本連載では、方法論としてのデザイン思考をどうやって企業の具体的なイノベーションに結び付けるかを学んでいく。まずはイノベーションとは何かを理解するため、統合的な視点について解説する。イノベーションといっても3つの活動単位で分けることができ、それぞれに課題がある。

方法論のデザイン思考を企業のイノベーション戦略に高めるには(画像)

 本連載の目的は、新規事業やイノベーション活動に取り組む読者の方へ、新しい価値を創造するために必要な「視点」を提供することです。これまでに連載してきた「デザイン思考ベーシック」では、イノベーションを生みだす方法論としてデザイン思考を取り上げました。デザイン思考の活用によって、イノベーションを実現させるうえで必要な知識の獲得や、それによってコンセプトをつくれることがお分かりいただけたと思います。

関連連載:デザイン思考ベーシック

 一方で、デザイン思考の活用には限界もあります。なぜなら、デザイン思考は主にチームレベルや事業部単位での活動を円滑にする方法論だからです。プロジェクトで見ると個人やチームで推進されることが多いのですが、企業がイノベーションを実現するには事業部の戦略や組織全体の文化・構造といった、より広い視点で社内の環境を理解することも重要です。さらに、その企業が所属する業界の動向や関連する地域・社会を含む社外の視点も欠かせません[0]

 そこで「デザイン思考プロフェッショナル」では、デザイン思考を活用する際に意識したい組織の内部環境と外部環境の両方を視野に入れ、より包括的な視点で新しい価値を創造するための「イノベーション戦略」について取り上げます。具体的には、(1)イノベーションにおける3つの活動単位とそれぞれの課題、(2)異なる活動単位を統合したイノベーション戦略の重要性、(3)イノベーション戦略の構築とその運用について言及します。

 まず今回から数回に分けて、(1)イノベーションにおける3つの活動単位とそれぞれの課題を解説します[1]。活動単位の1つ目が「マイクロレベル」です。内部環境の中でも特定の事業部内で形成されるチーム活動や、チームメンバー個人のスキルなどに関する領域です。デザイン思考は主に、このマイクロレベルでの活動が焦点となっています。2つ目はマイクロレベルよりも上位で、事業部や組織全体の目標や戦略を含む領域の「メゾレベル」です。3つ目が「マクロレベル」、外部環境である社会構造や特定の産業界の特徴を示す領域になります。

イノベーションにおける3つの活動単位(筆者作成)
イノベーションにおける3つの活動単位(筆者作成)

 デザイン思考の活用で、最も直接的に言及されるのがマイクロレベルです。このレベルでは、個人やチームという単位でイノベーション活動の円滑化を考えます。

 例えば、新規事業の開発チームを結成する場合に「リーダーとして適任なのは、どんな技術や経験があって、どんな社内外のネットワークを持っている人物か」と考えることは重要です。過去の研究結果でも、米アマゾン創業者であるジェフ・ベゾスなどのイノベーターは、平均的な業績を出している経営者よりも、現状を批判的に問いかける質問スキルや、異なる業界からの知見を取り入れる社外ネットワークが充実している傾向があると分かっています[2]

 また、そのリーダーを含むチーム全体の多様性がどの程度高いのか、チームメンバー全体がどの程度開発目標を適切に理解しているか、といった観点も同じく重要です。ただし、チームの多様性を高めると平均値よりも高いパフォーマンスが期待できますが、アウトプットの質にバラつきが出るためパフォーマンスが安定しないという側面があります[3]

 仮に多様性が低いチームの目標達成率が常に80%だとしたら、多様性が高いチームは時に120%だったりしますが、40%だったりすることもあります。どの程度リスクを取れる新規事業かによって、どのようなチームを構成するかも考える必要があります。

活用的と探索的をバランスよく進める

 マイクロレベルが個人やチーム単位だとすると、メゾレベルは事業部単位や組織単位でイノベーション活動を捉えます。このレベルにおける重要な視点として、「活用的イノベーション」(Exploitative Innovation)と「探索的イノベーション」(Exploratory Innovation) の2つがあります[4]

 活用的イノベーションとは、その企業で過去に成功例のある製品/サービスに関する技術や知識を応用、もしくは再利用して生み出されるイノベーションを指します。基本的には、既に市場が存在しているところへ新しいものを投入するため、どのような方向性で製品/サービスを開発していけばいいか事前に分かっている状態です。例えば米アップルが、新しいカメラ機能をiPhoneに付加し、モデルチェンジとしてスマートフォン市場に新製品を投入するケースなどです。カメラで撮影した画像が今まで以上に鮮明になるなど、新しい技術を備えたスマホは大きな魅力ですが、従来の延長でしかありません。

 探索的イノベーションとは、その企業においてまだ成功例がない知識や技術を利用してイノベーションに取り組む場合を指します。この場合、大規模な市場が存在していないケースが多く、どのような方向性で製品/サービスを開発していけば成果が出るのか、どの企業も手探りの状態です。

