ヘアピンのように髪の毛に装着し、振動と光によって音の特徴をユーザーに伝える新しいデバイス「Ontenna」の開発者である富士通の本多達也氏は、「夢を実現させるためには、周りの“共感”を生み出すことが大切」という。多くの人々を巻き込み、動かすための「共感」を生み出すヒントを紹介する連載の第1回は、「熱量を共有する」ことの重要性について。

リズムと音を感じる新体験

(イラスト/Han Yun Liang)
(イラスト/Han Yun Liang)

 2017年11月中旬の夕暮れ時、東京・渋谷の駅前に集まる大勢の人。よく見ると、頭にはアクセサリー型の装置が取り付けられています。人々の視線の先には、プロのタップダンサー。ダンスが始まると、タップ音のリズムに合わせてリアルタイムにその装置が振動・発光し始めます。

 この装置は、音を体で感じることができる「Ontenna(オンテナ)」です。NPO法人ピープルデザイン研究所主催、渋谷区他共催の「超福祉展」で、タップダンスとOntennaのコラボレーションイベントが開催されました。

2017年11月の「超福祉展」。渋谷駅の駅前で、タップダンスとOntennaのコラボレーションイベントが行われた(画像クリックで動画が再生されます)

 タップの音が大きいときには強く、小さいときには弱く振動して光るので、手話や文字では表現が難しいタップダンスのリズムやパターンを、ろう者に伝えることができます。

 イベント参加者は重度聴覚障害者や難聴者を中心とした20~40代の男女20人のほか、ろう者の家族や兄弟姉妹、外国人や筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者といった健聴者も約10人。参加したろう者からは、「タップのリズムを感じることができた」「音の強弱が分かった」といった声が、健聴者からは「振動による臨場感や、光による一体感を味わうことができた」という声が上がりました。

 Ontennaがあることで、耳の聞こえる人も聞こえない人も、一緒に笑顔で楽しくなれる。今までありそうでなかった、新しい体験が生まれました。

「Ontenna」は、振動と光によって音の特徴を体で感じるアクセサリー型の装置。髪の毛や耳たぶ、襟元や袖口などに付けて使う。特徴は、音の大きさを振動と光の強さにリアルタイムに変換し、リズムやパターン、大きさといった音の特徴をユーザーに伝達できること。さらに、コントローラーを使うと複数のOntennaを同時に制御でき、ユーザーごとに任意にリズムを伝えることも可能。

 この様子はさまざまなメディアやSNSなどで大きな話題となりました。19年の24時間テレビでは、浅田真央さんがろう学校の子どもたちと一緒にタップダンスをする企画があり、リズム練習の際にOntennaが活用されました。浅田さんのタップダンスのリズムに合わせて、子どもたちが身に着けたOntennaが反応。みんなでタイミングを合わせる練習をしていました。本番では、浅田さんとろう学校の子どもたちの息がぴったり合った、渾身(こんしん)のダンスを披露。心から感動しました。

星野源さんも共感! ろう者のための「うちで踊ろう」

20年6月にNHK Eテレで放送した「ろうを生きる 難聴を生きる」という番組。星野源さんの「うちで踊ろう」の音楽とOntennaが連動するダンスコンテンツを本多氏が企画した。振り付けは、聴覚障害を持つダンサーのemiさんが担当(画像クリックで別サイトへ、出所:NHKハートネット)
20年6月にNHK Eテレで放送した「ろうを生きる 難聴を生きる」という番組。星野源さんの「うちで踊ろう」の音楽とOntennaが連動するダンスコンテンツを本多氏が企画した。振り付けは、聴覚障害を持つダンサーのemiさんが担当(画像クリックで別サイトへ、出所:NHKハートネット)

 新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けて、ろう学校に行けない日々が続き、ろうの子どもたちもストレスを抱えていました。そこで、耳の聞こえない子どもたちでも家にいながら楽しく身体を動かせるように、Ontennaと連動するダンスコンテンツを作成することにしました。選んだ曲は星野源さんの「うちで踊ろう」。誰もが一度は耳にしたことのあるこの音楽を、耳の聞こえない子どもたちにも届けたいと思ったからです。

