本連載では、方法論としてのデザイン思考をどうやって企業の具体的なイノベーションに結び付けるかを学んでいく。イノベーション戦略を構築するための枠組みとして前回はNCS理論を紹介した。”Nature - Culture - Structure”(特質-文化-構造)の略称で、今回は事例で詳しく解説する。

前回(第7回)はこちら

 NCS理論を土台に戦略を構築する際に重要なのは一貫性です[1]。事例として、レストランやホテル向けの食器洗浄ビジネスで世界ナンバーワンのシェアを持つ独企業、ウィンターハルター・ガストロノムを紹介します[2]

 食器洗浄機が対象とする市場は広く、レストランはもちろん、病院や学校といった公的機関、社員食堂のある企業、ホテルや軍事施設など多岐にわたります。ウィンターハルター・ガストロノムは市場を分析した結果、彼らの世界市場シェアはわずか2%程度と分かりました。

 この結果を踏まえ、彼らは戦略に基づき事業自体を再定義しました。具体的には、ホテルやレストランなど、病院や学校とは違って食事自体がビジネスのコアになっている顧客のみを対象に、事業展開をすることに決めました。そしてウィンターハルターという企業名に「レストラン経営者」を意味する単語である「ガストロノム(Gastronom)」というキーワードを採用し、社名をウィンターハルター・ガストロノム(Winterhalter Gastronom)へ変更しました。

ウィンターハルター・ガストロノムのサイト(https://www.winterhalter.com)
ウィンターハルター・ガストロノムのサイト(https://www.winterhalter.com)

「きれいになった」食器ではなく、「きれいに見える」食器へ

 彼らは単に社名を変更しただけではなく、ヒルトンホテルやマンダリンオリエンタル・ホテルといった彼らの顧客が求めているものへ焦点を当てました。一言でいうと「きれいに見える食器」にすることです。ホテルやレストランが企業や病院内の食堂と違い、食器をきれいにするだけでなく、きれいに「見える」必要がありました。

 水道水にはカルシウムが含まれているため、ワイングラスを洗浄した際に、乾かしたグラスの一部に白い曇りが残ってしまうことがあります。毒や病原菌ではないので、健康上の問題はありません。しかし、ホテルやレストランでこのようなワイングラスを出すことはできません。ワインを飲もうとするお客さまに対して不快な印象を与えるからです。

 そのような業界の特徴を踏まえ、ウィンターハルター・ガストロノムはきれいになった状態よりさらに上の、きれいに見える状態を事業スタンダードに設定しています。具体的には、洗浄機の品質を高めることはもちろん、自社ブランドの洗剤や水質自体を調整する装置の提供、そして24時間いつでも洗浄を代行するサービスの実施です。彼らが対象とする顧客が求めるものを徹底的に約束するために、事業構造全体を刷新しました。現在では、そうしたホテルやレストランを対象とした市場で世界シェアの20%を確保しています。

 ウィンターハルター・ガストロノムの成功事例を、NSC理論の視点で整理します。最初のステップはネイチャー、つまりゲームのルールを理解することです。彼らが事業を展開していた市場では「洗浄」という行為が価値の源泉です。ルール把握の際に重要なのは、「どんな状態からどんな状態に変化すれば点が入るのか」という点です。洗浄という行為は、「食器を汚れた状態からきれいな状態に変えること」で点が入るゲームといえます。このように、ネイチャーがどのようなものなのかを「何を変化させれば得点が入るのか」という視点で理解します。

 次に考えるのは、どのように洗浄をすれば最も高い得点を得られるのかを特定することです。例えば、コストがかからず洗浄できることや、洗浄時間が短くて済むこと、洗浄機の寿命が長いことなどがあるかもしれません。実際にウィンターハルター・ガストロノムが焦点を当てたのは、レストランやホテルでした。この顧客は、既に述べたように物理的に「きれいになった」だけでは満足せず、「きれいに見える」という状態で初めて満足します。

 そして、ここが重要なポイントですが、顧客が求めているものを絶対に提供するという信念が企業には必要です。ネイチャーを正確に理解して最も価値が高い行為を特定しても、会社のカルチャーがその行為を必ずやり遂げると約束できなければ、成果にはつながりません。

