東北大学が産業界との新しい連携スタイルを目指し、矢継ぎ早に改革を進めている。「コネクテッドユニバーシティ戦略」を掲げ、大学の伝統的理念である「門戸開放」を新次元に引き上げる。社会価値創造のプラットフォーマーになることで、社会課題を解決するイノベーションエコシステムを創造するのが狙いだ。東北大学の改革責任者青木孝文CDO(チーフ・デジタル・オフィサー)に、イノベーション創出・実現のためのデザインファーム、i.lab(東京・台東)の杉江周平氏と横田幸信氏が、現状や今後の方向などを聞いた。

今回の記事は、「渋谷スクランブルスクエア」(東京・渋谷)にあるインキュベーション施設「SHIBUYA QWS」で開催されたパネルディスカッションを再構成した(写真/丸毛 透)
今回の記事は、「渋谷スクランブルスクエア」(東京・渋谷)にあるインキュベーション施設「SHIBUYA QWS(渋谷キューズ)」で開催されたパネルディスカッションを再構成した(写真/丸毛 透)

杉江周平氏(以下、杉江) 本連載では「イノベーション組織のつくり方」として企業事例を対象としてきましたが、今回は趣向を変えて、東北大学におけるイノベーションの取り組みを取り上げます。大学自体の改革と、企業と一緒に社会を改革するという文脈の2つで、話を進めていきたいと思っております。そこで陣頭指揮を執る東北大学の理事副学長でプロボスト、CDOの青木孝文氏、同オープンイノベーション戦略機構兼共創戦略センター特任教授の石川健氏を、お招きしました。

青木孝文氏(以下、青木) 私はプロボストと言いまして、東北大学の戦略を統括する理事ですが、実はデジタルで改革を進めるCDOでもあります。東北大学では、事務系・技術系スタッフがものすごく頑張っていて、DX(デジタルトランスフォーメーション)に本気で取り組んでいます。そうしたことも含め、先の見通せないVUCA(変動性・不確実性・複雑性・曖昧性)の時代における大学経営の変革、社会価値の創造といったテーマで、お話をしたいと思います。

東北大学の理事・副学長でプロボスト、CDOの青木孝文氏(写真/丸毛 透)
東北大学の青木孝文氏(写真/丸毛 透)

 東北大学には「研究第一」「門戸開放」「実学尊重」の3つの理念があります。「研究第一」は文字通り研究大学ということを日本で初めて打ち出した大学ということ。「門戸開放」は教育を社会に開放してきたということです。実は、東北大学は女子大学生を初めて生み出した大学なんですね。最後の「実学尊重」は社会価値創造に取り組む大学ということです。東北大学の基礎をつくった本多光太郎総長(当時は東北帝国大学)は「産業は学問の道場なり」という言葉を残しています。まさしく「実学尊重」という姿勢です。これは工学系だけではありません。東日本大震災の経験も経て、人文社会系の活動も含む「社会価値創造」こそが大学の使命であると考えています。

画像は青木氏のプレゼンテーションから(画像提供/東北大学)
画像は青木氏のプレゼンテーションから(画像提供/東北大学)

 英首相だったウィンストン・チャーチルは困難な時期を乗り越える際に、「せっかくの危機を無駄にするな」といった言葉を残しているそうです。「ピンチをチャンスに」という意味でしょう。新型コロナウイルス感染症拡大の危機もあり、不透明な時代だからこそ、改革に着手してきました。2018年の大野(英男)総長就任時に、「東北大学ビジョン2030」を打ち出したのですが、新型コロナの危機で大学にも激震が走り、20年7月に、「今こそそれをアップグレードしよう」ということになりました。それが「コネクテッドユニバーシティ戦略」です。リアル×サイバー全方位DXを進め、スピーディーでアジャイルな経営へ転換し、ステークホルダーとの共創を加速しようというプランです。

画像は青木氏のプレゼンテーションから(画像提供/東北大学)
画像は青木氏のプレゼンテーションから(画像提供/東北大学)

スピードが価値を生む

 最も重要なことは、スピードと大胆さが価値であるということ。それこそが日本の大学に欠けていたものではないかと思います。とにかく世界に合わせてスピード感を上げて、判断を速くしていく。そして産業界や社会、世界のステークホルダーと一緒に共創を加速していく。

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