 同じくアップルを例にとると、2007年6月29日に米国で発売した初代iPhone(以下iPhone 2G)がそれに該当します。iPhone 2Gのリリース前から既に米IBMやフィンランドのノキアなど各企業が、今でいうスマホのような製品を販売していました。しかし、iPhone 2Gリリース前年の06年における先進国のスマホの世帯所有率は、高くても3%程度でした。

 スマホという言葉自体も未定着であったため「最低限この機能が必要だ」という業界としての基準も未確立です。企業によってはフルキーボード仕様にしてみたりタッチペンを付けてみたりと、さまざまな試行錯誤がありました。

 一方、スマホの19年版データを見ると米国の所有率は80%台になっており、このような状態ならどのようなスマホを開発すればいいのか、正解はないにしてもある程度の方向性は見えてきます。

 活用的イノベーションは既に明らかになっている大事な領域を、縦に深く掘り下げる取り組みです。一方の探索的イノベーションは、領域を横に広げながら誰も気がついていない新しい機会を見いだす取り組みです。比較すると、活用的イノベーションのほうが開発リスクは低い一方、他社も同じ領域にリソースを投下しているため販売競争が激化しやすくなります。探索的イノベーションは、うまくいけば一人勝ちの状態を作りだせる可能性がありますが、販売後に思ったほどニーズがないと分かり、開発費用すら回収できないリスクが存在します。

 このように、活用的イノベーションと探索的イノベーションは、どちらが良いというものではなく、組織全体として両者をバランスよく追求することが重要です。このことを経営学の世界では「両利きの経営」と呼んでいます[5]。これまでの研究結果でも、アップルのように探索的イノベーション(初代iPhoneやiPad、AppleWatchなど)と活用的イノベーション(iPhoneやiPadのモデルチェンジ)の両方をバランスよく実行できている企業は、そうでない企業に比べて高い業績を出していることが明らかになっています[6]

 しかしバランスを取ることは簡単でなく、多くの企業が活用的イノベーションに傾きがちです。例えば、塗装業界と写真業界で事業運営をしている計50社の特許関連データを20年にわたって調べた研究では、ISO 9000(品質マネジメントシステム)のプロセスに基づく事業運営は、探索的イノベーションを阻害し、活用的イノベーションに偏ってしまう傾向があることが分かりました[7]。品質管理は重要ですが、あまりにも既存のオペレーションを重視した枠組みを重視すると、それとは異なるイノベーティブな取り組みが難しくなるというわけです。

 次回は、組織の外部領域を対象とするマクロレベルについて解説します。


参考文献一覧
  • [0] 従来の戦略論では、企業活動を外部環境から分析するのか、内部環境から分析するのかという大きく分けて2つの観点が存在します。
    • Teece, D. J., Pisano, G., & Shuen, A. (1997). Dynamic capabilities and strategic management. Strategic management journal, 18(7), 509-533.

  • [1] 企業活動の分析単位はさまざまな形で言及されており、ここでは主にGupta et al. (2007)の分類を主な参考としながら記述しています。その他の文献も併せて掲載しておきます。
    • Foss, N. J., Husted, K., & Michailova, S. (2010). Governing knowledge sharing in organizations: Levels of analysis, governance mechanisms, and research directions. Journal of Management studies, 47(3), 455-482.
    • Gupta, A. K., Tesluk, P. E., & Taylor, M. S. (2007). Innovation at and across multiple levels of analysis. Organization Science, 18(6), 885-897.
    • Meyer, A. D., Gaba, V., & Colwell, K. A. (2005). Organizing far from equilibrium: Nonlinear change in organizational fields. Organization Science, 16(5), 456-473.

  • [2] Dyer, J. H., Gregersen, H. B., & Christensen, C. (2008). Entrepreneur behaviors, opportunity recognition, and the origins of innovative ventures. Strategic Entrepreneurship Journal, 2(4), 317-338.

  • [3] Taylor, A., & Greve, H. R. (2006). Superman or the fantastic four? Knowledge combination and experience in innovative teams. Academy of Management Journal, 49(4), 723-740.

  • [4][7] Benner, M. J., & Tushman, M. (2002). Process management and technological innovation: A longitudinal study of the photography and paint industries. Administrative Science Quarterly, 47(4), 676-707.

  • [5] 関連論文は多数出版されていますが、以下の2本は概要を把握するのにお薦めです。
    • Gupta, A. K., Smith, K. G., & Shalley, C. E. (2006). The interplay between exploration and exploitation. Academy of Management Journal, 49(4), 693-706.
    • O'Reilly III, C. A., & Tushman, M. L. (2013). Organizational ambidexterity: Past, present, and future. Academy of Management Perspectives, 27(4), 324-338.

  • [6] Katila, R., & Ahuja, G. (2002). Something old, something new: A longitudinal study of search behavior and new product introduction. Academy of Management Journal, 45(6), 1183-1194.
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