本連載では、方法論としてのデザイン思考をどうやって企業の具体的なイノベーションに結び付けるかを学んでいく。イノベーションは3つの活動単位で分けることができるが、前回のマイクロレベルやメゾレベルに続き、今回はマクロレベルについてセグウェイとドローンの例で解説する。

「セグウェイの失敗」を繰り返さないためにドローンがすべきこと(画像)

前回(第1回)はこちら

 前回は、イノベーションをマイクロレベルやメゾレベル、マクロレベルの3つの活動単位で分け、そのうちのマイクロレベルやメゾレベルについて解説しました。これら2つのレベルは企業組織の内部に目を向けていますが、今回のマクロレベルは、(1)企業組織が所属する業界の特性や動向、(2)その業界をとりまく社会動態の理解、などを対象にしています。

 例えば、自社が所属している業界内における現在の支配的な技術や、将来的に主力となるような技術動向はイノベーションを実現するうえで重要になります。実際の例で考えてみましょう。

 2018年に、米アマゾン・ドット・コムの関連会社であるAmazon Technologiesは、ドローンでの荷物配送に関する特許を取得しました[1]。この特許は、ドローンに手を振ると、そのジェスチャーを知覚して手を振った人の元へドローンが下りる(荷物が届く)という技術です。

 アマゾンの主力事業の1つは、テクノロジーを活用した世界トップレベルの物流サービスのため、将来的に物流業界における「ドローン配送」は主流の選択肢になるかもしれません。仮にそうならば、物流業界で高い業績を上げるためには、ドローン技術に詳しい人材を積極的に採用したり、社内外のリソースを活用してドローンに関連する製品・サービスを新しく開発したりする必要が出てきます。

Amazon Technologiesは、ドローンでの荷物配送に関する特許を取得している(米国特許商標庁のサイトより)
Amazon Technologiesは、ドローンでの荷物配送に関する特許を取得している(米国特許商標庁のサイトより)

 しかし、単に新しい技術があるからといって、実際にその製品・サービスが新たに普及し、イノベーションと認知されるかどうかまでは保証できません。なぜなら、その業界の主要顧客が新しい製品・サービスに価値を見いだす必要があるからです。

 一見当たり前のことに思えますが、失敗例は意外と多いのです。例えば自動二輪車のセグウェイという製品が挙げられます。セグウェイにはジャイロセンサーが付いており、行きたい方向へ体を傾けるとそちらのほうに進んでくれます。自転車や徒歩に変わる移動手段だということで発売前から注目を集めました。

 スティーブ・ジョブズも「これはマッキントッシュ(Appleの初代パソコン)の発明以来のすごいものだ」と述べ、投資家も資金提供に殺到した製品でした。セグウェイを発明したディーン・ケーメンは「1週間に1万台売れる」と予測しており、計算上は5年間で260万台ほど売れるはずでした[2]

 しかし、実際ふたを開けてみるとジョブズの大絶賛やケーメンの豪語もむなしく、5年間の販売実績は予想の100分の1程度、2万4000台でした。優れた技術があっても、対象となる人たちが使いたいと思わなければ、価値を提供することはできません。

 ドローン配送に話を戻すと、このサービスはまだ提供開始前の状態であるため、実際にどの程度顧客が価値を感じるのかについては未知数です。また、仮に新しい価値を顧客に提供できることが明らかであっても、イノベーションで成果を出すにはもう1段階上の視点が必要です。それが、事業に関連する社会動向や社会認知です。

社会の制度や認識に左右されることも

 社会動向や社会認知を理解するためには、2つの側面が重要となります。1つが法律のように明文化された公式な社会制度であり、もう1つが地域の慣習や規範といった明文化されていない社会認識です[3]

 仮に物流業界に所属する会社が「これからはドローンをメインにしたい」と考えていても、ある国における航空法がドローン配送に対応していなければ、法改正が必要になります。日本ではドローンを意識した航空法の改正が15年や19年に行われており、千葉市や福岡市ではより具体的にドローン配送に関する実証実験が行われています[4]

