本連載では、方法論としてのデザイン思考をどうやって企業の具体的なイノベーションに結び付けるかを学んでいく。今回はイノベーション自体に焦点を当てて考えていく。イノベーションには3つの種類がある。新しい製品を開発するプロダクトイノベーション、今までにないビジネスモデルを生み出すプロセスイノベーション、そしてプロダクトイノベーションとプロセスイノベーションを組み合わせたイノベーションである。

本連載では、新しい価値を創造するためのイノベーション戦略をテーマに、イノベーション実現に関わる人を対象に、関連する知識や理論を紹介しています。前回の記事では、どのような要素が戦略に含まれる必要があるか、戦略がなぜ重要なのかを紹介しました。その目的は、イノベーション戦略を考えるために重要な戦略自体の理解を深めることでした。今回と次回は、イノベーション自体に焦点を当てます。
イノベーション自体は広範囲にわたる現象のため、いろいろな種類が存在します。例えば、新しい技術を土台にした新しいスマートフォンを開発する場合もあれば、既存の技術を活用して新しいアプリを開発する場合もあるでしょう。もしくは、店舗でのみ服を販売していたアパレルショップが、オンライン販売を始めるケースのように、扱う商品は同一で販売方法やビジネスモデルが新しくなる場合もあります。辞書を開けばイノベーションは「新しいものごと」として説明されていますが、業態の違い(製造/サービス)や顧客の種類(一般消費者/企業/政府など)によって、イノベーションの中身や目標も異なります[1]。
今回は、イノベーション戦略を構築するうえで押さえておきたいイノベーション自体の特徴について紹介します。より具体的には以下の3つの点に焦点を当てます。(1)イノベーションが意味するもの、(2)イノベーションとオペレーションの違い、 (3)イノベーションの本質である不確実性、です。
イノベーションにはプロダクトとプロセスがある
まずは、(1)イノベーションが意味するもの、について解説します。世界経済の発展を目的とするOECDが発行しているイノベーションに関するマニュアル(Oslo Manual)では、イノベーションを次のように定義しています[2]。
An innovation is a new or improved product or process (or combination thereof) that differs significantly from the unit’s previous products or processes and that has been made available to potential users (product) or brought into use by the unit (process).
この定義に従えば、イノベーションには3種類があります。「 製品/サービス自体を大幅に新しくするプロダクトイノベーション」 「 製品/サービスを生み出す方法や取り組み方を大幅に新しくするプロセスイノベーション」「プロダクトイノベーションとプロセスイノベーションを組み合わせたイノベーション」です。
米アップルを例にしましょう。iPhoneやiPadが初めて世に出たとき、それらは従来の電子機器とはかなり異なる特徴を持った製品でした。これはプロダクトイノベーションに分類されます。一方、2001年に米国でオープンし、現在は世界各地に500店舗以上展開されるApple Store(アップルストア)も、家電量販店に卸して小売り展開する従来の販売方法とは大幅に異なるという点で、プロセスイノベーションに分類できます[3]。
アップルの成功から学べることの1つは、「私たちは未来を完全には予測できない」ということです。なぜなら、実際にiPhoneやApple Storeが世に出たとき、業界関係者からの評価は芳しくありませんでした。当時の米マイクロソフトのCEO(最高経営責任者)だったスティーブ・バルマーは、「(iPhoneは、それまでの携帯電話と違って)キーボードも付いてないし、高すぎる。魅力的ではない」という趣旨の発言をしています。また、Apple Storeが初めてオープンするときも、米大手メディア「New York Times」は「Apple Storeが失敗する理由」を解説した記事を掲載しました[4]。しかし、iPhoneが開拓したスマートフォン市場は巨大になり、その背景にはApple Storeの存在があることは間違いありません。
アップル創業者のスティーブ・ジョブズでさえもイノベーションの予測に失敗しています。例えば、月額課金制で音楽を無制限に聞ける事業モデルは、アップル自身も「Apple Music」という形で現在、サービスを提供しています。しかし、03年のインタビューでジョブズは、このモデルについて「成功しない」と言っています[5]。今では「Spotify」などは当たり前のサービスですが、ジョブズでさえ未来の予測は難しいのです。
イノベーションの将来を予測するうえで重要な視点とは
関係者であっても未来の予測が難しいのは、変化の激しいテクノロジーを基幹産業とする21世紀のみに当てはまる話ではありません。例えば、20世紀から社会のインフラとして爆発的に普及し、18年時点で世界トップ10社の売上高合計が180兆円を超える自動車産業に着目してみましょう。今から時計の針を100年ほど戻した1900年前後の状況です。
当時、自動車自体は既に存在していました。しかし一般的な交通手段とは言えず、馬車の利用が中心でした。多くの人は自動車に関心がなく、自動車製造という事業に投資しようとする銀行はありませんでした。実際、大量生産方式を考えていた米フォード・モーターに対し、米ミシガン貯蓄銀行は関心を示しませんでした。「馬車は定着しているが、自動車は違う。一時的な流行にすぎない」と、頭取は投資のチャンスを見送りました[6]。その後、自動車が一大産業になったのは、ご承知の通りです。
既に安定的に普及しているものに対しては、どの程度の需要が存在するか予測することができます。しかし「馬車の利用が当たり前(常識)」のときに、将来の自動車の需要はまったく予測ができません。顧客の意見を聞こうにも自動車という市場自体が存在しないため、定量的な調査ができないのです。普及した後で、「当時の銀行はみすみす投資チャンスを見逃した」と言うのは簡単ですが、未来の予測は難しいのです。
逆に、関係者に「間違いなく売れる」と予測されながら失敗に終わった製品が、以前に本連載で紹介した「セグウェイ」です。イノベーションを目指した活動の結果は、予想される100倍になるかもしれませんし、100分の1に終わるかもしれません。イノベーションの歴史から私たちが学べることは「新しい取り組みを正確に予測することは不可能に近い」という点です。
なぜ、そうなのでしょうか。その理由を探るため、次回は(2)イノベーションとオペレーションの違い、(3)イノベーションの本質である不確実性、について解説します。
[1]イノベーションの種類の整理や各イノベーションが企業のパフォーマンスに与える影響に関する論文は次のようなものがあります。
- Damanpour F.、Walker R.M. and Avellaneda C.N. (2009). Combinative Effects of Innovation Types and Organizational Performance: A Longitudinal Study of Service Organizations. Journal of Management studies 46(4)、650-675.
- Gunday G.、Ulusoy G.、Kilic K. and Alpkan L. (2011). Effects of innovation types on firm performance. International Journal of Production Economics 133(2), 662-676.
- Crossan M.M. and Apaydin M. (2010). A Multi-Dimensional Framework of Organizational Innovation: A Systematic Review of the Literature. Journal of Management studies 47(6)、 1154-1191.
[2]Organisation for Economic Co-operation and Development、& Statistical Office of the European Communities. (2018). Oslo Manual 2018: Guidelines for collecting, reporting and using data on innovation. OECD publishing.
[3]Apple Stores Are Boring But They're Still Raking In Cash,
[4]iPhoneやApple Storeが初めて世に出たときの関係者の反応は以下の記事から知ることができます。
- Commentary:Sorry、Steve: Here's Why Apple Stores Won't Work
- To Cash In on a Lifestyle、Apple Hits the Mall
- That Time Steve Ballmer Laughed at the iPhone
[5] Steve Jobs: Rolling Stone's 2003 Interview
[6] Jack Trout and Steve Rivkin (2009). Repositioning: Marketing in an era of Competition、Change and Crisis. McGraw-hill.