本連載では、方法論としてのデザイン思考をどうやって企業の具体的なイノベーションに結び付けるかを学んでいく。前回はイノベーションの種類について述べたが、今回は不確実性というイノベーションの本質、イノベーションとオペレーションとの違いについて取り上げる。なぜ、イノベーションの活動がデザイナーの発想法と似ているかが分かるはずだ。

イノベーションの本質は不確実性にあるため、その取り組みが直線的に進むケースはめったにありません。右往左往しながら試行錯誤の中で非直線的に進むことがほとんどです。「非直線的」という表現を、端的に示しているのが次のイメージ図です[1]。
この図はデザインプロセスについて視覚的に表現したものですが、デザインプロセスとイノベーション活動のプロセスは類似しています。イノベーション活動において誰もが経験するプロセスを、デザイナーも経験しています。つまり、(1) 散乱している情報を、(2) 整理して知識に変え、(3)その知識を製品/サービスに変える、となるのです。だから、デザイナーの発想法やデザインプロセスがイノベーションにも有効ではないかとされているのです。
この図をさらに見ていきましょう。図の左側が示すように、最初の段階では全てが混乱段階にあります。なぜなら、事業創造におけるあらゆる要素が全て未確定だからです。アイデアの方向性、理想的な顧客像、アイデアの実装方法、適切な価格や提供チャネルなどが、図の左側と同様にごちゃごちゃしています。仮に丁寧な調査を行い、クリエイティブな企画を思いついたとしても、それで本当に成果が出るのかどうかは誰にも分かりません。チームや事業部の取り組みが、新しい成果の創造に近づいているのか、それとも実は遠ざかっているかも判断がつきにくい状態です。
しかし、デザイン思考のような方法論を活用して試行錯誤を繰り返すと、徐々に不確実な要素が減っていきます。図では中央付近に当たり、混乱が減っていく状況になります。例えば、顧客のニーズについて優先順位を付けることができ、事業コンセプトの候補がある程度絞られていく段階です。
そして明らかになった事業コンセプトの方向性を、目に見える1つの製品/サービスという形で実装・展開していくのが図の右側の状況です。こうなると直線になり、方向性は明確です。
オペレーションとイノベーションの違い
このように、イノベーションの活動プロセスは、明確な点が何もなく、全てが不確実な状態から始まります。紆余曲折(うよきょくせつ)を経て、新しい製品/サービスを市場に投入できたとしても、それが本当に世の中に普及するのかは誰にも分かりません。
例えば、さまざまな業界における新製品開発の成功率を調査した研究結果では、平均値は40%弱となっています[2]。これは、新しい取り組みのうち、2~3回に1度は失敗するのが普通と言い換えることができます。
失敗が前提のイノベーションの活動プロセスの特徴は、運営手順が確立されているオペレーションの性質とは全く異なります。オペレーション業務では、顧客像や提供チャネル、業界の動向や市場の平均価格など、あらゆる点が明確です。そして、組織の規模が大きくなればなるほど、企業の活動のほとんどはオペレーション化していき、そのオペレーションが顧客に価値を提供する基本的な活動になっていきます。
このような背景があるため、特に大企業関係者がイノベーションの活動に取り組む際、成功体験のあるオペレーションの視点でイノベーションの活動をマネジメントしようとする力が働きます。しかし、以下の表が示すように、両者は根本的に異なる原則を持っているため、区別ができていなければ、マネジメントの失敗を招きます[3]。
両者の原則が異なる1つの大きな要因は「再現性」の違いにあります。オペレーションは、同じ内容を、同じ方法で繰り返し実行するようになっています。そして、繰り返せるということは、明日や明後日の行動も、今日の行動と同じように予測できることにつながります。
例えば、1時間で10個の製品を製造できる方法を確立すれば、「80個欲しい」という顧客の注文に対して「明日は8時間稼働できるから、明後日までには納品可能だろう」と予測が成り立ちます。もちろん、ヒューマンエラーや製造機械の故障も考えられるため、そのような失敗や欠陥をいかに排除するかも重要となります。ガイドラインやマニュアルを作成し、計画を順守することで製造工程(プロセス)と製造物(アウトプット)の同一性を保つことが、価値提供につながります。これはサービス業においても同様であり、サービスを提供する流れ(プロセス)とサービス結果(アウトプット)を常に同一水準に保つことで価値提供につながります。
一方、イノベーションの活動は、今までにないものを創り出すことが目標であるため、そもそもどのような条件が整えば成果につながるのか不明確です。再現性は極めて低く、その逆に不確実性が極めて高い状態となります。最終的な結果を「成功する」「失敗する」と予測することは誰にでもできますが、どの程度成功し、どの程度失敗するかという度合いについて、正確なところは誰にも分かりません。
短期視点と長期視点を両立させる
蓋を開けてみないと分からないイノベーションの活動は、投下する時間や資金が全く回収できずに終わるリスクがあるため、常に心理的な抵抗を生み出します。オペレーションの活動は、投下した時間や資金に比例して結果が出ていくため、コントロールも容易です。
しかし多くの企業が気づいているように、短期的にはオペレーションの最適化が企業経営において重要である一方、効率化や最適化には限界があり、他社と似たようなプロセスで似たようなアウトプットを出すだけでは未来が先細りしていきます。長期的な視点に立てば、全く新しいプロダクトやプロセスを生み出す必要性が出てきます。
必要性は理解されつつも、特に上場企業は短期的な収益の向上を株主から要望される傾向があるため、例えば米国の製造業では80%の企業が短期的な活動に焦点を当てがちになっています[4]。長期と短期の視点を両方持ちながらバランスを取ることは難しいにせよ、それぞれの活動に必要な原則を押さえながら活動を推進するマネジメントスタイルの確立は今後、必要になってきます。
[1] Newman,D. The Process of Design Squiggle
[2] Castellion, G., & Markham, S. K. (2013). Perspective: New Product Failure Rates: Influence of Argumentum ad Populum and Self‐Interest. Journal of Product Innovation Management, 30(5), 976-979.
[3] Kashino, T. (2017) Research proposal for Ph.D, Keio University.
[4] Uotila, J.,Maula, M.,Keil, T.,& Zahra, S. A. (2009). Exploration, exploitation, and financial performance: analysis of S&P 500 corporations. Strategic Management Journal, 30(2), 221-231. / Mayer, C. 2013. Firm Commitment: Why the corporation is failing us and how to restore trust in it. Oxford University Press.