 これはドローン配送の価値を各自治体が感じているからできることです。逆に言えば、事業展開をしようとしている国や自治体などが「ドローンは社会インフラとして価値がある」と判断しない限り、法律や条例がドローン飛行や配送に対応しません。ドローンを利用する事業自体が違法となってしまいます。

 このような法律などの公式な社会制度の視点もイノベーション実現のためには重要ですが、法律が整っていたとしても、その地域や国に住んでいる人がドローン飛行を安全性など何らかの理由で快く思っていなければ、ドローン事業を無理に推進することは企業イメージの低下につながる危険性が出てきます。

ドローンの危険性が指摘されることもある(https://spectrum.ieee.org/のサイトより)
ドローンの危険性が指摘されることもある(https://spectrum.ieee.org/のサイトより)

 例えばスイスでは19年5月に病院間での医療サンプル配送中に重さ10キログラムのドローンが墜落し、運営元の国営郵便はサービス自体を無期限中止しました。幸いなことにこの墜落事故で人的被害はありませんでしたが、ドローンが墜落した場所から45メートル先には幼稚園もありました[5]。このようなケースが発生すれば、当然ながら「10キログラムの塊(かたまり)が園児の頭上に落ちる危険性」を不安に感じる保護者や地域住民は多いでしょう。

 スイスに限らず、飛行ルートを法的に整備することとは別次元で、ドローン飛行への反対意思が顧客とは異なる第三者(地域住民など)から表明される可能性は十分あります。そうなると、たとえ顧客がドローンサービスを熱望していても、事業推進自体に大きな社会的リスクが伴うことになります。

 マイクロレベルやメゾレベル、マクロレベルの3つのレベルが示すように、イノベーションに取り組んで成果を上げるためには、いろいろな視点で新事業に取り組む必要があります。

 連載「デザイン思考ベーシック」で紹介したデザイン思考という方法論は、そのうちの1つのレイヤー、主にマイクロレベルに焦点を当てたものでした。このレベルでは、まずは小さい実践や実験を繰り返しながら、少しずつ成果を上げていくことが重要です。

 一方でメゾレベルに目を向けると、デザイン思考の活用対象が活用的イノベーションなのか、それとも探索的イノベーションなのか、アウトプット目標をあらかじめ想定しておく必要があります。また、マクロレベルで自社のイノベーション事業を捉えると、その事業はどれくらい業界のスタンダードを踏襲/逸脱しようとしているのか、事業展開を想定している地域や社会関係者がどのような反応をするのかも論点となります。

 次回からは、メゾレベルやマクロレベルの視点を土台に、横断的な発想で成果を上げるイノベーション戦略について取り上げます。具体的には、社会や業界の特徴も踏まえた意思決定基準を構築したうえで、企業の内部環境として重要な組織文化と組織構造について取り上げます。そのうえで、3つの視点を統合したフレームワークや戦略構築プロセスなどを紹介します。


参考文献一覧
  • [1] 詳細は以下の米国特許商標庁(United States Patent and Trademark Office, USPTO)サイトにある特許詳細より(https://pdfpiw.uspto.gov/.piw?Docid=09921579

  • [2]
    • Schwartz, E. I. (2004). Juice: the creative fuel that drives today's world-class inventors. Harvard Business Press. (翻訳版:『発明家に学ぶ発想戦略』、翔泳社、 2013)
    • Schneider, J., & Hall, J. (2011)、 "Why Most Product Launches Fail," Harvard Business Review, (April). (翻訳版:「新製品が失敗する5つの理由」『ダイヤモンドハーバード・ビジネス・レビュー』ダイヤモンド社、 36(7)、142-147.)

  • [3] North, D. C. (1991). Institutions. Journal of economic perspectives, 5(1)、 97-112.を土台に整理しています。

  • [4] 消費者問題アラカルト ドローンと法規制 寺田 麻佑

  • [5] IEEE Spectrum : Swiss Post Suspends Drone Delivery Service After Second Crash By Evan Ackerman
関連連載:デザイン思考ベーシック