 思い立ったらすぐ行動! 以前つながりのあった芸能事務所のアミューズに連絡したところ、星野さんご本人も企画に共感してくださって、音楽の使用を快諾。ダンスの振り付けは、自身も聴覚障害を持つダンサーのemiさんにお願いしました。星野さんの独特のリズムとemiさんのダンス、Ontennaの振動と光がリンクするようにプログラムし、音楽に合わせてビートをつかめるようにしました。

 ろう学校の子どもたちに送付し、自宅で使ってもらったところ、「音楽のリズムが分かってダンスが楽しくなった」「夢中になって2時間もずっと踊っていた」といったうれしい感想をもらうことができました。この様子は、20年6月にNHKのEテレ「ろうを生きる 難聴を生きる」という番組で放送され、子どもたちのダンスを見た星野源さんご本人からの手紙も紹介されました。子どもたちが一生懸命ダンスを踊る姿は、SNSでも大きな話題となりました。

 Ontennaはこのほかにもスポーツ、映画、伝統芸能といったエンターテインメント分野で広く使用されています。また、全国約8割のろう学校に導入され、発話練習やリズム練習といった音教育で活用されています。

 このOntennaの研究開発を始めたのは、今から8年前。「ろう者に音を届けたい」という思いで研究を始め、富士通に入社して製品化を実現しました。研究、テストマーケティング、量産、そして販売までを一通り経験させていただいて、今感じているのは、「夢を実現させるためには、周りの“共感”を生み出すことが大切である」ということです。

 本連載では、Ontennaプロジェクトの経験から紡ぎ出した共感を生み出すヒントをご紹介いたします。多くの若手イノベーターや企業の方々がこの連載を通じて共感を生み出すヒントを見つけ、さらに「自分たちもチャレンジしてみたい」と行動したくなる、そんな記事を目指しています。

 記念すべき第1回の共感を生み出すヒントは「熱量を共有する」です。

入社してぶつかった大企業の壁

 最初にぶつかった壁は、「できないことが当たり前」だと思い込んでいる人が多すぎることでした。大企業には、会社のルールやシステムに合わせるのが当然だと思っている人が、とても多い。確かに、それは働くうえで必要なスキルの一つ。ただ、「優等生」で、型にはまりすぎているという印象があります。そして、気づけば、上からの指示を待って動く、いわゆる「指示待ち」な人になってしまう。本当は、もっと自分を出してもいいのに。自由な発想もできるはずなのに。すごくもったいないと感じています。

 ただ、大企業にも新しいことにチャレンジしたい、という熱い思いを持った人がたくさんいることも事実。Ontennaが商品化できたのは、プロジェクトの応援団となり、困ったときに助けてくれる仲間が各部署にできたからです。

 大事なのは、同じ思いを持った仲間を増やしていくこと。そのためには、まず自分の熱意を相手に真摯に伝えて「熱量を共有する」ことが必要です。

 そんなことか……と思われるかもしれません。自分の意志を表明するという、とてもシンプルで基本的なことですが、プロジェクトを推進するためには最も重要なことだと思っています。

 私の熱量の源は、Ontennaを使用するろう学校の子どもたちや、ろう団体の方々の笑顔です。熱量を共有するためのポイントは、「何が自分の熱量の源であるのか」を真摯に相手に示すことだと思っています。

ろう学校でOntennaを使用する子どもたちや先生方の様子(画像クリックで動画が再生されます)

 このプロジェクトは誰を幸せにするのか、笑顔にするのか。協力者を増やすためには、ゴールをメンバーにも体感してもらうこと。そのために私は、動画や写真といったビジュアルコミュニケーションを活用しています。ユーザーがOntennaを使用しているときの、リアルな表情を見てもらうのです。

 ほかには、インタビューから得られたユーザーの生の声を文章で伝えたり、時には実際にプロジェクトメンバーにろう学校まで足を運んで授業の様子を見てもらったりもしています。そうやって「熱量の源」をあらゆる方法で示すことで、共振・共鳴してもらえるのだと思っています。

