1993年刊行の『完全自殺マニュアル』(太田出版)がミリオンセラーとなり、社会現象を巻き起こした鶴見済氏。22年7月に刊行された新著『人間関係を半分降りる』(筑摩書房)では、約30年間一貫して取り組んできたテーマである「生きづらさ」への向き合い方や、身近な人間関係のトラブルやストレスにいかに対処すべきか、実践的な解消法を提案している。

ライター 鶴見 済 氏
つるみ・わたる。1964年、東京都生まれ。東京大学文学部社会学科卒。複数の会社勤務を経て、90年代初めにフリーランスライターに。93年刊行の『完全自殺マニュアル』(太田出版)が累計100万部を超えるヒット。他、著書に『檻のなかのダンス』(太田出版)、『人格改造マニュアル』(同)、『脱資本主義宣言』(新潮社)、『0円で生きる』(同)など
鶴見済『人間関係を半分降りる 気楽なつながりの作り方』(筑摩書房)、22年7月発売
鶴見済『人間関係を半分降りる 気楽なつながりの作り方』(筑摩書房)
22年7月発売

いくら美化しても、人間には醜い面がある

──5年ぶりとなる新著『人間関係を半分降りる』は、家族や友人、恋人など誰もが悩みを抱える身近な人間関係や社会との関わり方について、「少し離れてつながろう」と距離の取り方をカギに、解決策を提案する内容です。タイトルに込められた、執筆のきっかけを教えてください。

 「人間関係を半分降りる」というのは、決して人と関わって生きるのを諦めろという意味で提唱しているわけではないんです。ただ、「友人は良いものだ」「家族は素晴らしいものだ」と大多数が言うことに対して、本当にそうなのか? と一石を投じたかった。

 僕は小学生の頃から20歳くらいまで、実の兄からひどい家庭内暴力や嫌がらせを受けてきました。高校に入ってからは陰口やとげとげしさに満ちた狭い人間関係の中で、他者からどう思われるかを気にし過ぎてしまう社交不安障害にも悩まされた。僕の人生にとっては、家族や友人関係はまず、大きなマイナスをもたらす存在だったわけです。

 「日本での殺人の半分は家族間の殺し合い」というデータもあるくらいで、親子であっても、お互いを憎んでいたり思い通りにならなかったりする事は多い。それが、「家族は良いものだ」という美化された価値観の社会の中にいると、抱えている悩みや不満も表に出しづらくなってしまいます。

 家族や友人、恋人というものは、悪いことばかりではないかもしれないけれど、良いことばかりでもない。嫌がらせもあれば、ひどい圧力にも満ちている。いくら美化しても、人間には醜い面がある。それは実際に多くの人が知っているし、感じていることですよね。家族であっても同じ職場の同僚同士でも、狭い人間関係の中で距離が近づき過ぎたり閉鎖的になり過ぎたりすると、悲惨ないじめやトラブルが起こりやすくなる。だから少し離れて距離を取り、人とのつながりを流動的にしていくことで、もっと気楽に生きようと伝えたかったんです。

──鶴見さんは93年に社会現象となった『完全自殺マニュアル』以来、「生きづらさ」にどう向き合うかというテーマに一貫して取り組んできました。

 僕は64年生まれで、昭和期の時代の空気感の中で育ちました。その頃は、今よりはるかに人間の幸せの形や理想の生き方が固定されていた。良い大学に入り、良い会社に勤め、家庭を築いて子供を育てて……。それはある1つの生き方や価値観を押し付ける圧力ですから、受け入れられない僕はとても窮屈でした。だからこそ、世の主流に乗らなくてもいい、オルタナティブな生き方や選択肢があるということを提唱したかった。

鶴見済『完全自殺マニュアル』(太田出版)。鶴見氏は本書の執筆動機として、後書きに「『強く生きろ』なんてことが平然と言われている世の中は、閉塞してて息苦しい。息苦しくて生き苦しい」とつづる。いつでも自殺できることを心の支えに、世の中を生き延びる方法を逆説的に説いた
鶴見済『完全自殺マニュアル』(太田出版)
鶴見氏は本書の執筆動機として、後書きに「『強く生きろ』なんてことが平然と言われている世の中は、閉塞してて息苦しい。息苦しくて生き苦しい」とつづる。いつでも自殺できることを心の支えに、世の中を生き延びる方法を逆説的に説いた

生きづらさとは選択肢や居場所が固定されること

──90年代に比べると、社会は多様化が進みました。

 今ではSNSでも、性的マイノリティーであったり、HSP(Highly Sensitive Person)であったりといった、自らのアイデンティティーや心の問題について、コンプレックスではない文脈でポジティブに話せる空気も生まれている。風通しの良い時代になってきているのは確かです。

 とはいえ、僕自身が経験したような兄弟間の暴力や、成人した子供と親の間の加害などは、まだまだ語られにくい問題です。特に家族の価値のように、社会規範が強く働く物事に対しては、「みんな同じようにしろ」という圧も根強い。夫婦別姓の議論の膠着化などは象徴的です。

 『完全自殺マニュアル』を書いた90年代というのは、終身雇用が崩れ始め、未婚者が増え、不登校が問題化するなど、社会の主流の生き方から「降りる」人が増え始めた時代でもありました。そうした流れの先に、今は生き方の選択肢が増えてきているのは事実ですが、それでも主流から「降りてしまった人」にとっての選択肢は、戦後ずっと育ててこなかったので、まだあまりに居場所が整っていません。

──本書の中では、そうした固定的な生き方や人間関係から離れた別の居場所を、「サードプレイス」と名付けて意味を語っています。

 学生の頃は、自分の居場所は家庭や学校にしかないと思い込んでいました。自分にとっても多くの人にとっても、「生きづらさ」とは、生きる選択肢や居場所が、学校や家庭や職場の固定された人間関係の中にしかない状態から生まれてくるのではないでしょうか。

 だからこそ、個々人がそこから離れた「サードプレイス」的な居場所や人間関係を持つことで、固定された人間関係に依存するきつさを緩めることができるんです。いざというときに、固定された人間関係から離れられるコミュニティーが別にあれば、家庭や職場の人間関係で思い詰め過ぎることなく、ひどいトラブルが起きても致命傷にならずに心の距離を置くことができます。

鶴見氏は実際に「サードプレイス」をつくる取り組みとして、社会や家庭の中で様々な理由で「つながりをなくしがちな人」を対象に、「不適応者の居場所」と名付けた交流会を開催している。「月に1回ほど公園で花見のように座って喋ります。毎回30人ほどが集まり、初対面の状態から趣味の話なんかをしています」
鶴見氏は実際に「サードプレイス」をつくる取り組みとして、社会や家庭の中で様々な理由で「つながりをなくしがちな人」を対象に、「不適応者の居場所」と名付けた交流会を開催している。「月に1回ほど公園で花見のように座って喋ります。毎回30人ほどが集まり、初対面の状態から趣味の話なんかをしています」

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