『52ヘルツのクジラたち』(中央公論新社)が2021年の本屋大賞を受賞、40万部超のヒット作となった小説家・町田そのこ氏。受賞後第1作の『星を掬う』(同)では、「母と娘」という関係性の難しさを、女性の自立や介護問題といった多様な視点を織り込みながら巧みに描いた。

『星を掬う』には28歳から作家を目指した、町田氏自身の人生も反映されている
新著『星を掬う』には28歳から作家を目指した、町田氏自身の人生経験も反映されている
小説家 町田 そのこ 氏
まちだ・そのこ。1980年、福岡県生まれ。2016年に「カメルーンの青い魚」で「女による女のためのR-18文学賞」大賞を受賞、『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』(新潮社)でデビュー。『52ヘルツのクジラたち』(中央公論新社)で21年本屋大賞を受賞

──前作『52ヘルツのクジラたち』は2021年春に本屋大賞を受賞し、40万部超のヒット作となりました。

 発売を機に、自分でも情報発信をしたいとTwitterを始めたところ、発売直後から書店の方にたくさんの応援コメントを頂きました。大賞は自分の実力以上に、作品を見いだして広めようとしてくれた多くの人の力でもらった賞だと思っています。読者の方からは「誰かが発している声無き声や悲痛な思いに対して、自分も耳を澄まそうと思った」という感想を多く頂き、この本がきっかけで救われる人がいるのかもしれない、幸せになれる人がいるのかもしれないと思えたことは、本当にうれしかったです。

町田そのこ『52ヘルツのクジラたち』(中央公論新社)。家族との搾取的関係から逃れて単身田舎へ引っ越した孤独な女性が、虐待が原因で口の聞けなくなった少年と出会う。ネグレクトや児童虐待をテーマに、孤独な人間同士の結びつきを描く
町田そのこ『52ヘルツのクジラたち』(中央公論新社)。家族との搾取的関係から逃れて単身田舎へ引っ越した孤独な女性が、虐待が原因で口の聞けなくなった少年と出会う。ネグレクトや児童虐待をテーマに、孤独な人間同士の結びつきを描く

──多くの人に読まれた理由は何だと思いますか?

 発売時期は20年4月というまさにコロナ禍の真っただ中で、「こんな状況のときに人は小説を買って読んでくれるのだろうか」と、とても心配でした。けれど実際にはむしろ、外出自粛の影響もあって、本を読む人は増えました。また、巣ごもり生活が長引く中で、人と会ったり話したりすることができなくなったもどかしさや寂しさなどが、孤独を描いた本書のテーマと響き合ったことで、多くの方に手に取ってもらえたのではないかと思います。

──作品のヒットや受賞をきっかけに、執筆活動や心境に変化は?

 それ以前にも本を3冊出していましたが、TwitterなどのSNSをやっていなかったこともあってか、反響を実感したことはありませんでした。『52ヘルツのクジラたち』の完成原稿を送った翌日にすぐ、担当編集者から「すごく良かった!」という熱い感想をもらえてうれしくなりました。もしかしたらとうとう初の重版がかかるのではないか、なんて夢見てしまったくらいです。「重版になった」って一度は言ってみたかったんです(笑)。なので、その予想をはるかに超える勢いで本が売れ始めたのを目の当たりにして、最初は少し怖くなりもしました。

 たくさんの方に読んでもらえたという実感が湧いてからは、「頂いた賞に見合う作家にならなければ」「次の作品でがっかりされたくない」という不安やプレッシャーもやはり膨らみました。受賞の知らせが届いたのが21年の3月で、既に次作は書き上げていたのですが、授賞式後に改めて読み返して「これが受賞後第1作なんてダメだ」と思えてならず、全体の9割近くを書き直しました。それが今作『星を掬う』です。

「親ガチャ」は自分の人生から目を背ける言葉

──その21年10月発売の新著『星を掬う』は、女性なら誰もが身に覚えのある、母親と娘という女性同士の関係の難しさが作品の主軸となっています。なぜこのテーマを選んだのですか?

 前作の『52ヘルツのクジラたち』では家庭内虐待を描きましたが、主に虐待された子供の側にスポットを当てています。なので、虐待した母親側について、もっと書けたのではないかという心残りがありました。我が子を虐待してしまった母親、親であることを放棄し、子供を捨ててしまった母親の人生とはどんなものか、なぜそのような結果に至ったのかを書いてみたいと思ったのが『星を掬う』に取り組んだきっかけです。

町田そのこ『星を掬う』(中央公論新社)
町田そのこ『星を掬う』(中央公論新社)

──『星を掬う』の主人公・千鶴は物語の始め、自身の不遇な人生はすべて幼少期に母親に捨てられたせいだと感じて生きています。人生は親で決まる=「親ガチャ」という言葉や価値観は近年、若い世代の間で広まり、21年の流行語大賞の候補にもなりましたが、こうした風潮も執筆の背景にあったのでしょうか?

 執筆中は「親ガチャ」という言葉は知らなかったんです。刊行後、ある書店員さんが本作について「『親ガチャ』という言葉を使っている人に読んでほしい作品」とコメントしているのを見て、そんなひどい言葉が流行っているのかと驚きました。

 しかしもし、私が10代の頃に周囲で流行っていたら、きっと軽いノリで簡単に使ってしまっていただろうなとも思います。ひどくて、そしてあまりに軽い言葉です。だからこそ、親子関係で本当に深刻な悩みを抱えている人にとっては、使えない言葉ではないかと思います。軽々しく使えるのは、言葉一つで自分自身の問題を全部親に責任転嫁し、「ガチャガチャに外れたから仕方ない」と、自身の人生の責任を放棄したり、見ないふりをしてごまかそうとしたりしている人だけ。

──『星を掬う』の作中にも、主人公が「自分の人生を、誰かに責任取らせようとしちゃダメだよ」と諭される場面があります。

 「自分の人生を、誰かに責任取らせようとしちゃダメ」というのは、まさに自分が若い頃に誰かに言ってほしかった言葉です。私自身、厳しい親に育てられて家庭内の制限も多かったので、「親のせいで私の人生の可能性が狭まってしまった」とか「自立心のない、こんなつまらない女になったのは親のせいだ」と責任をなすりつけていました。30代後半に差し掛かり、望むような人生を歩めなかったのは自分自身の怠慢だとようやく自覚できたのですが、早くに気づけていたらもっと豊かに生きられたのにと後悔しています。

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