本連載では、方法論としてのデザイン思考をどうやって企業の具体的なイノベーションに結び付けるかを学んでいく。今回は戦略の重要性について、前回の内容を踏まえながらさらに考察する。戦略を持たない企業は、上司の場当たり的な感覚だけでプロジェクトの成否を判断しがちなため、財務的損失の発生リスクが高い。

上司の場当たり的な感覚だけでプロジェクトの成否を判断するな(画像)

前回(第3回)はこちら

 前回は、数値目標やビジョン、スローガンは戦略とは呼べないことを解説しました。実際、多くの日本企業ではいまだに戦略が軽視されている可能性があります。

 例えば、米ゼネラル・エレクトリック(GE)が2016年に発行した『GEグローバル・イノベーション・バロメーター 2016』[1]を見ると、「明確なイノベーション戦略があるか?」という質問に「イエス」と答えた企業の割合は日本では38%でした。一方で、インドは86%、米国や中国は80%、ドイツは77%で、世界平均は68%となっています。同調査は各企業でのイノベーション責任者による自己申告の結果で、他国と比較すると日本企業は世界に遅れているようです。

「明確なイノベーション戦略があるか?」という質問に「イエス」と答えた企業の割合。『GEグローバル・イノベーション・バロメーター 2016』より
「明確なイノベーション戦略があるか?」という質問に「イエス」と答えた企業の割合。『GEグローバル・イノベーション・バロメーター 2016』より

 イノベーション戦略がないという企業は、意思決定をやみくもに行うことになるでしょう。直近の市場の動きや場当たり的な上司・役員の感覚だけで、イノベーションプロジェクトの成否が判断されてしまいます。

 実際、ある国内大手メーカーのチームリーダーから、こんな話を聞きました。「2カ月ほどデザイン思考を活用し、新しいコンセプトの製品を社内で提案しました。上司からは『その製品はもうかるのか? 最低でも100億円規模のビジネスでないとだめだ』と言われました。なぜ100億円規模なのかを聞き返しましたが、どうも明確な根拠はなさそうでした」というのです。

 別の大手メーカーのマネジャークラスからの声もあります。「3カ月間、プロジェクトとしてイノベーション活動に取り組んできました。プロトタイプを作ったときの顧客の評価は高く、継続する価値があると思いました。しかしプロジェクトの中間発表で、上司から『この事業はうまくいかないように思う』と言われました。なぜうまくいかないのか、どういう要素を改善すべきなのかフィードバックを求めました。すると『それは君たちで考えなさい』と言われました。自分たちで考えるのは大事だと思いますし、すべてのプロジェクトが成功するわけではないのも分かっています。ただ、会社の方向性が不明確なら、何に集中して成果を出せばいいのか不明確なままです。よい状態とは思えません」

財務的な損失の可能性が高まる

 このように、戦略を持たずに新しい取り組みに着手すると、プロジェクトの推進や中止の判断が極めて杜撰(ずさん)になります。その結果、財務的な損失の発生リスクが2重の意味で高まることになります。1つは、価値あるプロジェクトが誤った判断で中止されて将来の利益を失うケース。もう1つが、撤退基準がないため無駄なプロジェクトが中止されず、必要以上のコストが支払われるケースです。両者は経営戦略論において「オミッションエラー (Omission Error)」 「コミッションエラー (Commision Error)」と呼ばれています[2]

財務的な損失には2種類がある(著者作成)
財務的な損失には2種類がある(著者作成)

持続的なイノベーションを実現するには

 戦略はビジョンを実現するために、手元の有限のリソースをいかに活用するかを示す意思決定基準です。戦略がなければ、事業創造における意思決定が曖昧な形で行われます。その結果、事業の判断とその実行がやみくもに繰り返され、新事業の成功が遠のくだけでなく、2種類の財務的損失を発生させるリスクをも高めます。

戦略を持たない企業には、財務的な損失が発生しやすい(筆者作成)
戦略を持たない企業には、財務的な損失が発生しやすい(筆者作成)

 イノベーションは、既存事業とは異なる形で圧倒的な経済的利益・社会的利益を生み出す取り組みです。もちろん、中には偶然起こるケースもあるかもしれませんが、それでは企業体として常に「いちかばちか」のばくちで事業を生み出すことになります。イノベーションにおける戦略構築の考え方は、チームスポーツでライバルより多くの点を取るための考え方と似ています。

 ゲームのルールを知らない初心者が、まぐれで1点を取ることはあるかもしれませんが、ルールを熟知して戦略的にプレーするライバルを相手に、常に高い得点を取り続けることは不可能です。まずは、ルールを把握したうえで、どんなゲームを展開するのか方向性を設定する必要があります。

 次回は、イノベーションを一定のルールの中で高得点を獲得するゲームと考え、イノベーション自体の特徴について紹介します。具体的には、イノベーションは通常のオペレーション業務と異なる原則が働くこと、不確実性が高いため「リスク」という発想が通用しないことなどを紹介します。

参考文献
  • [1] GE. (2016)、GE Global Innovation Barometer 2016
  • [2] Csaszar、 F.A. (2012)、 Organizational structure as a determinant of performance:Evidence from mutual funds. Strategic management journal 33(6), 611-632.
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