2021年9月に『あのころなにしてた?』(新潮社)が発売となった綿矢りさ氏。新著は小説ではなく、新型コロナウイルスに翻弄された2020年の1年間を日記にまとめた1冊だ。01年に17歳で文藝賞を受賞した『インストール』(河出書房新社)から、今年で作家デビュー20年。等身大の主人公たちを通じ、日常を巧みな感性で描いてきた作家は、コロナ禍の日々に何を考えていたのか。

綿矢りさ氏
デビュー20周年を迎えた綿矢りさ氏
小説家 綿矢 りさ 氏
わたや・りさ。1984年、京都府生まれ。早稲田大学教育学部卒業。高校在学中の2001年、『インストール』(河出書房新社)で文藝賞を受賞しデビュー。04年『蹴りたい背中』(河出書房新社)で芥川賞を受賞。12年『かわいそうだね?』(文藝春秋)で大江健三郎賞を受賞。近著に『生のみ生のままで』『オーラの発表会』(集英社)など

──『あのころなにしてた?』は、新型コロナウイルスが武漢から中国全土へと広まり始めた2020年1月からの1年間、感染拡大下での日常をつづった日記の連載をまとめた1冊です。日記を書く習慣は以前からあったのですか?

 感染が拡大していく中で、初めて書き始めました。ちょうど中国での感染拡大が始まる数カ月ほど前、他国の漢字にも触れてみたくて、中国語の勉強を始めたばかりだったんです。勉強のために、中国語のニュースサイトやブログを眺めていると、20年1月の前半あたりから、武漢で起きている異変についての報道や書き込みがどんどん増えていった。

 リアルタイムで更新されていく情報があまりに気になって、ニュースが邦訳されるのも待てずに、1日に何度も中国語のサイトをチェックしていました。そこにアップされた、「封村」の文字とともに村の入り口がブルドーザーで盛られた岩や土で物理的に閉鎖されている写真や、即席の関所に役人が座って見張っている姿に驚き、何が真実で何が嘘なのか、分からなくなりました。

 この時期は、自宅でもしょっちゅう新型肺炎のことばかり話していて、ずっと聞かされていた夫はストレスだっただろうなと思います。ニュースの衝撃で寝不足になったりもしました。そんな中、今の時点から振り返れば、かなり深刻な心境で「今、書いて残しておかなければならないんじゃないか」と、日記を書き始めたんです。

綿矢りさ『あのころなにしてた?』(新潮社)、21年9月28日発売
綿矢りさ『あのころなにしてた?』(新潮社)、21年9月28日発売

──「新潮」(新潮社)に日記を連載することになったきっかけは?

 もともと「新潮」誌上で、複数の作家がコロナ禍の日々を1人ずつ順番につづっていくリレー日記の企画があり(「新潮」21年3月号・特集「2020コロナ禍」日記リレー)、その中の1人として参加しないかと声をかけてもらったんです。でも、そのときにはすでに自分でも日記を書いていたので、「リレー日記企画の一部ではなく、連載にするのはどうですか?」と持ちかけてみたところ、「いいですね」と快諾してもらえた。当時はまだ、感染がこの先、世界的にどう転んでいくのか、今以上に分からない時期でしたが、とにかくやってみようと、「新潮」の20年6月号から連載が始まりました。

 最近では「緊急事態宣言が延長になった」というニュースを見ても、「ああ、またか」という感覚ですが、改めて20年の日記を振り返ると、宣言が終了すれば普通の日常に戻れるような気分でいたことが分かります。Go To トラベルの開始に少し希望を見いだしたり、再び感染者が増えてきて、「やっぱりあかんわ」と落胆したり。あの頃は何をしていて、何を見て、どう思っていたのか。ころころと移り変わっていく当時のテンションの変化のようなものは、日記に記録していなければ鮮明に思い出すことはできなかったと思います。

コロナ禍の中での恋愛小説を書くなら?

──街角に増えていく「いらすとや」の画像素材を使った感染防止ポスターについての記述、消毒液が指先のささくれにしみる描写など、ニュースや世論を追いつつも、巣ごもり生活の中での小さな発見や、変化していく日常風景を捉える細やかな着眼点が光ります。こうした視点の持ち方はどこからきたものでしょう?

 コロナ禍のように大きなことが起こったとき、それが日常生活の中にどのような形で現れるのかに興味があるんです。ネットで、各国のコロナ対策にお国柄の違いを見るのも興味深かったです。イランでは芸術家がパントマイムで手洗い推進の動画をアップしたり、タイでは新型コロナウイルスのゆるキャラが誕生したり。

──日記には、はやりの写真加工アプリをインストールしたり、インスタグラムで商品をチェックしたりといった日常も記されています。トレンド情報にも関心が?

 さっきからこれ(机に置かれている「日経トレンディ」の表紙を見て)がすごく気になっていて。ヘアサロンに置いてあったら、すぐに手が伸びます(笑)。ものは好きですね。雑貨が好きで、コロナ禍で新しく出てきた衛生グッズなどは特に気になります。新しい工夫のあるマスクやマスクケース、持ち運びできるサイズの消毒液など、「どんな商品が出てきているのかな?」とチェックしてみたり。感染拡大初期の頃、買い替えたばかりのスマホを、アルコール除菌シートで神経質に拭きすぎて調子が悪くなってしまったときには、UVライトで除菌するスマホ用の消毒ボックスを買ってみたりもしました。

 そういう新しい商品が、暮らしの中でどんなふうに使われているのかも気になります。マスクケースなど、すごくかわいいデザインや工夫があって、いいな、面白いなと思うんですが、繰り返し使うのは衛生上問題ないのか、マスクに関する新しいマナーはどうなっているんだろう?とか、そういう暮らしに表れた新しいものや小さな習慣の変化に興味を持っているんです。

──本書の中には、「コロナ禍の中での高校生の恋愛小説を書くとしたら?」と考えてみるくだりもありますね。

 ずっとマスクを着けているし、気軽に会えないし……コロナ禍の時代設定で、今の中高生たちを書くとして、教室で授業を受けているときに、好きな子のマスクを着けた横顔を見て、どんなことを思うんだろうと、そんな日常についてすごく考えますね。

 例えば、好きな子がずっとマスクを着けていたら、顔が見えなくて残念なのか、それとも見えないことで余計に素顔を垣間見る瞬間が貴重でドキッとしたりするのか。笑って息を吸い込んだとき、マスクにできるへこみにときめいたりするのかな、とか。一方、眼鏡を取ったときに素顔にドキッとするのと同じレベルで、マスクについてそういう描写をするのは不謹慎じゃないか、という疑問も浮かんでくる。状況が刻々と変わっていることもあって、時代設定上の配慮も難しいです。

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