新人作家のデビュー作でありながら、いきなり累計48万部のヒットとなり本屋大賞を受賞、直木賞の候補にもなるなど、2022年の小説を代表する一作となった『同志少女よ、敵を撃て』(早川書房)。ソ連軍に実在した女性狙撃部隊をモデルに、少女たちの目線から第2次世界大戦の独ソ戦をリアルに描く戦争小説だ。大ヒットの一方、受賞直前にはウクライナ戦争が勃発。著者の逢坂冬馬氏は、現実とのリンクに複雑な思いも抱えたという。

小説家 逢坂冬馬 氏
あいさか・とうま。1985年生まれ。明治学院大学卒。2021年に『同志少女よ、敵を撃て』(早川書房)で第11回アガサ・クリスティー賞を受賞しデビュー、累計48万部のヒットに。第166回直木賞候補作となったほか、第19回本屋大賞を受賞
逢坂冬馬『同志少女よ、敵を撃て』(早川書房)。2021年11月発売。第2次世界大戦中、ソ連軍に従軍した実在の女性狙撃部隊をモデルに、狙撃兵となった少女たちの目から見た独ソ戦を描く、異色の戦争小説
逢坂冬馬『同志少女よ、敵を撃て』(早川書房)
2021年11月発売。第2次世界大戦中、ソ連軍に従軍した実在の女性狙撃部隊をモデルに、狙撃兵となった少女たちの目から見た独ソ戦を描く、異色の戦争小説

──『同志少女よ、敵を撃て』は、新人文学賞の「アガサ・クリスティー賞」で、初めて審査員の全員が満点を付けた受賞作として刊行前から注目を集めました。戦争小説、歴史小説のカラーが強い本作の応募先に、アガサ・クリスティー賞を選んだのはなぜでしょう?

 アガサ・クリスティー賞と聞くと、ミステリーの賞だというイメージがあると思います。けれど、僕が最初に挑戦した年の応募作品は、実は冒険小説に近いジャンルでした。それでも、受賞はできなかったものの一次選考を通過できたので、アガサ・クリスティー賞が「ミステリー」の範囲を思ったよりずっと幅広く捉えていると分かったんです。長さの規定も原稿用紙800枚以内と、かなりの長編小説でも受け付けてもらえます。なので、最初の挑戦以降はこの賞のみに毎年応募し続け、4年目に本作で受賞することができました。

 また、主催の早川書房は、月村了衛先生の『機龍警察』シリーズ、小川一水先生の『天冥の標』シリーズなど、僕が長く愛読してきた作品の版元でもあり、『三体』シリーズや『ザリガニの鳴くところ』など、優れた海外の作品も数多く翻訳出版している。なので、自分の小説を早川書房から出したいという憧れもありました。

最悪の形で同時代性を獲得してしまった

──2021年11月にデビュー作としては異例の初版3万部で発売され、22年4月には本屋大賞を受賞、累計48万部まで部数を伸ばしています。改めて、作品のヒットをどのように受け止めていますか?

 新人作家の作品にもかかわらず、発売当初から多くの方に評価や応援をいただき、本屋大賞受賞をきっかけにさらに多くの方に届けることができて、本当にありがたく思っています。一方、受賞直前の22年2月末にウクライナ戦争が勃発し、小説の読まれ方はそこで大きく変わってしまいました。現実に起きている戦争と、本書で描いた戦争の物語との距離が密になってしまったことには複雑な思いがあります。

 本作を執筆していた頃は、今のように戦争のニュースが日常化する事態は予想しておらず、小説にそのような時事性を持たせる意図もありませんでした。小説の時代背景となっている独ソ戦は、第2次世界大戦の中でも突出した死者を出し、最大の激戦といわれる戦争です。しかし、少なくとも日本のフィクションの世界では今まであまり注目されてこなかった。なので、ウクライナ戦争が始まる前までは、独ソ戦を題材に、それも女性狙撃兵の物語を描いたことの珍しさに注目して手に取っていただくことが多かったんです。

 それが、戦争が始まると、取材などでも現実の戦争についての考えを頻繁に聞かれるようになりました。「小説はフィクションであり、現実の戦争については聞かないでほしい」という態度を取る選択肢もありましたが、やはりそれではダメだろうと。本屋大賞の受賞スピーチでは「最悪の形で同時代性を獲得してしまった」「誤読を恐れている」とお伝えしましたが、それは防衛戦争を戦うソ連の兵士たちを描く本作について、「戦争が起きたら祖国を守るために武器を取って戦い抜くのが正義」と説く物語だと誤読される例も実際に増え始めていたからです。

 作品の意図をしっかり伝える意味でも、本作は「反戦小説」だと自分の口から明らかにし、ロシアのウクライナ侵攻は許されない侵略戦争であるという認識も伝えなければならないと思った。ウクライナ戦争に関するメディアからの質問やコメントの依頼も、すべてお受けしていました。

 今はまだ戦争の出口は見えませんが、もし将来的に現実の戦争を想起せずにこの作品を受け止めていただける状況になり、それでもなお、内容を自分たちの普遍的な問題と捉えて読んでもらうことができたなら、この小説を本当の意味で届けることができたと実感できるのではないかと思っています。

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