 幸い、ウィンターハルター・ガストロノムの場合は1947年の設立当時から洗浄品質にこだわった文化を持つ会社でした。単にきれいにするだけでなく、きれいに見せることにもコミットすることは、会社の信念との親和性が高い行為でした。このように、ネイチャーの視点でゲームの理解をした後に、高い得点が期待できる行為(=価値の高い行為)と会社のカルチャーとの相性を考慮することが重要です。

 そのうえで最後に考えるべき点は、高い得点を獲得し続けるときの障害を特定し、撤去する仕組みを考えることです。なぜなら、顧客が求める内容を提供すると約束したとしても、その約束を果たすストラクチャーがなければ価値を提供できないからです。

 ウィンターハルター・ガストロノムの場合、きれいに見えるためには、単に洗浄機が高性能であるだけでは不十分でした。なぜなら、利用される洗剤の品質が低ければきれいに洗えない可能性が出てくるからです。また、仮に洗剤が高品質であっても、水自体の品質に問題があればきれいに洗うことが難しくなります。そこで、単に洗浄機の品質を高めるだけでなく、きれいに見えることを100%約束するための総合的な洗浄システムを構築することに決めました。

一貫性を維持できなかった日本企業の失敗

 このように、イノベーション戦略を構築する際には、ネイチャー、カルチャー、ストラクチャーの3点を一貫させる発想を持つ必要があります。一貫性が想定できれば、構想を実現化させるためにデザイン思考を活用して具体的な製品やサービス開発を進めます。もちろん、当初の仮説とは違う結果が出てくる可能性もありますが、実行しながら軌道修正することが重要です。

 こんな事例があります。国内を代表する大手技術系企業のある部門では、ネイチャー、カルチャー、ストラクチャーのバランスが取れていないため思うような成果を出せませんでした。具体的には「良い製品であれば、仮に他社の製品であっても紹介するほうが良い」「技術はあくまで顧客ニーズを満たすための手段」というカルチャーが強いグループでした。

 しかし会社全体ではどちらかというと自社技術を前面に押し出しており、新しい技術そのものに価値を置く形で事業開発のストラクチャーが設定されており、AI(人工知能)を使った今までにない新しいビジネスの創造を目標としていました。そして、その部門の貢献対象先である顧客のニーズは、既に普及していて理解が簡単な技術のほうが使いやすい、という部分にありました。

 チーム内における「手段として技術を使うべきだ」というカルチャーは、顧客企業が持っている「技術は簡単なほうがいい」というネイチャーと相性が良さそうですが、社内で設定されている「新技術が入っていなければ提案が通らない」というストラクチャーとかみ合っていません。顧客ニーズを踏まえた事業提案をしても「新技術が入っていない」という理由で否定される状態です。

 デジタル化やグローバル化の波が押し寄せ、変化の早い市場に焦点を合わせるのであれば、新技術を前提とした事業開発は効果的かもしれません。しかし、社内に集まっている人たちのカルチャーや、実際に貢献しようとしている顧客の求めるものが違うのであれば、新技術はこのケースにおいてあまり意味を成しません。本当に新技術を強みとした事業を立ち上げたいならば、組織のカルチャーを変えたり、現在の顧客とは全く異なる新しい顧客を想定したりして事業創造に取り組む必要があります。


参考文献
  • [1] NCS理論は以下の資料を土台に記載しています。
    • Kashino、T. & Sawatani、Y.(2020)The Nature-Culture-Structure Paradigm of How Design Contributes to Sustainable Advantages at the Organizational Level. Strategic Management Society Special Conference: Designing the Future: Strategy, Technology, and Society in the 4th Industrial Revolution, Berkeley, USA, 25-27 March, 2020.

  • [2] 今回のケースは、以下の資料を基に記載しています。
    • Winterhalter, Commercial dishwashers in the total system
    • Simon、H. (2009). Hidden champions of the twenty-first century: The success strategies of unknown world market leaders. Springer Science & Business Media.
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