モチベーションが下がってしまったときは

 私がOntennaを開発しようと思ったきっかけは、大学1年生の学園祭でろう者と出会ったことでした。音の聞こえない不便さを知り、彼らに音を届けたいと思うようになり、ろう者と共に音を感じるためのユーザーインターフェース(UI)デザインの研究を始めました。

開発初期の2014年頃、検証を重ねていたOntennaプロトタイプ
開発初期の2014年頃、検証を重ねていたOntennaプロトタイプ

 それから8年、確かに、熱量をずっと維持することは大変です。時には壁にぶつかって熱量が小さくなったり、周期的にやる気が出なくなったりすることもあります。そんなときは、「ちょっとろう学校に行ってきます」と言って会社を飛び出して、子どもたちや先生に会いに行くようにしています。

 子どもたちの授業の様子を見たり、現場の先生方の声を直接聞いたりすると、もうちょっと頑張ろうかなという気持ちが出てきます。帰り際にろう学校の子どもたちから「本多くん、頑張ってね!」と言われるたびに、会社に戻って面倒な社内調整もやろうという気になれるのです。

熱量を共有しながらつかんだチャンス

 振り返れば、私は常に「熱量を共有」することで、チャンスをつかんできたような気がします。

 最初につかんだチャンスは、大学院2年生のとき。14年度の「未踏IT人材発掘・育成事業(未踏事業)」で採択されたことです。未踏事業とは、経済産業省とIPA(情報処理推進機構)が実施する、25歳未満の若手IT人材を発掘育成する事業。採択者には約230万円(14年当時)の予算と指導プロジェクトマネジャーが付けられ、9カ月の期間内で成果を出すというルールがあります。

 書類審査を通過し、面接審査に進むこととなった私は、面接会場でこれまでのろう者との取り組みやOntennaのプロトタイプの現状、実際のろう者のフィードバックや使用している様子を審査員に示しました。

 そして、熱量を持って「世界中のろう者にOntennaを届けたい」という思いを伝えました。その結果、14年度の未踏事業に採択され、Ontennaの研究をブラッシュアップすることができたんです。

 メディアアーティストとして活躍されている落合陽一さんも未踏事業の先輩で、そのつながりもあり、現在は一緒に国のプロジェクトを進めています。9カ月後、特に卓越した能力を持つと認められたクリエイターの証しである「スーパークリエータ」にも認定され、多くのメディアでも取り上げられるようになりました。

2015年に「未踏クリエータ」の中から「スーパークリエータ」に認定された。そのとき認定証の授与式で撮影した写真。左が元IPA理事長の藤江一正氏、右が本多氏
2015年に「未踏クリエータ」の中から「スーパークリエータ」に認定された。そのとき認定証の授与式で撮影した写真。左が元IPA理事長の藤江一正氏、右が本多氏

 次につかんだチャンスは、富士通への入社です。実は、大学院卒業後、某大手メーカーに就職し、UIデザイナーとして働いていました。ただ、未踏事業のスーパークリエータに選出されたことでメディアへの露出が増え、世界中のろう者の方から「Ontennaはどこで購入できますか」「応援しています」といった声を数多くいただくようになりました。

 Ontennaを製品化するためにどうすればよいか。未踏事業の関係者に相談したところ、富士通の阪井洋之常務(当時)を紹介してもらったんです。そして、直接プレゼンテーションさせていただく機会を得ました。このときも私がやったことは、「世界中のろう者へOntennaを届けたい」という熱意を伝えることでした。

 今回は、共感を生み出すヒント「熱量を共有する」についてお話ししました。「世界中のろう者へOntennaを届けたい」というフレーズは今も、毎回プレゼンテーションで伝え、プロジェクト関係者へのメールの最後にも必ずこの言葉を添えるようにしています。

 次回は、入社してからどのようにプロジェクトを立ち上げ、外部認知や評価を獲得していったのかについてお話しできればと思っています。小さく始めたプロジェクトが少しずつ人々を巻き込み、大きなムーブメントを起こしていくためのヒント「ビジョンを語る」についてお伝えできれば幸いです。

(写真提供/富士通)

19
この記事をいいね!する