ヘアピンのように髪の毛に装着し、振動と光によって音の特徴をユーザーに伝える新しいデバイス「Ontenna」の開発者である富士通の本多達也氏は、「夢を実現させるためには、周りの“共感”を生み出すことが大切」という。多くの人々を巻き込み、動かすための「共感」を生み出すヒントを紹介する連載の第2回は、「ビジョンを語る」ことの重要性について。

(イラスト/Han Yun Liang)
(イラスト/Han Yun Liang)

 前回の記事では、「熱量を共有する」ということについてお話ししました。熱量が人を巻き込み、プロジェクトを前に進め、やがて「共感」を生み出すことができるという内容です。この共感をさらに大きく共振させ、共感の輪を広げるためのコツがあります。それは、「ビジョンを語る」ということです。

 私が考える「ビジョンを語る」とは、自分が描きたい未来を言語化し、相手に伝わりやすいように翻訳するという行為です。なるべく短い言葉で、簡潔に、何をしたいかを一言で表します。私の場合は、「世界中のろう者にOntennaを届ける」といったシンプルなものですが、これまでに何度も何度もこの言葉を言い続け、現在もこのビジョン実現に向けて常に発信し続けています。

 ビジョンを語ることの大切さを実感した体験があります。それが、富士通に入社してから5カ月後の2016年5月に行われた富士通フォーラムというイベントでした。

「Ontenna」は、振動と光によって音の特徴を体で感じるアクセサリー型の装置。髪の毛や耳たぶ、えり元やそで口などに付けて使う。特徴は、音の大きさを振動と光の強さにリアルタイムに変換し、リズムやパターン、大きさといった音の特徴をユーザ-に伝達できること。さらに、コントローラーを使うと複数のOntennaを同時に制御でき、ユーザーごとに任意にリズムを伝えることも可能。

 入社間もない私に課せられた課題は、2日間で2万人以上の来場者がある富士通最大のイベントで、Ontennaを最大限アピールすること。初めての大規模な展示会への出展で何をどのように表現するか……。いろいろ悩んだ結果、「世界中のろう者にOntenna を届ける」というビジョンにフォーカスすることにしました。1つだけでもいいから、来場者の記憶に残るように伝えようと考えたのです。結果は大成功。国内外のテレビ・ラジオ・Webメディアに30件以上取り上げられ、Ontenna関連記事は1万以上のいいね! を獲得しました。

国内はもちろん、海外のさまざまなメディアでもOntennaは紹介された。左はスペインの日刊紙EL MUNDOのWebサイト(https://www.elmundo.es/)、右は米国の電子部品メーカーAdafruit IndustriesのWebサイト(https://blog.adafruit.com/)
国内はもちろん、海外のさまざまなメディアでもOntennaは紹介された。左はスペインの日刊紙EL MUNDOのWebサイト(https://www.elmundo.es/)、右は米国の電子部品メーカーAdafruit IndustriesのWebサイト(https://blog.adafruit.com/)

 そんな共感を生み出すことにつながる「ビジョンを語る」大切さについて、今回は入社してから5カ月目までの体験を振り返りながらお伝えできたらと思います。

たった1人からのスタート

 15年4月に新卒でユーザーインターフェース(UI)デザイナーとして入社した大手メーカー企業を、私は8カ月で退職。その後、「世界中のろう者にOntennaを届ける」というビジョンの下、16年1月に富士通に入社。Ontennaのプロジェクトをスタートすることになりました。

 私を拾ってくれた阪井洋之常務(当時)から入社の際に言われた条件は、2つ。「5月にある富士通フォーラムに出展すること」と、「プロジェクトの予算は1000万円。その中で最大のパフォーマンスを出すこと」。富士通フォーラムは年に1度行われる富士通最大のイベントで、社内外の人たちに技術力や今後の会社の方針をアピールする大舞台。お客様、パートナー、政界関係者、メディアなど数多くの人たちが参加します。

 その富士通フォーラムにおいて、限られた時間と予算の中で成果を上げることができたのは、Ontennaの技術をアピールするわけでもなく、デザインをアピールするわけでもなく、「ビジョン」をアピールすることに注力したからです。ビジョンを語っていくことは、仲間づくりやプロダクトの形づくり、機能設計などにおいても助けとなってくれました。

 ビジョンを語ることは、自分の価値観の共有であり、共感してくれる仲間を集めるために重要です。プロジェクトを進めるうえで最も大切なことは、ビジョンの設定。そして、ビジョンの達成に向けて仲間の個性を最大限に生かすことがマネジメントだと肌で実感することができました。

富士通フォーラムに出展したときの模様(2016年)。その後、Ontennaは4年間、富士通フォーラムに出展し続けている
富士通フォーラムに出展したときの模様(2016年)。その後、Ontennaは4年間、富士通フォーラムに出展し続けている

 富士通フォーラムへの出展に向けて、私が最初に行ったのは仲間づくりです。Ontennaのプロトタイプを作ってくれる仲間を探すことから始めました。入社した時点では、チームはたった1人。当たり前ですが、社内の人たちはOntennaのことを全く知りません。そこで、まずはOntennaプロジェクトについて伝える必要がありました。

 富士通のハード関連部署や研究所、グループ会社にはプロトタイプを製作するチームが幾つかあり、手当たり次第に声をかけては協力をお願いするという作業を、2カ月間ほど続けました。しかし、なかなか協力してくれそうな部署が見つかりません。決められた予算の中で、これまで富士通が手掛けたプロダクトの形態とは異なる製品をプロトタイプするとなると、なかなか手を上げてくれるチームがありませんでした。

 Ontennaの開発経緯から、プロトタイプを製作してくれるチームを探していることについて、毎回、同じ説明をするたびに、大企業の中で小さくスピード感ある動きをすること自体がそもそも難しいのではないのかと、心が折れそうになりました。

 そんな状況でも、私が大切にしていたのは「世界中のろう者にOntennaを届ける」というビジョンを伝えることでした。そのために活用したのが、動画と写真です。

 例えば、Ontennaを使うようになって、初めて積極的に声を出すようになったろうの子どもの様子や、Ontennaで動物の鳴き声を感じているろう者の様子を撮影して、コンパクトに編集したものを、仲間になってもらいたい人たちに見てもらいました。そして、「この人たちの笑顔を増やしていきたい」というビジョンを伝えるようにしていました。

 それぞれバックグラウンドが違っても、Ontennaを通じて「この人に笑顔になってほしい」「このような体験で楽しくなってほしい」という共通認識さえあれば、ビジョンに向かって個性を出し合いながら進むことができるはず。何度も説明しては、断られるということを繰り返していましたが、熱量を持ってビジョンを伝えることだけはあきらめませんでした。

ろう学校の生徒たちがOntennaを使っている様子を撮影した動画で、Ontennaの魅力を直感的に伝え、ビジョンの共有に役立てている
ろう学校の生徒たちがOntennaを使っている様子を撮影した動画で、Ontennaの魅力を直感的に伝え、ビジョンの共有に役立てている
大学院生時代に作ったOntennaのプロトタイプ
大学院生時代に作ったOntennaのプロトタイプ

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