を合わせて仕事をする重要性も認識しています。ゲーム開発は(人と人がぶつかり合う)コンタクトスポーツだから、(人と触れ合わない)在宅勤務は結構しんどいという意見もあります。当社の中でもさまざまな意見があり、在宅勤務を実現させるのは思いのほか心理的ハードルが高かったのです。
しかし、新型コロナ対策で強制的に在宅勤務せざるを得なくなったことで、そのような心理的ハードルを越えて、「在宅勤務ができるかどうか」ではなく「在宅勤務下でいかに生産性を上げるか」と前向きな捉え方になってきたのは大きな変化であると考えています。
開発のフェーズや、仕事内容によって、完全リモート環境でも十分問題なくできるという認識が共有され始めました。そうすると、そもそも仕事のやり方を変えてみてもよいのではないかというムードが醸成されるようになり、現在運用しているような在宅と出社のハイブリッド型の勤務制度の導入に至りました。こうしたトライによって、今後起こり得る外部環境の変化に強い組織形態を構築できつつあるのではないかと自負しています。
――社内の受け止め方はどうですか。
松田氏 好意的に受け止められる一方で、在宅勤務の課題点も指摘されています。例えば、従業員の疎外感や孤立感を完全に払拭することは難しいと感じています。社員間のコミュニケーションは、ゲーム開発のための創造性発揮に重要な要素です。在宅勤務であっても、これをどう維持・活性化できるかということが、課題だと考えています。
――ハイブリッド体制というのは、オフィス勤務を希望すれば誰でも出社できるのですか。
松田氏 週3日以上在宅勤務が原則の人と、週3日以上オフィス勤務が原則の人とに分けて、毎月見直す方法を採用しています。ゲーム開発のリモートワークは生産性が低いと言われることもありますが、ある意味挑戦だと捉えて取り組んでいます。
将来的には、開発をすべてクラウド上で行えないかと考えています。現状はコスト面で採算が合わないため、今すぐに移行することはありませんが、クラウドのコストは、長い目で見れば必ず下がるでしょう。そうすれば、クラウド環境下でゲーム開発も現実的になるのではないでしょうか。
――ますます、オフィスの在り方も変わってきますね。
松田氏 その可能性は高いと思います。ただ、オフィスがなくなることは絶対にありませんし、なくすべきではないと考えています。組織のシンボルとしてのオフィスや、人が集まる場所としてのオフィスがないと、帰属意識が高まらないでしょう。
――国外のオフィスもきちんと残すのですか。
松田氏 国外の拠点も必要です。ただ、拠点をどこにするかというロケーションの制約はコロナ禍以前とは変わってきていると思います。オフィス賃料が異常に高い都市に固執する必要はなくなるのではないでしょうか。
クラウドゲーム事業に期待を寄せる
――21年3月期の業績を見ると、スマホタイトルが非常に堅調ですね。
松田氏 既存タイトル以外でいうと、新作の『ドラゴンクエストタクト』や『OCTOPATH TRAVELER 大陸の覇者』が収益貢献しました。これに加えて、21年2月にリリースしたばかりの『NieR Re[in]carnation』は、1カ月で1000万ダウンロードを突破する勢いで好調な立ち上がりです。これらのタイトルについては、21年度以降も収益貢献を期待しています。
―― 一方でやはり、アミューズメント施設は厳しかった。
松田氏 休業要請されている期間(20年第1四半期)は厳しい状況でした。しかしながら、最初の緊急事態宣言の解除後においては、比較的早くに業績が回復しました。また、2回目の緊急事態宣言の後も影響はあるものの、最初の緊急事態宣言に比べると、さほど落ち込んでおらず、エンターテインメントの底堅さを感じています。
――グローバルマーケットで見た場合、売り上げ構成など変わった点がありましたか。
松田氏 20年4月に発売した『FF VII REMAKE』の販売面ではデジタル(ネットワーク経由)販売の比率が急速に伸びました。デジタル販売の比率については、海外も含め地域差はあまりないと捉えています。デジタルシフトの動きは、ゲーム業界全般にみられる大きなトレンドだと思います。この傾向は不可逆的で、数年前の状況には戻らないのではないかと考えています。
クラウドゲーム市場についても成長を期待しています。なかなか立ち上がらず苦戦している状況は認識していますが、最終的にはクラウドの時代が来ると思っています。ユーザーにとっては、ゲームを遊ぶ環境が大事です。遅延の発生や、グラフィック解像度が悪いといった課題が解消されない限り、クラウドゲームの普及は進みにくいでしょう。しかしながら、通信環境やサーバー処理が高速になり、現在のクライアント型のゲーム機との体験差がなくなれば、クラウドでゲームをプレーする人の数は増えると信じています。
地域的な広がりがあることも、クラウドゲームに期待している点です。家庭用ゲーム機を販売していない地域でも、クラウド環境であればゲームを配信可能です。従来ならば家庭用ゲーム機でないと遊べないようなハイエンドゲームであっても、クラウド環境で初めて遊ぶという人もきっと出現することになります。若い人を中心にそうした遊び方しか知らない人が増えてくると、クラウドへのシフトが進むことになるでしょう。
――どのくらいのスパンでその変化が起きると考えていますか。
松田氏 あと5~6年はかかるかもしれませんね。DVDやBlu-rayをレンタルして映画を見るのではなく、YouTubeやNetflixで映画を見る人が大多数になってきたのと同じように、いずれクラウド環境で初めてゲームで遊ぶ人が増えてくると思います。今もすでに、スマホでしかゲームをプレーしたことがない若者は多いのではないでしょうか。
そうなると、「ゲームの対価をどのように頂くか」というビジネスモデルも大きな論点となってくるでしょう。ゲーム機を販売して、そのゲーム機向けにコンテンツを開発して販売するというスタイルから、クラウド環境で継続的にゲームをプレーする世の中になると、どのようなビジネスモデルになるのか。ゲームもサブスクリプションモデルによる定額制が行きつく先になるのかもしれませんね。
――21年2月に発表されたインド市場への進出について、見通しはいかがですか?
松田氏 正直まったくまだ分からないです(笑)。ようやく1タイトル目となる『ルド ゼニス(Ludo Zenith)』をリリースしたばかりです。
――インドのJetSynthesys社と共同開発となっていましたが、現地企業とのタッグがベストということですか。
松田氏 そうですね。単純に日本で開発したゲームをローカライズして持ち込んでも、意味がないと思っています。現地法人でゲーム開発して、現地で販売するという体制をつくることが重要だと考えているので、今後も引き続きインド市場での挑戦は続けます。
――アジアの他地域についてはどのように考えていますか。例えば、中国市場はどうでしょう。
松田氏 現在は、中国企業にライセンスするという形態でしかビジネスが成立しません。市場の大きさについては認識していますが、なかなか難しいマーケットであると思います。また、中東や南米などの新興市場への開拓についても、引き続き取り組んでいきます。
――21年、期待している新作タイトルはありますか。
松田氏 発売が延期になっていた『OUTRIDERS(アウトライダーズ)』が21年4月1日発売、4月中には『NieR Replicant ver.1.22474487139...』も発売する予定です。さらには、6月に『FINAL FANTASY VII REMAKE INTERGRADE』も発売予定です。この他のラインアップについても、今後続々と発表できると思いますし、6月にはE3でも発表を予定していますのでご期待ください。
21年においては、コロナ禍の影響がまだまだ出てくるとは思いますが、この状況を前提に、しっかりと開発を進めていきます。ワクチン接種も世界的に進行し、21年内になるのか、はたまた22年となるのかは分かりませんが、コロナ禍による諸問題が収束するという出口は必ずありますので、それを前提に経営を組み立てていきたいと考えています。
(写真/稲垣純也)